悪戯心

壱原 一

 

大学の友人数名と肝試しに行きました。


地元の一部に密かに知れた新しい怪奇スポットで、山中にベージュのテントが放置されています。


なんでも持ち主はセミプロの登山写真家で、その山でとても不可解なものを撮ってしまった。


下山後に配偶者や子供や親兄弟に至るまで滅多にないような不幸が続き、気持ちが追い詰められて、撮ってしまったものの所為と思い込み、返却しようと山へ戻って、テントを残して失踪した。


テントの中には件の写真が散らばっていて、見ると心身を失調し、その後の生活に著しい支障を来すと、そういう話の場所でした。


友人の内の1人に、遠戚が代々拝み屋で自分も少し霊感があると吹かすオカルトかぶれの奴がいて、そいつは地元の奴じゃないから、話を知りませんでした。


キャンプをしようと連れ出して、呑気にはしゃぐ様を楽しみ、日暮れ時にあれは何だろうと誘って、誰か居ますかと窺う態でライトで照らして見せました。


実際、写真は不気味でしたよ。


強いフラッシュを炊いた感じに白く跳んだ夜の森を背景に、全身を炎に舐められて赤く燃え盛る裸の人が、両腕を掲げ、大口を開け、藻掻き苦しんで踊り狂っている様子が、定点から時系列に連続して収められている複数枚の写真でした。


一見して怪しく恐ろしげな写真です。


だからそいつが血相を変えて、これは本当に良くないから今すぐ逃げようと言ったのも、霊感云々ではなくて、人として極当たり前の本能的な不安からに違いありませんでした。


ところが自分を除く全員は、確実に不幸に見舞われる忌まわしい物を見た、呪われた、祟られた、目を付けられたと強い自己暗示に陥ってしまったようです。


下山中に動揺ゆえ怪我をしたり交通事故を起こしたり、帰宅後深夜に粘りまくる非常識な訪問販売だか宗教勧誘だかの呼び鈴ドア窓壁連打に遭ったり、天井裏や床下にアライグマなりハクビシンなりが住み着いて走り回ったり異臭がしたり、


認知症の進んだ高齢家族が趣味の書道用具の墨汁を入れたらしい真っ黒いお風呂に浸かっている間に寝入って沈んでしまったり、写真の衝撃に引きずられて燃える人に迫られたり燃える人になっていたりする夢を見たり幻覚したり、


そうした諸々に疲れ気味でぼんやりしつつカップラーメンを食べようと沸かしていたお湯をうっかり被ってしまったり。


それら全てが写真を見た所為だと真剣に騒ぎ立てて、果ては自称霊感持ちの友人の遠戚の拝み屋を頼る事態になりました。


そいつ1人なら兎も角、他の奴らも本気でしたから、なんとも閉口しきりでしたね。


百歩譲って現場や写真が本当にそういう意味で危なければ、そいつの霊感で予め察知できた筈でしょ。


そうじゃなくても、そもそも写真家が山で失踪したって話が事実なら、テントや写真は探し出されて引き上げられているのが自然です。


証拠に、あの後いきましたけど、びびって撤去したみたいで、全然見付からなくて大変だったんです。


つまり怪奇スポットその物が酔狂な誰かの手の込んだ悪ふざけで、出鱈目で、追い掛けて来たとか入られたとか取り憑かれたとか操られたとか、青息吐息でびびり散らかして手を取り合って震えるなんて、全部無意味で、滑稽で、正直、笑うしかなかったです。


当日そいつの家へ集まって、遠戚の拝み屋を迎えました。その辺に居そうな中年でしたよ。人が良さそうで、枯れた感じの。


第一印象は悪くありませんでしたが、あの人すぐしかめ面になって、慌ただしく祈祷の準備をしながら説教を垂れたんです。


これに懲りて今後は遊び半分に山を荒したり死者を蔑ろにしたりしてはいけないとか、そういうことを、さもこちらのお為ごかして、自分が説教する立場に居るみたいに。


ちらっとこちらを見られた感じもして。


なに勘違いしてんだろうって。


頼んでんのは祈祷ですけどって。


居もしないものを大袈裟に追い払う振りだけしてとっととお帰りくださいってね。


それで、祭壇の前に全員すわらされて、終わるまで何があってもドアを開けないよう指示されて祈祷が始まった後にですね。


一番後ろで見渡していた、真面目腐って縮こまり頭を下げている友人達や、背中に汗して声を張っているあの人の姿があまりにも面白すぎて、いやこれ終わってから実は途中で外でてましたって自分が戻ってきたら皆どんな顔するんだろうって、静かに立って出たんです。


ほんの悪戯心です。


ドアをかちゃって開けた時、蝋燭や人の熱気の所為で、ふわぁーって風が流れ込んできました。


あの人が振り向いた時のスピードと形相と来たら、もうそれ人間じゃないでしょってくらい本当に凄かったです。


理性の欠片もない感じでこちらへ跳び掛かってきたので、ああこれ感情的になっちゃってるなと思ってドアを出て一旦しめました。


怒りの対象をドアで視界から遮断して、興奮をリセットして、冷静になってもらおうって咄嗟に判断したんです。


まさか室内で皆がパニックになって、あんな酷い事になるなんて、思い込みって、盲信って、心底こわいなと思いました。


お話し出来るのは以上ですけど、こんな感じで大丈夫ですか。


そうですか。良かった。それじゃ、ええと…あ、すみません、名刺。ありがとうございます。


アカウントのは筆名なんですね。なるほど。こちらがご本名…


あ。


はは、この苗字。偶然だな。


いま言った友人の1人が、同じ苗字で。ちょっと珍しい…


どうしました?怖い顔して。


ちょっと。なんですか。


待って。


止めてください!



終.

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悪戯心 壱原 一 @Hajime1HARA

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