僕らの壊せない三角【カクヨムコン10】

千艸(ちぐさ)

初恋の終わり(全2節)

僕らの世界が溶けた日(全3話)

第1話 2024/2/14 夕刻

 二月十四日。バレンタインデー。それは共学校の男子高校生にとってあまりにも甘やかで、残酷で、夢のような一日。

 これは自慢だけど、俺は毎年貰える側だ。個数だけならリノより貰える。でも知ってる、本命はひとつもないって。

 俺の本命はリノ一人で、鞄にツーショのキーホルダーなんか付けさせられてるもんだから、それを知ってる女の子は誰一人、俺に本気で近づこうとはしなかった。

 恐ろしいほどの虫除け効果。さすがリノ、絶世の美少年だ。

 ……ちなみにリノはちょくちょく本命チョコを貰っている。冷静に考えたらズルくないか!!?


 でも高校はリノと別れた。俺の学力が及ばずあいつの選んだ進学校に入れなかったからなんだけど、せっかくなので青春したい。リノだってどうせ、今年も本命チョコ貰うんだろうしな。

 なので、良い計画を思いついた。チョコをくれた子に、「ありがとー、これ本命?」って聞いてみるのだ。義理だよーなんて返事されても、その時の反応で脈アリかどうかが分かる。ふ、クリスとかいうやつ、我ながら罪な男だ。



「……良い計画だと思ったんだけどなー」


 放課後、俺は生徒会室で一人打ちひしがれていた。俺は知らなかったんだけど、世は空前の逆チョコブーム。色気づいた野郎共はこぞってKALDIなんかでちょっと珍しくてお洒落なチョコの詰め合わせを買って、女子達と物々交換してやがった。勿論、何も持っていない俺にまでチョコが来ることは、無かった。

 まさかの戦利品ゼロ。


「こんなことって……」


 バレンタインに何も貰えなかったの、幼稚園以来初めてなのでは?

 なんか、アイデンティティの危機。リノに知られたらひと月はネタとして擦られるやつだ。

 帰りに……コンビニ寄って、割引になったチョコでも買ってくか……。


「あれ? スッス、なんか仕事あったのか?」

「あ、インカーちゃん、やっほー」


 生徒会室に入ってきたのは同じ一年で生徒会書記のインカーだ。ちなみに俺は会計。まあ、滑り止めに受けたこの高校では首席入学だからな、一応。あー、今の俺かっこわる。泣きたくなってきた。


「なんでそんな泣きそうな顔してんの……」


 バレてらぁ。さすが女にモテる女、インカーだ。人の心をスパッと読み取ってくる。


「……誰からも、チョコ、貰えなかった……」

「……マジか」


 インカーは脇に抱えたデカい袋をサッと後ろに隠した。いやデカ過ぎてはみ出てるよ。つまりそれ全部、インカーの戦利品ってわけね……。


「いーなー、俺もいっぱいとは言わないから、とびきり特別な本命のやつ、一個欲しかったなー」


 これ見よがしに大きな溜息をついてインカーを睨む。インカーはちょっとムッとした顔で部屋に入ってきて、自分の机に大仰そうに鞄を三つ置いた。


「お前、本命の子いるんじゃなかったのかよ」

「あー、リノのことー?」

「そう、あのキーホルダー、金髪三つ編みの可愛い子」

「よく見てんねー」

「そりゃあ……まあ……有名だし」

「そうなんだー……」

「だから、そんな凹むことないって。皆お前には遠慮したってだけだろ」

「……うー、だってあいつ、俺のこと利用してるだけだし……」

「両想いじゃねーの?」

「全然? 仲は良いけど、あいつは俺のこと何とも思ってないって明言してるし……あ、なんか自分で言っててつらくなってきた」


 ウッと呻きながら床に倒れ込む。インカーの細い足首が目に入る。今は目の毒だ。俺は悲しむフリして顔を腕の中にうずめた。

 コト、と頭のそばで音がした。何気なく顔をそちらに向ける。そこには赤い小箱が。


「……? えっ?」


 手に取る。聞いたことのあるチョコブランドの印字。これって、割と高級なやつでは?


「……要らないか?」

「えっ、要る。えっ? 俺に?」

「そうだよ、いつも世話んなってるから……」

「え……女神?」

「お前にとっちゃそうかもな」


 インカーはふふ、と笑って生徒会長と副会長の机にも同じものを置いた。俺は見なかったことにして上体を起こした。


「女神様インカー様、ありがとうございます。ちなみにこれ本命チョコ?」

「っはァ!? な、何言ってんだよ見りゃ分かるだろ、会長と副長と同じモンだぞ……」

「見えないな? 今ちょっとインカーちゃんしか見えない」

「んな……馬鹿……」


 インカーの顔が髪と同じくらい赤くなる。脈ナシというわけではなさそうだ。


「俺のために本命チョコを買って、誤魔化すために揃えたという可能性もあるか」

「ちげえし……確かにチョコの色見た時はお前の髪の色だなとは思ったけど」

「何それ……」


 不覚にもめちゃめちゃときめいてしまった。


「俺のこと考えてた時があったの? 嬉しすぎる……」

「そりゃあ普通にあるだろ、もう半年以上一緒に活動してんだぞ」

「これから毎日インカーちゃんのこと考えるね」

「彼氏かよ」

「彼氏になれるならなりたい」

「軽……私はそういう奴好きじゃない」

「俺はインカーちゃんのこと好きだよー!」

「チョコで懐くな! 桃太郎の犬か!」

「犬にチョコあげたら駄目だぞー」

「じゃあ返せ」

「犬じゃないから食えまーす!」


 絶対返すもんか。持って帰ってリノにしこたま惚気けてやるのだ。まあ本命じゃないんだけど、言わなきゃバレないだろう。


「……ふふ、そんなに喜んで貰えると思ってなかった。買って良かったよ」


 インカーが少しあきれたように、でも嬉しそうに笑う。改めて思わなくても美人だ。ちょっと学内の人気が高すぎて、手を出したら俺の評判が地に落ちそうなことだけが気がかりだけど、まあそもそも実際のところ、仲良し以上の関係になれるとも思わない。だからこの際とことん仲良しになっておこうと思う。


「ホントにうれしー……大好きだ、インカーちゃん」

「お前言葉選べって……」


 あ、また赤くなってる。そんなガードで大丈夫か?


「インカーちゃん、赤くなってるよー」

「し、知ってるよ!」

「今日チョコ貰ったりあげたりする度にそんな赤くなってたのー?」

「なってない!」

「え、じゃあやっぱ俺だから赤くなってるの?」

「ち、が……わ、ない、かな、お前とは、仲良いし」

「……どゆこと?」


 たどたどしく言葉にされる彼女の心。なんかとてもくすぐったくて、俺はわざと受け止めるのを保留した。


「知らない奴とか、あんまり関わったことない奴に好きとか言われても全然ピンと来ないんだけどね……やっぱ仲良い奴だと、普段何で喜ぶとか知ってるから、あー、本心なんだなーってのが分かって、嬉しい」

「……かーわいー」

「可愛いとか言うな!」

「ねー、やっぱ俺と付き合わない?」

「嫌だ」

「酷いー!」

「お前と違って恋愛とか慣れてないの、こっちは。なんか絶対不幸になりそうだから嫌。特にリノちゃん?だっけ? その辺の関係」

「危機管理能力がしっかりしていらっしゃいますね……」


 リノを引き合いに出されると俺は弱い。自覚がある。俺の中でリノは特別なのだ。


「でも俺も恋愛慣れとかしてないんだけどなー。女の子と付き合えたことないのに……」

「えぇ……じゃあそのチャラいのは何なんだよ……」

「んあー、キャラ作り?」

「絶対損してるよお前」

「分かるー」

「分かるじゃなくてさぁ……」


 インカーがハァと溜息をついて俺の隣に座る。そして、俺の頭を撫でてきた。


「そのうち、リノちゃんに振り向いて貰えるといいな」

「インカー……」


 お前が俺とリノの何を知っているというのか。

 俺がどれほどあいつに尽くして、愛して、からかわれて、馬鹿にされて、良いように使われて、それでも今で十分幸せだと諦めるに至ったのか。

 思わず口をついて出そうになった恨み言を、弱音を、あるいは惚気を、ぐっと噛み殺して。


「……俺が、リノを諦めたら、付き合ってくれるの」

「……スッス……お前……本気、なの」

「うん」


 俺は、賭けに出ることにした。


「……待って。考える」

「大丈夫、急いでない。俺もリノとの関係、ちゃんと清算して、それから改めて……ホワイトデーくらいに」

「いやそこまで時間かける必要はないぞ、もう決めたし」

「えっ!? 大丈夫!? ちゃんと考えた!!?」

「うん。一個条件付きで、付き合ってみようと思う」

「良いのか……条件付きで?」

「ああ。リノちゃんと一度話をさせてほしい」

「……うわ……」


 それは駄目だ。リノは凄すぎるんだ。天才で、美少年で、峻烈で、でも破壊力抜群の甘え方をする。あいつの前ではどんな人間も凡庸に見える。きっとインカーも、あいつの方に惹かれてしまう。


「……なんで、リノに会いたいの」

「お前の本当に好きな奴がどんな奴なのか知りたい。代わりになれるとは思わないけど、少しでも忘れてくれたら良いなと思うから」

「会ったら、後悔するかも」

「何を?」


 俺の方を選んだことを。

 ……ズルい俺は、その恐怖を口にすることは出来なかった。


「いや……何でもない。

 ……あいつお前に会うの嫌がると思うから、時間はかかるだろうけど、善処する。んで、その……オッケーってことで、いいの?」

「ああ。スッスのことはどんな奴か知ってるし、あー……うー……好き、だとも思ってる。チャラいのはどうかと思ってたけど、キャラ作りだってんなら、私の前では控えてくれると助かる……」

「難しい顔になってるよ。無理してない? 仲良しが壊れるからって無理に付き合わなくていーよ。フラレても全然気にせず今まで通りでいられるし、俺」

「え? あ、ホントだごめん。一生懸命考えてたからだよ。大丈夫」


 ふわりと笑顔になるインカー。見慣れた笑顔だが、俺一人のために向けられていると思うと、愛おしさが胸の奥からとめどなく込み上げてくる。


「じゃあ、キスしていい?」

「え!? 待ってそれは、まだ早いっていうか」

「インカーって焦ると可愛いな」

「うわ、チャラ……」

「何でだよ! 彼女のこと可愛いなって言うのは普通だろ!」

「あ、あーっ、そうなるか……ヤバ、私大丈夫かな……耐えられるかな……」

「何に?」

「恥ずかしさに?」

「そういうのは照れずに言えるんだなー」

「お前は恥ずかしいとか無いのかよ」

「恥の多い生涯を送ってきましたので……」

「人間失格?」

「そーだっけ、そーだったかも。インカーって文系?」

「今のところそうだなぁ。スッスは理系だよな……て、呼び捨てになってる」

「あ、気付いた? 俺女の子皆ちゃん付けだから、特別って感じ出るかなと思って」

「ハァ……やっぱチャレえわ……」

「嫌ならやめる」

「……嫌じゃない、嬉しいよ。あー、そういうとこなんだよなぁ……」


 インカーがまた頬を赤くして顔をしかめる。なるほど、この微妙な表情は照れ隠しなわけか。そうと知れるとすごく分かりやすくて可愛い。


「……なぁインカー、このチョコ、本命?」

「…………あわよくば本命」

「よかった、気付けて……」


 俺は出来たばかりの彼女を抱き寄せて、額にそっとキスをした。

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