第15話 破壊魔法の威力

 ヴァイオレットがジョーンズ家の危機の噂を聞いたのは、彼らが襲われてから少し経ったころだった。

 領地同士は近いが、当然情報の伝達には相応の時間がかかるのだ。


「ジョーンズ家が襲われているですって……⁉︎」


 使用人からその一報が告げられたとき、頭が真っ白になった。

 しかし、自分が何をすべきであるかはすぐにわかった。


「っ行かないと!」

「ヴィオラお嬢様⁉︎」


 玄関を飛び出して裏路地に回る。


「お姉様——」


 身体強化を使っていざ走り出そうとしたところで、ルーシーが立ちふさがった。厳しい表情でとうせんぼをするように両手を広げている。


「どこに行くの?」

「ジョーンズ家のことは聞いたでしょ。リアたちを助けにいくの。いいからそこをどいて」

「できないわ。アリアさんとも約束したでしょう。ジング帝国へ行くまで魔法は我慢すると」

「ルーシー。今回ばかりは邪魔しないで」


 ヴァイオレットは義妹に鋭い視線を向けた。


「好きな人を見殺しにするのは死ぬより辛いことだから。もし本気で止めるなら、あなたを倒してでも行くよ」

「……わかった。その代わり、私も連れて行って」

「えっ? いえ、あなたは危ないから——」

「お願い」

「っ——」


 ヴァイオレットは言葉を詰まらせた。

 ルーシーは声を張り上げたわけではない。だが、彼女の瞳には並々ならぬ決意が宿っていた。


「私だってアリアさんたちの力になりたいし、何よりお姉ちゃんに死んでほしくないもん。それに、治癒魔法の使い手はいればいるだけいいでしょ?」


 ルーシーが照れくさそうに笑った。


「それは、そうだけど……」

「大丈夫」


 逡巡するヴァイオレットに、ルーシーは力強く告げた。


「私も自分の身くらいは自分で守れるから。それに風除けもするからお姉ちゃんは気にせず背負って走ってくれればいいし、もし万が一振り落とされたなら見捨てていいから。お願い」

「……わかった。しっかり捕まってて」

「うん!」


 膝をつけたヴァイオレットの背中に、ルーシーが飛び乗る。


「お姉ちゃん、いい匂いするね」

「うるさいよ」


 軽口を叩く義妹の体をしっかりと支えながら、ヴァイオレットは地面を蹴った。


 クラーク家から最速でジョーンズ家に向かうためには、その周囲を囲う森を抜ける必要がある。

 地面を走っていては時間がかかると判断し、ヴァイオレットはルーシーが空中に道路のように連なって生成した結界の上を全力疾走した。


 ほんの少しでも噛み合わなければ地面に叩き落とされる恐れもあったが、四の五の言っていられる状況ではなかった。

 それに、ヴァイオレットはルーシーの魔法の技量を信頼していた。稀代の天才治癒師だったイヴリンのサポート役だったといえ、二回も自分の命を救ってくれたことに違いはないのだから。


 屋敷の上空に到達したとき、空中からジョーンズ家当主のセオドアと次期当主のマイロが殺されそうになっているのが見えた。

 ルーシーを空に残し、ヴァイオレットは飛び降りた。

 そして、彼らの命を奪い取ろうとしていた魔物たちを全て破壊・・したのだ。


 振り向くと、呆然とこちらを見ているアリアに魔物が襲い掛かろうとしていた。


「リア! 後ろ!」

「——はっ!」


 アリアが弾かれるように飛んだ。

 一秒前まで彼女がいたところを魔物の大きな前足が踏みつけ、地面にクレーターができた。


「ヴィオラ⁉︎」

「ヴァイオレット様⁉︎」


 リアムや兵士たちが戸惑いの声を上げるが、状況を説明している暇はない。


「リア! そいつは私に任せて、お父さんとお兄さんを連れて早く離脱して!」


 アリアの返事も待たず、彼女を踏みつけようとしていた魔物との距離を詰めた。


「よくも私の恋人を踏み潰そうとしてくれたな……!」


 三メートルはありそうだったが、セオリー通り動きは素早くなかった。身体強化を発動させているヴァイオレットには止まって見えるほどだった。

 先手必勝。攻撃を繰り出す暇すら与えず、手のひらを押し当てた。


「——【真壊しんかい】」


 ヴァイオレットが魔力を流し込んだ瞬間、魔物の体は破裂した。無数の肉塊となって宙を舞った。

 血飛沫が顔に付着するが、そんなことは気にしていられない。


「みなさんっ、こちら側へ固まって!」


 ヴァイオレットの指示に兵士たちは戸惑っていたが、アリアやリアム、それにモーヴまで指示に従うように言ってくれたため、狙い通り人のいないスペースができた。

 当然障害のなくなった魔物は速度を上げたが、真っ直ぐ向かってきてくれるなら好都合だった。


 ヴァイオレットは両の手のひらをそれらに向けた。


「【真撃破しんげきは】」


 練り上げられた魔力の波動が放たれた。倒れるわけにはいかないため威力は相当抑えているが、それでも目の前の魔物たちを消し去るには十分だった。

 かつてないほど集中していた。自分の魔法に歓声を上げる兵士たちの雄叫びすら聞こえないほどに。


 ヴァイオレットはかなり加減をしていたが、それでもジョーンズ家の誰よりも強かった。

 破壊魔法ではないかと疑問を呈する者もおらず、士気は一気に高まった。


「みんな、彼女に続け!」

「「「おう!」」」


 リアムのゲキに、各々が喉を枯らさんばかりに声を張り上げた。

 これまでは耐えしのぐことだけを考えて戦ってきた彼らの瞳には、初めて「勝てるかも」という希望の光が宿っていた。


 魔物の大半をヴァイオレットが掃討した。

 彼女の【真撃破】の照準外から襲撃してくる魔物のみ、ジョーンズ家が相手取った。

 すでに彼らの兵士は多くが帰らぬ人となっているか、少なくとも戦闘不能にはなっていたが、ルーシーが種々の魔法を駆使して魔物の足止めから負傷兵の回復までサポートしたこともあり、それまでとは違って互角の戦いに持ち込むことができていた。


 魔物の中では素早い個体が、【真撃破】の合間を縫ってヴァイオレットに襲いかかってくる。


「遅いっ!」


 ヴァイオレットはバク宙の要領で突撃を回避し、裏拳を首筋に叩き込んだ。脊髄せきずいの砕ける音がした。

 着地するや否や、再び【真撃破】を放つ。


もろいなぁ!」


 危機的状況にも関わらず、ヴァイオレットは笑っていた。久しぶりに魔法が使えてハイになっていたのだ。

 しかし、精神の高揚に惑わされることなく、威力はしっかり制御できる範囲に抑えていた——不測の事態が起きるまでは。


 いくら戦力として五分五分の状態に持ち込めてはいても、戦闘が長引けば不利なのは人間だ。

 体力以上に精神的なダメージが関係していた。


 仲間が次々と死んでいくその惨状は、大人であっても平常心を保てるものではない。

 ましてやまだ二十歳にもなっていない少女がお世話になっていた人物の死を見てしまえば、心が乱れるのは致し方のないことであっただろう。


「アリア様っ、横です!」

「あぶなっ……! ありがとう——フレイヤっ、後ろ!」

「なっ——がっ……!」

「フレイヤ!」


 振り向いた瞬間のことだった。

 アリアに魔法の指導をしてくれた、兄しかいなかったからか男の子のような言葉遣いをしてしまう彼女に「アリア様はアリア様で良いのです」と頭を撫でてくれたフレイヤの生首が、胴体を離れて宙を舞った。


「あっ、あぁ……!」


 アリアはうわごとのようにつぶやいた。

 戦闘に戻らなければ——。

 頭ではわかっていても、体が動かなかった。


「——リア!」


 常に間接視野でアリアを捉えていたヴァイオレットは、すぐに恋人の異変に気づいた。


(ダメだ、【真撃破】は使えない……!)


 アリアはジョーンズ家の兵士とともに戦っている。人を巻き込まずに魔物だけを殺せるほどの制御力をヴァイオレットは持ち合わせていない。

 そして、駆けつけて間に合う距離でもなかった。


 決断は早かった。

 ヴァイオレットはため息を吐き、つぶやいた。


「——ごめんね、リア」

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お飾り令嬢の華麗なる逆襲 〜伯爵家に養子として引き取られましたが、直後に生まれた両親の血を引く義妹に全てを奪われました。宝物の数々も、愛する恋人さえも〜 桜 偉村 @71100117

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