植物文化図鑑~古ウレタ地域編~
泡沫 河童
第1話 パルタエ(命の花、あるいは耐え忍ぶ聖者)
古ウレタ地域は旧アルベルスト帝国領のうち、最も広大な面積を占めているがその環境の過酷さから生育する動植物は少なく、故に追われるように居を構えた民族が少数の部落を形成して細々と暮らしていた。
特に、旧アルベルスト帝国の成立に伴い異端分子とされた民族が住んでいたこともあり、外部と隔絶された環境で醸成された特異な文化が存在する。
特殊な環境での動植物の独自の生態系とともに、そこに住まう人々の興味深い文化史が存在していたことを我々は語り継いでいかなければならない。
―メーセル国立大学教授 アーステイ・ロクロス博士―
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昔々、しかし今も昔も、ウレタには雨が降りませんでした。
時折降ったと思えば、次に雨を拝めるのは、明日か明後日かはたまた一年後か…それは誰にもわかりません。
ある日少女がひと谷越えた先にある井戸に水を汲みいったときのこと、道端に小さな花を見つけました。
赤茶けた石畳に不釣り合いな深い緑色の葉っぱたちの真ん中からひょろっと伸びた柄の先についた白い花は、優しく微笑んでいるようでした。
石畳から生えている花は、通り過ぎる馬車や歩く人々に踏まれてぺったんこの姿でしたが、それでも次の日には可愛らしい花を広げていました。
「かわいそうに、あなたはこんな苦しい場所でも逃げもせず耐え続けているのね。」
少女は水を汲んだ帰り道、その花に少しだけ水を分けてあげました。心做しか、花も喜んでいるようです。
それから毎日、少女は水を汲んだ帰り道に少しだけ花に水を分けてあげました。
ある年、ウレタは大旱魃に見舞われました。
井戸は干上がり、畑は枯れ果て、人々は飢えていました。
少女はすがる思いで毎日井戸を見に行きますが、一向に水が戻ることはありません。
ある時、少女はあの花のことを思い出しました。
こんな旱魃の中じゃあもう枯れてしまっているかもしれません。
生えていた場所に行ってみると、なんと花はいつもと変わらず緑色の姿を保っていました。それどころか、人々が通らなくなったから踏まれることもなくいっそう元気なようでした。
少女は飢えていました。可愛そうだとは思いながらも、どうしても食べたくなった少女は祈りを捧げたあと、花を引き抜きました。
するとどうでしょう、花の下には不釣り合いなほど太い根っこが繋がっていて、引っ張っても引っ張っても終りが見えません。
途中で切ってみると、根からは滴るように水が溢れてくるではありませんか。
少女は急いで根を咥えると、久方ぶりの水分に感動しました。
喉を潤した少女は村へと戻り、皆に花のことを教えました。
皆で探してみると近くに同じ花がいくつも生えていました。そして掘り起こすと、大きな根っこがたくさん出てきます。
人々はこの根っこの水を摂ることで、旱魃を乗り越えたのです。
いつしかその花は『命の花(パルタエ)』と呼ばれ、生えていた地を聖域として崇めました。
水が戻ったときは命の花を少しづつ育て、その蓄えをもって幾度も旱魃を乗り切りました。
また、その花の姿を見たひとから、どれほど踏まれても耐え忍び人々が困ったときには手を差し伸べるという比喩から、パルタエのような人になる『耐え忍ぶ聖者』ように暮らすことを伝えていきました。
(古ウレタ地域伝承より ロクロス編)
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【解説】
パルタエ(Partahe; 学名: Mendenheria partahee D.Mens)
エキ科メンデンヘリア属の多年生植物。主に古ウレタ地域のうち比較的降雨の見られる地域に多く分布する固有種。
50から100mmの濃緑色の葉を10枚程度つける。この色は葉緑体を多く含むとともに強い直射日光から守るためのクチクラが発達していることによる。葉一枚ごとの光合成効率が高く、少量であることは葉を広げすぎることによるエネルギーの消費を抑えることや捕食者の目につきにくくするためと考えられている。
ロゼット型の生育型であり、踏みつけなどの外圧に強い形態を持つ。花茎は1株に対して1本伸長し、長いものでは数ヶ月保持していることがある。これは踏まれることで踏んだ生物に花粉を付着させ伝播させるためであると考えられている。
根茎が著しく発達していることが特徴であり、浅根でありながら直径数十ミリにもなる多数の軸と張り巡らせるように多量の根毛が生える。これにより、効率的に雨水を吸収することが可能であり、また根茎に水分を貯留することで長い乾季に耐えることができるものと考えられている。
多年草の中ではかなりの長寿であり、100年以上生育するものもある。根茎は容易に再生し、デンプンを多量に含有することから根を一部採取し食事に用いるという持続的な農法が注目されている。
(了)
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