1章14話:デート

 6月6日、土曜日の早朝。

 いまだに隣で美少女が寝息を立てている状況に全く慣れない15歳。匂いとか大丈夫かな、お風呂入ったし大丈夫だと思うけどな……。

 そんな寝ているかみさまを起こさないようにランニングに向かう。よくよく思い出したら2ヶ月前のあの日は自転車を神社の方に置いてきてしまったのだった。ついでとばかりに、樹海でついた体力を維持するためにランニングすることにした。

 家から樹海の入り口まで走ると約1時間。自転車発見。発見しづらい場所に止めたとはいえ2ヶ月経ってたのに……流石田舎。


「盗まれてなくてよかったぁ」


 自転車を走らせて市街を通り抜ける。自転車を漕いでると長い髪が靡いて邪魔だ。……かみさまが梳いてくれるから切るつもりはないけど。

 途中、今週のジャンプを読もうと再びコンビニに立ち寄る。が、さっきからやけに視線を感じる。なんだ文句あんのか。


「美少女だ……」

「やべぇ、可愛い。お前話しかけてこいよ」

「や、お前行けよ。漫画好きなの? とかお前なら行けるだろ」


 なんか聞こえないけど煩い。キリのいいところまで読んで、そのままコンビニを出てチャリを漕ぎ、やっとのことで自宅に戻る。昨日はあまり考えなかったけど、実に2ヶ月ぶりの我が家だ。個人的には樹海の方が居心地が良かったと思う。


 どうやら今日は自称弟、犀潟ヨハンは友達の家にお泊まりだったようで、玄関には靴がない。彼のことだからもしかしたら"しっぽり"やっているのかもしれない。関係ないことだ。

 叔母夫婦は朝から出掛けているようだった。自称姉もおそらく朝まで『花嫁の仕事』をしてるだろうし、自称祖父母も靴を見る限り居ないようだ。

 さて一応自分2ヶ月失踪してたわけだし、戻ってきたら大事になるんだろうなぁって今更ながら思った。めんどくさいな……。

 家の食材を使って軽く朝ごはんを作る。2ヶ月前までは作ろうとすら思わなかったけど料理スキルが上がった今ではかみさまに何か美味しいものを振る舞ってあげたいという思いが強い。


「おはよ、ほの囮〜。あ、それほの囮が作ったの?」


 お盆に乗せて部屋に朝食を運ぶ。食パンのトーストとスクランブルエッグ、サラダ、ハム、ソーセージとコーンスープ。一般的なパン派の朝食だろう。

 そんな食事を2人で平らげて僕たちは支度をして出かけた。時刻は朝の8時頃。だがしかし、なんだか学生が多い気がする。ん? 土曜日だよね今日? ……あ、6月6日って。


「やばい、今日補修日じゃん……創立云々の」


 普通創立記念日といえば学校は休みなのだが、北湊高校は逆に創立記念日が登校日になる。入学式の時の年間スケジュール説明時にこれを知って絶望したからよく覚えているとも。

 午前中だけとは言え学生にとっては最悪のイベントだ。だから犀潟ヨハンは家にいなかったのか。


「どーする? 今からいく?」

「サボります。かみさまとのデートの方が大事です」

「えへへ、でーと、でーとねっ! うんうん、いい響き。とてもとてもいい響き!」

「意味わかってます……?」


 昭和20年から知識の更新がないかみさまはカタカナ英語の意味が大抵わからない筈である。


「私英国と日本のハーフだから英語もわかるよ〜?」

「えっ……あ、だからその髪色……」

「うん! だから英国製は贔屓するけど米国製は大嫌いなんよ〜」


 祖国愛、なのだろうか? その辺の感覚は僕には分かりづらい。

 ともあれ学校はサボろう。2ヶ月前までの僕ならそんなことは絶対考えなかったし小中と皆勤賞の真面目君だったのだが、2ヶ月も失踪してた身としては今から行くのはしんどい。それに、


「妹のお見舞い、行きたいですし」

「ああ、そだね。そっち先に行く?」

「いえ、デートを先にします。そのくらいはアイツも許してくれますよ」


 と、言うことでニコラに捕捉される可能性がない午前中のうちに色々と動き回った。

 北湊は人口約10万人の地方都市だ。そのうち旧市街地と新市街地にわかれており、僕の住んでいる街は旧市街地。旧市街地には何もないが新市街地の方には色々お店がある。


「わ〜! あれ車? 車だよね? 車がいっぱい走ってる! ねねね、ほの囮は運転出来ないの?」

「普通自動車の免許取れるのは18歳からなんで」

「そっか〜。乗ってみたいな〜」

「バスなら乗れますけど、乗ります?」

「いいの!?」


 かみさまのリクエストでバス移動をすることになった。バス内で大興奮するかみさまを抑えながら、向かった先は家具屋さんだった。


「かみさまの枕を買いましょう」

「わぁ〜い! 何にしよっかなぁ、可愛いのがいいなぁ」


 広い店内ではしゃいでいる。

 暫くして黒いアザラシの抱き枕を持ってきた。なんか少し不気味なんだけど、かみさまはこれが可愛いんよ〜とか言いながらカートに放り込んでいたので購入した。掴んだ時に「ぐえっ」って声がしたのはなんでなのだろう……。というか触らてるってことはもう購入した認定されてるんですかね、いや買いますけどね?

 その後はカフェで早めの昼食をとり、ぶらぶら街を歩いていると、少しずつ学生の姿が見え始めた。恐らくお昼下校だから街に遊びに来たのだろう。


「ここからは学生増えますし、人通りの少ないところにいくしかなさそうですね」

「んー、一通りの少ないところか〜。あ、ご本が読めるところとかない?」

「図書館がありますけど、どうだろ、創立記念日にお勉強しにくる学生がどれだけいるかどうかにかかってますね」


 北湊中央高校とかいうマンモス高は中高一貫校のエスカレーター式だし、生徒のほぼ全てが北湊大学に進学する。外に出る者はあまり聞かない。その辺もこの街の不気味なところなのだが。

 まぁ何が言いたいかというと、そこまで勉強熱心な人が居ないのだ。創立記念日に学校に行かされて、その足で図書館にお勉強しに来る奴なぞそうそういまい。


「逆に人居なくていいかもですね。いきましょう図書館」


◇◆◇


 北湊市立図書館。郷土資料館が併設されているという特徴はあれど、ごくごく普通の図書館である。

 そして案の定人は居なかった。


「現代知識を仕入れないとだからね〜。当分は図書館通いになりそう」

「かみさまが現代知識を得ちゃったら僕は何も教えることはねぇ状態になってしまうんですが……」

「でも楽しいことの共有が出来るよ? 私はそっちの方が素敵だと思うな」


 恐らく本は触れないとのことで、ここで神憑り発動。

 僕の体を自由に操り、郷土の歴史コーナーから幾つか本を取ってきて椅子に座る。


(というか一つ気になったんですけど、かみさまって他の人から見えてないんですよね?」

「そだね〜」

(今は僕の体だからいいとして、仮にその本を触れたとしたら、周りからどう見えるんです?)

「おや、おやおやおや、気付いた?」

(まぁその、カフェにいた時から思ってました)

「2人分ご飯頼んで対面でカップ浮かせてるやべー奴だと思われたって顔してるね!」

 

 アタリ……。

 ただ特に周囲でこちらに怪訝な視線を送ってくる人間は居なかったし、店員さんも普通にしていたので恐らくは僕が思っているような感じではないのだろう。


「私が触れているものも人間には認識阻害されてると思うんよ〜? そうじゃないとほの囮の隣をパーカーとスカートが浮いて移動してることになっちゃうし! あははは!」

「SNSでバズって信仰獲得ですね(?)」


 なんてくだらない話を一通りしたのち、2人で黙々と本を読み始める。

 時々僕は飽きてかみさまの顔を眺めるが、彼女はそんな僕に気づきもしないのか恐ろしいほどの集中力で積まれた本を消化していく。一度集中したら一切合切周りが見えなくなる人がいるけど、彼女もそういう人間なのだろう。

 あっという間に時刻は16:00。このままだと病院行く時間がなくなってしまうと声をかけたことで、ようやくかみさまは手を止めた。


「おなかすいた」


 読み切った本は実に15冊にのぼる。けど彼女はそんな状況を微塵も感じさせないほどあどけない表情でお腹の虫を鳴らしてみせた。


「ごめんね? 退屈だったかな?」

(いえ、かみさま眺めてたので)

「本読みなよ〜」

(読んでましたけど、なんか集中出来なくて)


 かみさまと居る時はかみさまのことばかり考えていたい。その思いが僕の読書意欲を奪っていた。


「そぉ? くすくす、変なほの囮。そっか、うん。えっと、一冊借りてもらってもいい?」


 かみさまの手元に残った一冊の本。タイトルは……『戦時中の北湊』。


(これ……)

「お願いね? さぁ、お見舞いして、それからおゆはんさん食べよう!」


 図書館で本を借りるなんて久々だ。本をしまって、僕たちは再び夕方の北湊へと歩き出した。


◇◆◇


 北湊病院。戦後に建てられた総合病院で、北湊にある3つの大型病院のひとつだ。ここに妹、犀潟ち囮(か)が入院している。

 その事実を当然ニコラや海知は知っている。けれど、彼女らにとってち囮はどうでも良い存在なのだ。

 実を言うとほぼ引きこもりだったち囮と彼女らに面識はない。強いて言えば夏葉はち囮と接してくれていたから面識はあるけど。


「母の死と同じ時期にち囮が原因不明の病で入院して、僕は逃げた元父の妹にあたる叔母夫婦に預けられて……。あの時のメンタルはどん底でしたね。まぁ実を言うとあんまり記憶ないんですけど」

「ショック性の記憶乖離かな。あまりにも辛い現実が続いたわけだし、その辺はあり得る話だよね」


 考えたことなかったけど確かにそうかもしれない。


「……叔母夫婦と従兄弟とは元々関わりなかったんで、毎日が苦痛でしたね。まぁ今も苦痛なんですけど。それでもその生活に耐えられたのはち囮が生きてるって事実で、僕には家族がいるんだっていうことが生きる希望になってて……」


 それこそ、ち囮が普通に生活していてその中で海知に奪われたりでもした日にゃそれこそ樹海コースだったかもしれない。眠っているからこそそれがあり得ないというのは、なんとも皮肉な話だと思う。


「ほの囮に似てるってことは美少女だ〜。楽しみだなぁ」

「可愛いですよ。少なくともシスコンを作り上げてしまうくらいには。まぁちょっと辛辣というか、素直じゃないんですけど」

「妹ってのはそれくらいの方が可愛いものだよ〜」

「かみさまって妹いるんですか?」

「んー、まぁね。お、ここかな? でっかい建物だね」


 ち囮の病室は6階だ。2ヶ月足を運んでいなかったけど、許しておくれお兄ちゃんメンタル死んでたの……。

 なんて病室のドアをスライドさせる。そこにはいつものようにち囮がベッドに……。







「え」






 ち囮はベッドに居なかった。

 いや、この部屋には居たのだ。けれど彼女はその細い体躯をゆらゆらと揺らしていた。


 ち囮は首を吊っていた。

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