次期騎士団長候補でしたが、子供を拾ったので騎士団辞めて子育てします
リズ
災禍の中で拾い上げた一雫
酷い有様だった。
ある日の朝方。
ある町の近くのダンジョンから魔物たちが溢れ出す決壊と呼ばれる現象が発生。
町の駐留兵や冒険者たちの奮戦虚しく、町の防壁を突破した魔物たちが住人の殺戮を開始してしまった。
王都へ援軍を求める騎竜が辿り着いたのは決壊発生から丸一日が経過したころ。
援軍の要請を受けた王は直ちに討伐隊を編成するが、それを待たずに一人の騎士が騎竜に跨り、待機命令を無視して王都を飛び出した。
リオネル・ハーグレイブ。
二十代半ばで次期騎士団長候補と呼ばれるほどの力を有し、仲間たちから慕われている騎士である。
風の魔法の応用で、騎竜の前に風圧を防ぐ障壁を発生させ、強化魔法も使用して騎竜を全力で駆けさせた彼は、結果として王都から一日掛かる距離を半日で走り抜けるに至る。
「すまない。ゆっくり休んでくれ」
半日主人を背に乗せ走り続け、倒れてしまった騎竜の顔の側に水の球を作り出したリオネルは、煙が上がっている町を目指して走り出した。
速度重視で動くために、鎧は軽装。
自慢の盾と剣を手に、避難のために逃げて来た町の住人たちとは逆方向に駆けていく。
「決壊は予測されていた。しかし、なぜこんなに早く……っくそ!」
火の手が上がったのは火を吐く魔物のせいだけではない。
魔物たちに荒らされた家屋の釜の火や、暖炉の火が引火したのだろう。
リオネルが防壁を越えた頃には火は町中に広がり、地獄を作り出していた。
逃げ遅れた住人も、家屋を伝って火の壁を作り出しているような町の状況では助かる見込みもない。
「いや。まだだ、助かる命はあるはずだ」
風の魔法と水の魔法を重複発動したリオネルは、地上において渦巻きを作り出し、上空に射出すると渦巻きを炸裂させて大量の水を町中にぶちまける。
そのおかげで火の勢いは随分と弱まったが、リオネルの魔力に引き寄せられて、町を襲った魔物たちが大量に押し寄せてくる結果となった。
「力なき民たちを襲ったこと、地の底で後悔しろと言っても貴様らには通じんか。なら、俺の八つ当たりに付き合ってもらうぞ」
剣を握った手に力を込め、町の大通りに集まってきた大量の魔物たちに向かって、リオネルはただ一人、走り出した。
戦力差は一対百、どころではない。
ダンジョンからの魔物の流出は止まっているようだったが、町の中にはすでにリオネル以外に生きている人間はおらず、動いている物は全て狼や熊、猪や獅子に近しい特徴を持つ肉食の魔物たちだけだった。
それでも、リオネルは剣を振り、魔法を操り、町中の魔物たちを殲滅していく。
誰か、誰でもいい、一人でも、町の住人が生きていると信じて。
「神よ。これは……あなたが望まれたことなのですか? こんなことが……こんな」
いったいどれくらいの時間一人で戦っていたのか。
王都からの援軍が、リオネルの到着から半日遅れて辿り着いた頃には、町中の魔物たちはリオネルに殺し尽くされていた。
「リオネル。無事か?」
「俺は、大丈夫です」
「顔色が悪いぞ」
「当たり前ですよ。助けられなかった。誰も」
「お前は悪くない。ダンジョンの決壊は自然災害だ。人間では、どうしようもない」
「わかってますよ団長。分かっては、います」
町の中央。
魔物たちの屍の山の上で折れた剣を手に立ち尽くしていたリオネルに声を掛けたのは、王国騎士団の団長を務める初老の男性だった。
「生存者を捜索するぞ。まだ、生きている住人がいるかもしれん」
「この状況で、そんなことあるわけが」
「そう思うならお前は帰還しろ。一人で、よく頑張ったな」
その言葉は確かに労いの言葉だったが、今のリオネルにとっては薄っぺらい気遣いでしかなかった。
それ故に、リオネルは騎士団長の言葉に首を横に振ると、屍の山から降りて生き残りの住人がいないかを探し始める。
「酷い顔だ」
倒壊した家屋の窓枠に残った窓だったガラスに反射する自分の顔を見て、リオネルは自嘲するように言って目を背けた。
疲労からか、住人を救助できなかった絶望感からか、整っているはずの顔には影が落ち、魔物たちの返り血に濡れた母譲りの綺麗な金髪は、くすんで錆び付いているように見える。
そんなリオネルは家屋の瓦礫から伸びた力無く横たわる腕に、濡れた地面に膝をついて手を合わせて組んで祈りを捧げる。
そして、瓦礫を折れた剣で切り刻んで取り除くと、現れた町の住人の遺体に、近くに落ちていたボロ切れを被せた。
「俺は、誰に祈ってるんだ。神様がいるなら、こんなこと、なんで」
呟きながら、リオネルは魔法を発動させた。
その魔法で町一つ覆うほどの魔法陣が発現し、町の中の魔力を感知していく。
しかし、感じられるのは、見知った騎士たちの魔力ばかり。
だと、思っていた。
「魔力に反応⁉︎ 生きてる人が、いる!」
顔を上げ、リオネルは走り出した。
町の中央から外れた川辺の住宅地、だった場所。
リオネルが感知した魔力を頼りにやってきたのは瓦礫が広がる荒野だった。
しかし、今にも消えてしまいそうな弱々しい魔力は確かに瓦礫の方から感じられる。
「消えるな! 今助けるから!」
声を上げながら駆け、魔力を感じた場所の瓦礫を掘り返していくリオネル。
すると、そこには浴槽に背を預けるようにして座ったまま事切れている半身が潰れた男女の遺体と、その浴槽に、蓋をするように張られた小さな結界で守られた、ストロベリーブロンドの髪を持つ少女が横たわっていた。
「我が子だけは、守ったのか」
呟いて、先程のように祈るリオネル。
その時ちょうど、誰かを待っていたかのように、浴槽に張ってあった結界が、薄氷を砕くように消え去った。
「あなた方の勇気に敬意を」
その言葉を少女の両親であろう遺体に残し、リオネルは少女を抱えあげた。
これが、リオネルと少女の出会いだった。
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