第9話 恋人の正体

 クラーク家を出てから程なくしてスミス家に到着した。ヴァイオレットはすぐに恋人と再会できた。

 ルーシーがぞんざいに扱うことはないと思っていたが、やはり無事な姿を見ると安心した。


「リア!」


 ヴァイオレットは脇目も振らずに飛びついた。

 鼻をすすりながら胸に顔を埋め、


「よかったっ……来なかったときは何かあったのかって心配だったよ……!」

「心配かけてごめんね。でも、僕は大丈夫だよ」


 優しく頭を撫でられ、ヴァイオレットは少しだけ涙を流してしまった。所在の知れなかった数時間は本当に気が気でなかった。

 彼女が落ち着いたと見るや、ルーシーは口を開いた。


「先に言っておくけど、私は別にお二人が仲良くすることに反対ではないわ。伯爵とか男爵とか、身分だけで人を判断するのも馬鹿馬鹿しいと思ってるし」

「じゃあ、なんで別の婚約者を探せとか言うの?」

「それ以前の問題だからよ」


 ルーシーは二人に近づき、義姉ではなくその恋人を鋭い視線で射抜いた。


「単刀直入に言うわ。?」

「……はっ? な、何言ってんの⁉︎」

「誤魔化す気ある?」


 動揺するヴァイオレットに、ルーシーは呆れたように半眼になった。


「バレバレよ。お姉様、嘘吐くとき露骨に瞳揺れるし声大きくなるもの。なんならここで上を脱いでもらってもいいけど」

「そ、そんなの不純だよ!」

「別に男の人でもシャツ姿になるくらいなら大丈夫よ」


 ルーシーの表情は余裕をまとっていた。己が正しいと確信していた。

 ——ヴァイオレットとリアム、否、アリアに言い逃れをする術は残されていなかった。


「……なんでわかったの?」

「なんとなくの雰囲気でわかるし、何よりお姉様は前科があるもの」

「嘘だね」


 ヴァイオレットが間髪入れずに切り返した。

 今度はルーシーがたじろぐ番だった。


「う、嘘って何が?」

「リアの正体に気づいた理由、別にあるでしょ。ルーシーは嘘を吐くとき、不自然なくらいじっと相手の目を見つめる癖があるからね」


 ルーシーはヴァイオレットほど露骨に動揺しなかった。

 それでも、十年以上一つ屋根の下で暮らしてきた義姉の目を誤魔化せるほどの立ち回りではなかった。


 じっと見つめられ、彼女は黙ってうつむいた。

 ヴァイオレットはその瞳を覗き込んで、気遣うように、


「話せないこと?」

「……話したら絶対嫌われるわ」

「私がルーシーを? あり得ないでしょ」


 ヴァイオレットは頬を緩めた。

 顔を上げて目を見開いている義妹に笑いかける。


「たとえどんな犯罪をやってたとしても、私はあんたを見捨てたりはしないよ。全力で更生はさせるけど」

「っ……!」


 ルーシーは息を詰まらせた。

 伝わってくる義姉からの確かな愛に、暖かさと苦しさを同時に味わっていた。


(なんでそんなに優しいのよ……!)


 アリアの正体を見抜けた理由は透視魔法だった。

 そんなことができると知られたら絶対に距離を取られると思っていたため隠してきたが、許可も得ずに姉の生活を覗き見てしまっている罪悪感も相応に感じていた。


 そんなルーシーに、ヴァイオレットの裏表のない優しさは沁みた。

 これ以上、黙っていることはできなかった。


 透視魔法について正直に白状すると、ヴァイオレットは「えー、何それ。すごっ!」と無邪気に感心した。

 目を点にするルーシーの前で、合点がいったように何度もうなずいた。


「なるほどね。それならやっと腑に落ちたよ。だから毎回魔導書を手に入れたことにも気づいたし、どこに隠してもバレてたんだ」

「……うん」


 ルーシーは騙していたような気持ちになり、ヴァイオレットの顔を見れなかった。

 ポンポンと頭を撫でられる。


「そんな落ち込まなくていいよ。別に怒ってないしもちろん引いてもないし。あっ、もしかして前に女の人とヤってたときも透視してた?」

「う、うん」


 ルーシーは先程とは別の意味で義姉と目を合わせられなかった。




 ——その日、ちょっとした用事があってヴァイオレットの自室をノックした。返事はなかった。


(寝ているのかしら?)


 そう思って耳を澄ますと、荒い息遣いが聞こえた。

 体調を崩して一人で苦しんでいるのではないかと心配になり、透視をした。


 そして女の人に秘部をいじられて喘いでいる義姉の姿を捉え、気が動転して魔法で鍵を開けてしまったのだ。

 ヴァイオレットがアリアと出会う前のことだった。




「よく扉開けようと思ったよね」


 ヴァイオレットがおかしそうに言った。

 ルーシーは気恥ずかしげに頬を染めて、


「あのときは本当に混乱してて自分でも何やっているのかわからなかった……って、そ、そんなことはいいのよっ。とにかく、アリアさんとの関係は続けていいから新しい婚約者も見つけて。そしたら別に何も言わないわ」

「アリアだけじゃ何がダメなのよ?」

「ダメに決まってるでしょ、女性同士じゃ子供作れないでしょうが!」


 ルーシーはピシャリと言い放った。

 ヴァイオレットも負けじと鋭い声で、


「子供なんて要らない!」

「要るの!」

「なんで?」

「この国の貴族は、たとえ養子だとしても基本的に長子が家を継ぐものだからよ。それに当主がそういう性癖があるって露見したら色々不利でしょう?」

「あの両親なら意地でもあんたを当主にするよ」

「そんなことは私が許さないわ」

「何でよ!」


 ヴァイオレットは再び声を張り上げた。

 義妹を恨めしそうに睨みつけながら、


「ルーシーは私にそんなに女同士で愉しんで欲しくないの⁉︎ セックスの現場を目撃したとき、女の人を好きになってもいいって言ってくれたじゃない! あれ、本当に嬉しかったのにっ……本心じゃなかったの⁉︎ 願望が私に見せた夢だったの⁉︎」

「言ったし本心だけど!」

「じゃあいいじゃん! 女のほうが色々綺麗だし腹筋割れてれば格好良さもあるし、しちめんどくせぇあれやそれの理解もあるんだから!」

「確かに実利的にはそうかもしれないけど、それとこれとは別でしょうが! 養子として迎え入れられつつも後からできた妹に当主の座を取られたなんてなったら、貴族界でのお姉ちゃんの立場が最悪になるの! いいから早く男の婚約者を見つけなさい! 別にアリアさんと会うなとは言ってないんだから」

「嫌だ! 万が一にもリアとの関係が壊れるようなリスクは冒したくない!」


 ヴァイオレットは必死の形相だった。

 ここにきて、ルーシーは義姉が単純に駄々をこねているのとは違うことに気づいた。幼稚さとは無縁の鬼気迫るものを感じたのだ。


「それはっ……」


 言葉を詰まらせたルーシーに、アリアが助け舟を出した。


「ヴィオラがそんなふうに言ってくれるのはすごく嬉しいよ。でも、僕も形だけでも男の人と結婚して子供は作ったほうがいいと思う。そりゃ僕だって嫌だけど、ヴィオラの将来のためにね」

「わかってるよ。わかってるけど……魔法だってみんなから禁止されてるのに、リアにも会えなくなったら嫌だよっ……」


 ヴァイオレットの瞳から、一筋の涙が伝った。


「お姉ちゃん……⁉︎」

「ヴィオラ……⁉︎」


 目を見開いて驚愕を表現するルーシーとアリアに対して、ヴァイオレットは絞り出すように言った。


「家ではしいたげられて、外では市民に馬鹿にされるだけの居場所も楽しみもない生活なんて、ただ苦しいだけじゃんっ……!」

「「っ……!」」


 ヴァイオレットが胸中に抱えていた苦しみを吐露したのは初めてのことだった。

 彼女の義妹と恋人は、ショックの色を浮かべて絶句した。

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