49 攻めあぐねる「黒騎士」。重責を担い苦渋する「大鷲」
ずぶ濡れのまま通信兵に駆け寄った彼はヘッドセットに向かって怒鳴った。
「『ハシゴ屋』から『タンス職人』へ。早く出ろ、この、クソッタレが!」
「ハシゴ屋」はシュミットの、「タンス職人」は帝国の工兵部隊架橋製造工場のコードネームだった。
ズズ・・・。
「こちら『タンス職人』・・・」
「この、クソッタレ野郎! 今すぐアイホー用の架橋一式作って持って来い! 3日以内にだ。出来なきゃお前のケツの穴に50ミリ砲を叩きこんでやる!」
FUCKとか、ASS HOLEとか・・・。
およそ聞くに堪えない汚なすぎる方言英語の単語を連発し、シュミットはマイクにがなり立てた。
あげく、決して安価ではないヘッドセットを地面に叩きつけて壊した。せっかく用意した仮設橋をあっけなく粉々に壊されてよほど腹が立っていたのだろう。シュミットもまた、この戦争を彼なりに戦っているのだった。
だが、この機甲部隊の奮闘のおかげで空挺部隊の本隊「渡り鳥」6個小隊は全滅を免れた。
グールドはアルムとナイグンに籠る部下たちに連絡した。
「機甲部隊が到着し、アイホーの我が部隊は解放された。だがまだ機甲部隊は橋を渡れていない。アイホーの街も攻略されていない。戦いはこれからだ。機甲部隊と共に私もナイグンとアルムに行く。それまで、なんとしても持ちこたえるんだ!
がんばれ、みんな! 帝国一のバカの意地を見せろ!」
空挺部隊のボスが孤軍となっている部下たちを激励している横で、機甲師団のボスであるフロックス少将は憤懣やるかたなさを堪えていた。
「スピード。それが何よりも重要だ」
作戦前のブリーフィングで部下たちに厳命したのは彼本人だった。
そのスピードが目の前で失われ、俊足の機甲部隊は腹にガソリンと弾薬を抱えたまま無為に停止していた。
敵は後方に予備部隊を豊富に持っていると思われた。戦車だけの、ただ滅多やたらに撃ちまくって走り去る騎兵的なやり方だけではダメだった。機甲部隊の戦果とは、戦車の後に機械化歩兵を送り込んで陣地を完全に掌握してこそ成立するのだ。
要はやはり、人なのだ。機械ではない。
少将は司令部をゾマには置かず、早くもこのアイホーの手前の簡易陣地まで前進させていた。それほどに、彼は焦っていた。
早くしないと空挺部隊も、帝国の国庫も、持たない。
だが、焦るほどに、現実が彼から遠ざかってしまう。
あの「バンディット」がダメなら、誰にもできない。
こういう時はふて寝するに限る。
自分のテントに引き上げて少し仮眠を取ろうと歩き出した時だった。
「閣下!」
振り向くと、すでに機甲部隊に追いついていた第三軍本隊の歩兵部隊大隊長の少佐が息せき切って走って来た。
「閣下! 緊急のお知らせがあります!」
その歩兵連隊の少佐は、フロックス少将にとって望外の吉報を持ってきた。
話は同日の数時間前に遡る。
第三軍機甲部隊の進撃が遅れている。
帝都の皇宮で行われていた最高戦争指導会議の最初の議題はそれだった。
「だいたい作戦名からして『マーケット・ガーデン』などと・・・。千年前のそれはアメリカ、イギリス、フランスがドイツを滅ぼすために立てた作戦だったのですよ! 我々ドイツ系への当てつけではありませんか?」
作戦部長のシュタイン中将がその赤ら顔をさらに赤く染め、憤りを含んで言った。
「よさんか、作戦部長! 陛下の御前だぞ。陛下のお御心は帝国内の『融和』であらせられる。今はいくさの最中だ。軍の作戦中枢にいる君がそれではイカンじゃないか!」
開戦前には第二軍の「優等生」ハットンと第三軍の「老練な教師」モンゴメライとの間を調整することもできずにオロオロしてばかりだった統合参謀本部長アイゼンラウアー大将だったが、いざいくさが始まるや別人のように開き直り、その度量の大きさを見せ始めた。ヤンはやや、安堵を覚えた。
「見通しはどうなのだね、本部長」
褐色の最高権力者は憂いを含んだ顔に皺を寄せて尋ねた。
「少なくとも現在のところは、ここ10日以内にアルムに到達できる見込みがありません」
アイゼンラウアー大将は正直なところを言った。
「今、破壊されたアイホーの仮設橋を大急ぎで再製作させています。それが到着するまでの間に機甲部隊が再度敵の砲兵陣地を攻撃。今回は機械化歩兵も徒歩で渡河させて敵地の完全制圧にあたらせる計画だと報告を受けました」
「ということは依然10日以内に戦争を終わらせる目途は立たんということだな」
本部長は最高司令官の下問に沈黙を持って答えた。
「では仕方がない。内閣府に戦時国債の発行の起案をさせ、一両日中に元老院の審議を通過させるよう手配しよう。慣例によって最初は貴族のみに募集を行う。ヤン、頼むぞ」
「かしこまりました、陛下」
「そして、前線の人的損耗だが、そちらの見通しは?」
「全戦線の規模に対し、目下人的消耗は最小限レベルであり許容できる範囲にあると報告を受けております。ただ、今後ナイグン、アルムに戦場が移りますと、事態が変化、悪化する可能性も十分に・・・」
「ということは、今の段階で手を打たねば間に合わなくなる恐れもあるということだな。やはり追加の予備役招集は布告すべきだろう。それについては統合参謀本部の起草で元老院に書簡を送る体で為して欲しい」
「御意にございます、陛下」
アイゼンラウアーは首を垂れた。
「最後に戒厳令布告の問題だが、布告の是非について、皆の意見は? ヤン、君はどう思うか」
皇帝に名指しされたヤンは思うところを腹蔵なく述べた。
「今本部長も言及されたように、人的損害は最小限レベルで抑えられています。国内の治安もおおむね平穏を維持しております。現時点で戒厳令を布き帝国の経済活動を抑えつけるのはむしろ不利益をもたらすのではないでしょうか。少なくともここ一週間の第三軍の動向で判断しても遅くはないかと」
「そうか。実は私もそう思っていた。軍としてはどうか」
「本国国内については今のところ小官も・・・」
アイゼンラウアーも『国務長官』の意見に賛同する風を見せた。
「わかった。ではこの件はしばし保留としよう」
と皇帝は言った。
「次に西部戦線全体に関することだが、意見があればこの機会に開陳してくれたまえ。
南の第三軍に対して北の第二軍のありようはいかがか。本部長。現在のまま、第二軍の活動は牽制にとどめ置いてよろしいのか。その莫大な軍費に対し、効果を疑問視する向きもあるようなのだが」
「それについてですが陛下、」
とアイゼンラウアーは威を正して持論を述べた。
「統合参謀本部といたしましては、第二軍にさらに敵中奥深く鋭く錐を捩じ込むよう督戦すべきかと考えます」
「当初の目標のクンカーを超えて、かね」
「左様でございます、陛下。
この度の第三軍のアイホー攻略の苦戦に鑑みても、まだまだ第二軍の牽制が足りないのでは、と。
思いますに、今次の戦争目的はチナをして全滅させるのではなく、あくまでも考えを改めさせ、あわよくば政変を起させるためのものであります。であるなら、何も第三軍にこだわる必要などない。それが可能であるなら、チナ中央を脅かすに第二軍でも十分に可能ではないかと」
「機甲部隊なしにかね? これから冬に向かうのに、第二軍の補給線の問題等の解決はついたのかね?」
皇帝もまた実戦経験を持つ武人だった。通り一遍の薄っぺらな上面だけの説明には絶対に納得しなかった。
「あくまでも年を越さずに短期決戦する前提です」
「どうしてそのような前提が成り立つのかね? 第三軍の機甲部隊の見通しも立たないのに。機甲部隊は1万5千。第二軍は4万を抱える大部隊だ。補給一つにしてもそのスケールが違うのではないかね? 」
「第二軍はガソリンを必要としない分、本土からの補給も少なくて済み・・・」
「機械の口ではない。私は人間の口と弾薬のことを心配しているのだ。
チナの最北端で作戦する部隊に、しかもこの真冬に、野も道も凍り付く厳冬に。まさかの時は現地で略奪でもせよとでもいう気なのかね?
ましてや、当初の作戦計画ではいくさが終われば第二軍は北の野蛮人の蠢動に側背を脅かされぬ位置まで後退させる予定だったではないか。このまま第二軍を深入りさせて、その懸念に対する手当はどうするのかね? 後備の第二十と第二十四の軍団はいくさが終われば元の位置に戻す。代わりにどの軍団を後詰に据えるのかね?
それこそ、作戦目的どころか帝国が全てを失う結果になりかねない。そうは思わんのかね?」
アイゼンラウアーは、黙った。
こういう時の皇帝は梃子でも動かない頑なさを持っていた。
皇帝にとっては、誰もが納得する、筋道が通っていることが何よりも大切なことはこれまでの経験で分かり過ぎるほどにわかっていたのだ。
「この程度の反問に答えられないのならば、最高司令官として貴官の提案に裁可を与えることはできない。まずあくまでも当初の計画に基づき、第三軍の侵攻を促進できるようにするのが作戦主体としての貴官たちの役目ではないのかね?」
「仰せの通りであります、陛下」
「他になければ、会議は以上とする」
他の参加者と同じく、ヤンもまた皇宮を後にして内閣府に戻った。
一瞬は見直しかけた統合参謀本部長だったが、やはり彼には任が重かったのか・・・。
またしても抱える憂鬱を増やしてオフィスに帰ると意外な人物が彼を待っていた。
「おじさん・・・」
その顔に苦渋を浮かべ、ウリル少将はソファーに沈んでいた。
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