第1話 出会いと静寂のグランピング

週末の午後、二人は車を走らせ、森の奥にひっそりと佇むグランピング施設へと向かっていた。都会の雑踏を離れ、木々の間を抜けていく道は、彼らの心を徐々に解きほぐしていくようだった。到着した施設は、自然に溶け込むようなデザイン。広々としたテント、木の香りが漂うデッキ、遠くに見える山々の稜線。すべてが日常から切り離され、彼らはまるで異世界に来たかのような感覚に包まれた。


「ここ、すごいね……。」

彼女が静かに呟いた。彼は頷くだけで、自然の静けさに言葉を失っていた。テントに足を踏み入れると、そこには贅沢なベッドと手触りの良いソファが配置され、外の世界を一切忘れさせるような空間が広がっていた。


「今日の予定、どうする?」

彼女がテントの中で彼に尋ねるが、彼は肩をすくめ、微笑んだ。「特に決めてないけど、まずは少し休もうか。」彼女もそれに同意し、二人はソファに腰掛けた。外の静けさが、二人の間に自然と漂い、言葉は必要なかった。しばらくして、彼はふと思い出したかのように言った。


「せっかくだから、ロウリュウを試してみない?」

ロウリュウ。それはサウナで体験できる特別な蒸気浴のことで、熱した石に水をかけて蒸気を発生させ、体を芯から温める。彼女もその言葉に興味を示し、二人は施設内のサウナへと向かった。


サウナに入ると、熱気が二人を包み込んだ。彼は一気に熱された石に水をかけ、蒸気が立ち上がる。彼女は少し驚いたように目を瞑り、体全体に広がる熱を感じ取っていた。静かな空間の中で、二人の間にはまた言葉がない。それは、熱と蒸気が全てを飲み込み、ただ感覚だけが存在する瞬間だった。


「どう? 気持ちいい?」

彼が軽く声をかけると、彼女は小さく頷いた。「すごく……温まる。」蒸気が顔や体にまとわりつき、彼女の肌は光を受けて艶めいていた。彼はその様子を静かに見守りながら、自身も同じ熱を感じ取っていた。


やがてサウナを出て、二人は冷たい風に身を晒した。熱った体を冷ます風の感触が、まるで全身をリセットするかのようだった。二人は無言のまま、自然の中でその冷たさを共有し、言葉の代わりに感覚が交わる時間を楽しんだ。


テントに戻った二人は、お茶を淹れて飲むことにした。湯気が立ち上る茶碗を手にし、彼女はふと茶柱が立っているのを見逃したまま、お茶を静かに啜る。茶の温かさが体に広がり、二人の間に再び静けさが訪れた。


「ねぇ、何か感じない?」

彼女がふと問いかける。彼は首を傾げながらも、彼女が何を言おうとしているのかすぐに理解した。彼らは言葉ではなく、この空間と感覚で繋がっていることを感じていた。お互いを見つめながら、彼らはゆっくりと、自然の中に溶け込むように、心も体も解けていくのを感じていた。


外の世界は、もう遠くの彼方だった。

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