54 戦士の休息と爆弾処理
話は前日の20日に戻る。
ナイグンの拠点は、平和であった。
グレイ曹長は兵たちが食いきれずに残した肉に甲斐甲斐しくコショウと塩と、民家の台所にあったニンニクとタマネギを失敬し、細かく刻んだものを詰め、拠点となった民家の納戸から失敬してきた瓶に移していた。こうしておけばせっかくの肉を腐らせずに済む。
それを見ていた看護兵のクリスティーナは感嘆の声を上げた。
「わーっ、すごーい!・・・。あたし、曹長みたいなお嫁さんが欲しいです!」
「・・・」
曹長の無口は相変わらずだった。だが内心では、そっちかよ! と思っていることは言うまでもなかった。
兵たちの多くは隣の居間でそれぞれに暇を持て余していた。
「あ~あ、ヒマだな・・・」
フリッツは横でカードに興じる兵たちを尻目に壁に凭れ、ため息をついた。
「ヒマだから、いっちょ偵察にでも行きませんか、ルービンシュタイン予備役上等兵殿!」
銃の手入れをしていたリーズルは舌打ちをして銃口をフリッツに向けた。
「バカね! 偵察行為は立派に軍事行動でしょうが。停戦条項に違反する行為なのよ!
だいたいあんた、野戦部隊で何を教えられてきたの? 兵隊はね、こういう時は銃の手入れやブーツの磨き、被服の洗濯や繕いをするの。あんたの銃持ってきな。見てやるから。他のみんなも、持ってきな。イザという時に弾出なくて死ぬのはバカ通り越して間抜けよ。・・・ったく近頃の新兵はホントになってないったら・・・」
「ねえ、ヴォルフガングはどこ行ったの? さっきから姿が見えないけど」
通信兵のグレタが訊いた。
「ああ、あいつ風呂入りたいって、さっき井戸にバケツ持っていったぞ」
兵の誰かが言った。
「うっそー! あたしも入りたい。だってもう6日もオフロ入ってないんだもん!」
ビアンカが素っ頓狂な声を上げた。
「だったら、水汲みでも手伝ったら? 働かざる者食うべからず。水汲まざる者風呂に入るべからず、ってな」
ビアンカもまたバケツを探すべく脱兎のように居間を出ていった。
兵たちがそれぞれに休息しているころ、ヤヨイとカーツ大尉は二階で通信機に噛り付いていた。
「では陽が落ちたら軍曹を向かわせてくれ。こちらも向かう。アウト」
通信を切った二人は顔を見合わせた。
「以前ミカサの件でチナの爆弾の威力は体験しています。5000トンの大艦の推進器を完全に破壊できるものです。それと同じ威力を持つとすれば、頑丈な石の橋でも十分に壊せるでしょう」
「起爆はどうするのだろう」
「見てみなければわかりませんが、恐らくはケーブルがどこかに繋がっていて遠隔で起爆できるのかもしれません」
「厄介だな」
そして、日が暮れた。
ヴォルフガングが沸かしたチナ風の風呂に入って鼻歌を歌い始めたころ。
ヤヨイはカーツと共に密かに夜陰に紛れて橋の中ほどまでやってきた。
当然だが、カーツの同行をヤヨイは諫めた。
「大隊長自らが危険に身を晒すのはよくありません」
「だが、橋の守備が我々の本務だ。目的達成の障害になるものはたとえどんなものであれ是非ともこの目で見届けたいのだ! 」
学究肌と言うのか、カーツは言いだしたら聞かないところがあった。
西の方からやって来る人影を見つけた。ヤヨイは、
ぴゅーいー・・・。
小さく呼び子を吹いた。
すると、向こうも、
ピヨピヨ・・・。
と、応じてきた。
「ヘルマン軍曹だな」
西からやってきた人影は爆弾の検分という緊迫した状況に似合わない悠長な声を上げた。
「やあ、遅れてすみません! 」
「しっ! では行くか」
西と東からやってきた帝国陸軍の空挺部隊員は橋の中ほどで落ち合い、三人とも持って来たロープを橋の鉄の欄干に結び、降下用の腰のベルトにカラビナで繋いだ。先に軍曹が降り、続いてカーツが、最後にヤヨイが橋の下に降りた。
150メートルほどの川幅にかかる橋の橋桁は6つあった。その丁度中央、橋桁の間の橋の下にそれは取り付けてあった。
「ああ、あれですね」
川の土手の上に浮かび上がった街の南側の灯りでそれは黒いシルエットになっていた。
「大きなものだな」
横1メートル、厚さは5、60センチはあるだろうか。
石橋は橋桁間を繋ぐアーチ状に組まれた石で重量を支えていた。その中は言わば袋になっており、眼下の川の流れの音が中で反響していた。川面まで6メートルほどはあろうか。
手前のアーチと向こう側のアーチとは何本かの鉄骨で結ばれていた。爆弾と思われるモノはその鉄骨に吊り下げるようにして設置されていた。
軍曹は振り子のように身体を揺らしてその袋の中に入ったタイミングで鉄骨にロープをかけ、身体を引き寄せるとそのロープにもカラビナをかけた。欄干のロープを緩めると、軍曹の身体はスーッと橋の下に入った。
ヘルマン軍曹は中でフラッシュライトを点けた。灯りは赤いフィルターをかけて最小限にしてある。遠目からは見えにくい。
「少尉、ロープを投げます」
彼の投げたロープをヤヨイは掴んだ。それを手繰ってヤヨイもまた、中に入って鉄骨にぶら下がった。腰のベルトにカラビナでひっかければ、両手がフリーになる。ロープからロープへ。ぶら下がったまま移動する。
最後に入って来た大尉は言った。
「なるほど。これでは橋の側面からは見えないわけだ。情報員が知らせてくれなければ気が付かなかっただろうなあ・・・」
三人はもう一度同じようにして鉄骨を伝い、その黒い物体の傍まで来た。
「恐らくは川の中に足場を組んで設置したものでしょう。大きさも取り付け方も大掛かりですね。しかも、昨日今日据えられたものじゃありませんね。かなり経っています」
「すると、少なくとも我が帝国の宣戦布告前だな」
「そんなもんじゃないです。恐らく半年以前でしょうね。ほら、砂埃が積もってます。それに鳥の糞も。一年は経っているんじゃないですかね」
彼はフラッシュライトを肩のバンドに固定し、フリーになった手の指に付いた埃を見せた。
「いったい何のために仕掛けたんでしょう」
「さあな」
軍曹はさらに隣の鉄骨へとロープを掛け、その物体の周りを鮮やかに巡って行った。
「どうかね。やはり爆発物か?」
カーツもまた赤いフラッシュライトを点け物体の表面に触れた。それは黒く塗られた鉄板に覆われていた。
「この覆いの中がわかればいいんですが。どこかに起爆ユニットかケーブルの出ている口があれば・・・」
ヤヨイにもそれはわからない。
「あ! ありましたよ、大尉!」
軍曹が「箱」の向こう側、つまり南側から叫んだ。川の水音で声は外には漏れないだろう。
「今行く」
カーツとヤヨイは軍曹の残したロープを伝って向こう側に回った。
ヘルマン軍曹は物体の側面に取り付けられた30センチ四方のカバーを見つけた。四隅をボルトで留められたカバーからは被覆していない銅線が二本出ていて、天井、つまり橋の下を支える石伝いに西へ向かっていた。
「驚いたな! 裸線です。ゴムや樹脂が不足しているんでしょうかね。それとも被覆する技術がないのかな・・・。念のため、シールします」
軍曹は二本の銅線の間を広げると腰の道具袋から布切れを取り出し、歯で切り裂いて裸線に巻き付け、被覆した。裸の線同士が触れ合うと回路が完成し、通電する。もしこれが爆弾だった場合、橋は破壊されそこでこの作戦の目的が失われ、この場の三人も全員爆死するだろう。さすがのヤヨイもおもわず生唾を呑み込んだ。ミカサのスクリューがやられた時とは緊迫度が段違いだった。
そして軍曹はカバーの取り外しにかかった。四隅のボルトを慎重にレンチで緩めつつ、時折カバーの表面に耳を当てた。
「こういうのはトラップの可能性もあると学びました。開けたとたんに、ドカン! というやつです。でもこれはそれほどひねくれたものじゃないらしいですね」
「軍曹、きみはこうした技術をどこで学んだのだ?」
「工業技術院で。主に昔の、旧文明の爆発物の技術を再現する研究をしてました。で、空挺部隊に行けと」
「ああ。じゃあ君は命令組だな」
「はは。そのようです、大尉」
自分と同じだ、とヤヨイは思った。
「・・・あきましたよ」
と軍曹は言った。
彼はそーっとカバーを外した。フラッシュライトを当てて中を覗き込み、
「やはりです。コイツは、爆弾でした」
軍曹のぶら下がっている辺りに身を移し、ヤヨイも中を見た。
ボックスの中にはいくつかの鉄製容器があり、分配器と思われる小箱からそれぞれにクロムメッキした細線が配線されている。線の先にはヤヨイも見知っている信管が繋がれ、各容器に差し込まれていた。こんなものすら既に盗まれ、実用化されていたのに驚く。
「念のため、分電盤の元をカットしておきましょう」
そう言って軍曹は二本の線のうちの一本をカットし、丸めて被覆した。そして元通りにカバーを被せボルトで留めた。
「さらに念を入れて、外の配線も切って短くしておきましょう。少なくともこれで回路が繋がって起爆したりは絶対にしません」
「だが、砲弾が命中したら誘爆するだろうな」
「それは、するでしょうね」
当然のように、ヘルマン軍曹は言った。
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