1章13話:70年後の北湊
かみさまをびっくりさせてやろうと思い、再び歩き出す。
一応ここから此岸ということで、僕は案内役の任を担うべく神憑(かみがか)り状態を解いていた。
かみさまはゆったりと後ろからついてきていた。
さっきの幽霊たちとは異なり、かみさまには白磁の陶器の如き脚がある。パキパキと小枝を踏む音が後ろから聞こえる度、1人じゃないという安心感に包まれる。
ようやく見慣れた景色が見えてきた。
ひさしぶりに見る街灯を前に僕は、ああ帰ってきちゃったなぁと溜息を吐く。
「へぇ、此処が70年後の北湊なんだ〜。あはは、何もないね」
「もう少し街の方に行けば色々あるんですけどね。あ、そういえば喉乾きません? そこに自販機あるんでなんか買ってきますよ」
「じ、はんき?」
仄暗い光を発する自販機をペタペタと触るかみさま。盛大に疑問符を浮かべているかみさまを驚かせようと、自動販売機にお金を入れた。
「お好きなのをどうぞ」
「……? なんか光ってるけど、これを押せばいいの?」
「あ、このお汁粉ゲロまずいのでやめときましょう」
「そう言われると飲んでみたいな!」
「え、ちょっ……」
ゴトッと落ちてきたお汁粉。かみさまは驚いてビクッと固まったが、恐る恐るそれを取り出した。
「これ、なぁに?」
「ゲロまずお汁粉です」
「あったかいね。へぇ〜不思議な箱〜」
当然ながら開け方を知らないので僕が開けてかみさまはそれを口にした。クソまずいのはわかっているので一応口直しにコーラでも買おうかなと思ってお金を入れようとしたら、
「美味しい! 餡子なんて久しぶりに飲んだよ〜、こんなお味だったっけ〜。懐かしいな」
うん、思い出補正が掛かっていた。
一応言っとくけど僕の舌は正常だ。あのお汁粉はマズイ。というか北湊の自販機のお汁粉は大抵マズイ。ミルクセーキと同じくらいマズイ。
「えと、コレもどうぞ。コーラって言うんですけど」
「へ〜。なんか英語書かれてるけどこれ英国とかの飲み物?」
「一応アメリカです……ってなんで投げるんですか!?」
「米国製きらーい!」
慌ててキャッチする。かみさまはぷいっと機嫌悪そうにそっぽを向いていた。
「えぇ……」
「嫌いなものは嫌いだもん!」
此処まで拒絶反応を見せるかみさまは初めてみた。何がそんなに嫌なんだろう……。でも気分を害してしまったのは事実なので何かしらお詫びをしなくてはいけないよね。
「すいません……。お詫びに街の方に買い物……ってもう時間的にやってるのはコンビニだけかな」
時刻は夜の10時過ぎ。お店はどこもやってないだろう。
「こんびに?」
「24時間やってるお店です。……でもコンビニに巫女服は違和感凄い」
僕は来た時の黒パーカーにジーパンという出立ちだったけどかみさまは巫女服を着ていた。この時間にかみさま程の美少女とは言え巫女服で徘徊してるのは怪しいだろう。
「私から見たらほの囮の服の方が不思議なんだけどな〜。っていうか巫女服以外のほの囮新鮮かも!」
「自分でも男の服着てる自分に違和感感じてきました……」
だ、断じて女装にハマったわけじゃない! ……と思いたい。
「とにかくその服やっぱ目立ちますって」
「私の姿は他の人に見えないと思うよ〜?」
「あ、やっぱり?」
信仰心云々の話を聞いてからなんとなく察してはいたけれど、今のかみさまは僕に憑依できて、現世のものを少し触れる幽霊みたいなものなのだろう。幽霊なのに物に触れるとはこれ如何に。という疑問を話したところ、
「触れる触れないの差は単純だよ。『それが産土神(うぶすながみ)としての所有物か』、『巫女の所有物か』とこの2つの意識だね」
「産土神としての、所有物?」
「まぁ簡潔に説明すると、この土地のものだと認識できれば触れられるんだよね。私が道端の枝を踏みつけられるようにさ。とは言え現代の建築物は私の中の無意識が自分の所有物じゃないと認識してるから多分触れないんじゃないかな?」
イマイチよくわからないけど、結局かみさまの認識次第ということなのだろうか?
「それと巫女は神の所有物だから、巫女が触っている物、巫女が金銭等の対価を払って得たと認識したものも触れるよ。さっきじはんき? だっけ? アレに触れたみたいにさ」
「成る程、結構認識の力によるところが強いんですね」
「認識、というよりも信じる力、『信仰』かな。だから信仰を奪われた私はこの街で人間に姿を観測されないんだよ。まぁ、私の姿が見えないのは『山の神』の特性もあるんだけど、そこは置いといて」
かみさまの世界にも一定の理というか、ルールみたいなものがあるのだろう。
「つまりほの囮が購入してくれないと、私は1人で現世の食べ物を食べるどころか触れることことすら出来ないんだよねぇ。あー、早く信仰欲しいな〜。ちらっ、ちらっ」
「僕に何をさせる気ですか……」
「それはヒミツ〜。さ、とりあえずは何か食べさせてよっ!」
というわけでコンビニに恐る恐る入る。店員は特に目もくれずにテキトーに挨拶をしていた。うん、本当に見えてないんだ。
かみさまはというと、見るもの全てが珍しいのか色んなものを眺めていた。商品にも興味深そうに触れようとしていて……っておでんはツンツンしちゃ駄目ですからね!?
「あはは、ごめんごめん。知ってる料理あるなぁって」
「触らないのはわかってますけど、おでんで炎上するかみさまは見たくないです……。えと、なんか好きな食べ物とかあります? 献上したいんですけど」
「満漢全席!」
「それもまたブリティッシュジョークかなんかですか!?」
「ほの囮、声抑えないと変な人って思われちゃうと思うんだぜ〜?」
悪戯っ子のような表情を浮かべるかみさまだったが確かに言う通りで、他のお客さんは僕のことをやばい人を見る目で見ていた。
「あの、かみさまパワーかなんかでかみさまが他の人に見えたりとかしないんですかね?」
「少なくともこのコンビニに信仰を根付かせられない限りは無理かなぁ。仮に出来たとしてもそれやったら今度は変な格好した人が店にいるってならないかな?」
「ご尤もで……。うーん、でもかみさまと歩きたいなぁ」
「その心は?」
「周りに合わせてテンション下げるのしんどいです」
「内心ウッキウキなんだ〜?」
くすくすと笑うかみさまが可愛いのでやっぱり目を逸らしてしまう。取り敢えずなんか買って出よう。
結局かみさまが好きそうなチョコレートの菓子パンを購入し、コンビニを出ようとする。……と、そこで、
「てわけでさー、いやー、困っちゃったよ、はは」
数人の笑い声。聞き覚えのある声だ。黒髪のイケメン、此処からでもよく見える。
最悪だ。こんな楽しい時に。
「ちょっと走りますよかみさま」
「へ? ……ああ、ソユコト〜。いいよ」
フードを被って通り過ぎる。がしかし、
「……ほの囮?」
不意に声をかけられた。おい、なんでわかる!?
◇◆◇
「ほの囮、なのか!? なぁ! そうなんだろう!?」
「…………」
「2ヶ月もどこにいたんだ! なぁ、なんとか言ってくれよ!」
まずい、限りなくまずい。これは最悪だ。
柏崎海知。僕は、僕はお前のことをずっと親友だと思ってた。
でもお前にとって僕は……。
あぁ、折角のいい気分が台無しだ。2ヶ月の家出期間によって、多少はこいつも心配しているのだろう。けど今水を刺して欲しくない。
どうする、どうする!? どうやってこいつから逃げられる? 走るか? それならかみさまの手を引いて今すぐにでも。
「まかせて」
え、という声を出す間もなく、僕は言動を封じられる。
かみさまによる神憑りだ。月光色の瞳を揺らし、かみさまはそのまま海知の前にひたひたと歩を進める。
「ナンパかな? 少年」
大人の女性ような声音だった。僕の声でも、普段のかみさまの声でもない。威厳と妖艶さを兼ね備えたような声音。それを合図に、かみさまの独特の雰囲気がこの場を支配した。
誰も声を発することができない。周囲の少年たちも、演劇を見にきた観客のようにかみさまを見て押し黙っている。
「けど気をつけた方がいいよ。誰かの面影を他者に重ねる行為は人によってはとても不愉快だから。ね? お姉さんとの約束だぞ?」
「え、あ、その……」
「返事は?」
幾らパーカーで顔が見えないからって、何かしらの確信をもって海知は話しかけてきたに違いない。それなのに有無を言わせずに他人であると納得させてしまった。
海知も混乱したように、自分の判断を疑うように目を泳がせている。そしてそんな混乱で時間を浪費させてくれるほど、かみさまの雰囲気は甘くない。
「は、はい、す、すみませんでした……」
「うんうん、謝るのは大事だね。それじゃね、傀儡(かいらい)クン」
かみさまは手をひらひらとさせながら去っていく。
やがて先ほどコンビニで購入した物品を開封し始めた。
「はむっ、んー! 美味しい〜!!! やっぱり現代のパンは美味しいね! チョコレートが簡単に手に入る時代が来るとは思わなかったんよ〜」
(……あれくらいなら安いもんなので幾らでも。こっちの肉まんも美味しいですよ)
「あつあつだ〜。わっ、凄いね、美味しい。こんな夜中に美味しいものが買えるなんて便利な世の中になったね〜」
先ほどの凄みを見せた少女とは思えないかみさまの言動に少し緊張が解ける。
にしても本当に凄かった。アレなら確かに僕と分からないまま街を闊歩できるかもしれない。
そんなことを考える一方、海知のことが頭によぎる。
2ヶ月振りに会ったけど、何も感慨深くなかった。それほどまでに、海知はもう僕にとって親友ではなくなっていた。
いつでも僕を助けてくれて、友達の居ない僕と一緒に居てくれて、たくさん遊んで……。
彼の思いがわかったくらいで友達をやめようとは思わない。でも、今の海知は、ニコラの駒でしかないって分かってしまった。今まで通りの友達じゃ居られない。
「考えすぎないほうがいいよ? 今は楽しいことを考えるの」
「そう、ですね。よし! 今日は僕の家で泊まりますか?」
「わーいお泊まり会だぜ〜!」
その後、僕はかみさまを連れて家に戻った。2階の窓から侵入して、ええっと、ああ、あったあった。
「こちらかみさまの着替えです」
「へ〜、ヒラヒラしてて可愛いね〜。でもこれ女の子の服だよね? なんでほの囮持ってるの?」
「……ニコラが押し付けてくるんですよ」
かみさまに手渡したのは取り敢えずソックスと白いプリーツスカート、そしてお揃いの黒パーカーだ。好きなバンドのライブのグッズで買ったやつです。
下着とかは流石に持ってないので後日買いに行くとして今は神社にあったもので我慢して貰おう。
「もう目、開けていいよ。ほい、じゃじゃーん! 可愛い? ねぇ、可愛いかな?」
「……めちゃめちゃ超似合ってます」
「わぁーい! えへへ、いいね、現代の服動きやすくていいね〜」
身体を動かすたびに揺れるフレアスカートが可愛らしい。下着が見えそうでハラハラしてしまうけど。
時刻は深夜0時。家のみんなは寝静まっており、2階から侵入した僕の帰宅には気づいていないらしい。てことで玄関から普通にかみさまを迎え入れたわけだ。今は僕の部屋で絶賛お着替え中である。
「今日は此処で寝てください。明日は一応その、一緒にお出かけってことでいいですか?」
「うん! ふああ、歩きっぱなしで疲れちゃったよぉ……わ、何このお布団ふわふわ! 枕もやわらかーい!」
「一応ニ○リのいいやつなので」
「私これ持ち歩いてもいいかな? あ、ほの囮の匂いがする〜」
「〜〜〜〜ッ!! 恥ずかしいので明日買いにいきましょう!!!」
無自覚なんだろうけどそう言うのドキッとするからちょっと控えて欲しい。うん、心臓がもたない。
「いいな〜此処。私ここに住みたいよ〜」
「……寝ますよ」
「え、ベッド使わないの?」
「僕はその、そこのソファで」
「だめ、家主でしょ? それならベッドで寝なきゃなんよ」
「や、でも、その……」
「いいからいいから〜。くすくすっ、2人だとあったかいね〜」
そう言うとかみさまはすーすーと眠ってしまった。鼻提灯まで出てるから本当に眠っているのだろう。
「おやすみなさい、かみさま」
隣でかみさまが眠っている。なんだか自分の家なのに自分の家じゃないような気がした。
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