第4話 露見
ルーシーの口数が普段よりも少なかったため、食卓には食器とフォークやナイフが触れ合う音のみが響いていた。
周囲に控えている使用人たちからすれば居心地の悪い空間だろう。
しかし、魔導書を隠し通せていることに歓喜していたヴァイオレットは快適さすら覚えていた。
食事が終わり、さあいよいよ愛しの我が子と対面しようと立ち上がったとき、使用人が紙を持ってススス、と近づいてきた。
「ヴァイオレットお嬢様。不詳ながら申し上げますが、ここの数字が違うのではありませんか?」
「えっ?」
家の経理に関する書類だった。
慌てて確認すると、確かに計算が違っていた。
オリヴィアが大袈裟にため息を吐いた。
「はぁ……計算すらもまともにできないのですか。さすがは下級貴族の劣等種ですね。汚らわしい」
嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨て、口の端を吊り上げてヴァイオレットを見下ろして続けた。
「なんの才能もないあなたにお情けで仕事を与えてやっていると言うのに、それすらもまともにできないとは何事ですか?」
「……申し訳ありません」
ヴァイオレットは唇を噛みしめて頭を下げた。
クラーク家当主であるサイラスがニタニタと笑い、口を開きかけた。
しかし、言葉を発したのはルーシーが先だった。
「そういえばお姉様。掃除のメイドが見つけたそうなのだけど、お部屋にあったあの魔導書は何なのかしら?」
「っ……!」
ヴァイオレットの心臓が跳ねた。
(ま、まさかバレていた⁉︎)
「な、なんのことかしら?」
「誤魔化しても無駄よ。メイドに持ってきてもらおうかしら? ——棚の一番上の引き出しの中から」
ルーシーは隠し場所を正確に言い当てた。ニマニマと意地の悪そうな笑みを浮かべている。
もはや、ヴァイオレットにシラを切るという選択肢は残されていなかった。
(ここまでやるか……!)
義妹に鋭い視線を向けた。話を切り出したタイミングを見ても、書類の不備も彼女が意図的にでっち上げたものに違いなかった。
場の雰囲気をヴァイオレットを攻めやすいものに変えたのだ。
だが、彼女の工作であると証明する手立てはない。騒いでも不利になるだけだ。
ヴァイオレットは努めて静かな口調で答えた。
「あの魔導書は私が自分で稼いだお金で買ったものよ」
「まぁ、そうだったのね。ご苦労様。ところであれ、私にくださらない?」
「ダメに決まっているでしょう」
ヴァイオレットは冷ややかに一蹴した。
——それ以上に冷たい声がオリヴィアから放たれた。
「ヴァイオレット。黙ってルーシーに譲りなさい」
スッと目を細めて睨みつけてくる。親の仇でも見るような、憎しみのこもった視線だった。
「なぜでしょうか? 私は正真正銘、自分のお金で購入したのです。それをルーシーに譲らなければならない道理などありません」
「まぁ! お姉様ってば、何か勘違いしていらっしゃるみたいね」
ルーシーは馬鹿にするように口に手を当ててクスクス笑った。
「
「ルーシーの言う通りです」
オリヴィアが上から下までヴァイオレットを見やり、頬を吊り上げて
「魔法が使えないお前に魔導書を読む意味などありませんし、そもそも書類一つまともに作れない分際でそんな無意味なことにうつつを抜かしていいとでも思っているのですか? せめてまともに仕事ができるようになってからにしなさい。まぁ、ルーシーと違って卑しい下級貴族の血を引いているお前ごときがしっかりと仕事ができるようになるとは思えないですけれど」
「はは、その通りだな!」
クラーク家当主のサイラスが大袈裟に同意した。勝ち誇ったような笑みを向けてくる。
ヴァイオレットは義父のことは相手にせず、オリヴィアに震える声で問いかけた。
「せめてって何ですか? 魔法が使えるも使えないも関係ありません。確かに書類の不備は私の落ち度でしたが、私が買ったのですから私が読んで当たり前でしょう」
一度ルーシーの所有物になってしまったものは、再びヴァイオレットの前に姿を現すことはない。
あとで貸してもらおうなどという甘い考えは通じない。ここで死守するしかないのだ。
オリヴィアは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふん、逆らう気ですか? この家にまともに貢献することもできていない寄生虫のくせに」
「なっ——」
「まあまあお姉様。どうか落ち着きなさって?」
思わず語気を荒げようとすると、ルーシーが猫撫で声で割り込んできた。
ヴァイオレットは義妹を睨みつけた。
彼女は負けじと強い眼差しを向けてきた。ニヤリと笑った。
「もちろん私がいただく立場なわけなのだから、お礼はしてあげるわ。服を一着差し上げるからそれでいいでしょう? この前スミス商会から買い上げたものだから一級品よ。きっと、
「お、おいルーシーっ」
サイラスが慌てたような声をあげた。娘の挑発を
「あれはお前が欲しがっていたものじゃないか。何も
「……はっ?」
「いいえ、お父様」
魔導書を軽んじられて怒りを覗かせるヴァイオレットに覆い被せるように、ルーシーが言葉を発した。早口で続けた。
「いくら
ルーシーが唇を噛みしめてうつむいた。
本当に申し訳なさそうな表情だった。
「あぁ、ルーシー……!」
「お前はなんて……!」
サイラスとオリヴィアは、感極まったように実の娘を抱きしめた。
さながら演劇のワンシーンのようだった。
ヴァイオレットは醒めた目で見つめていた。
——両親の腕の中から自分に向けられた、ルーシーの人を小馬鹿にするような嘲笑を。
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