43 野蛮人は初めて帝都に入り、ヤヨイは敵情偵察行に出る。

 帝国陸軍第十三軍団第七旅団第三十八連隊副連隊長であるポンテ中佐は、終始穏やかな表情を崩さず、しかも敬意さえ払ってヤーノフに対していた。

「貴民族とわが帝国との間には長年の宿痾しゅくあのような関係があります。

 さりながら、一部族の長である貴殿が丸腰で、しかもたった一人でわが帝国に話をしに来られた。小官はその勇気と強い御意思に高く敬意を表するものです」

 中佐の帝国語のいくつかには北の野蛮人の言葉にない語彙がいくつかあり訳すのに苦労した。だが、対面しているヤーノフにはその真意と誠実が伝わったらしい。彼は胸襟を開き、積極的に自分の情報を披瀝し、国境を越えてきた目的を率直に語った。そして、懸念していることまでも。

「我々は帝国と手を結びたいと思っている。我が部族だけではない。隣のクラスノ族の族長も同じ希望を持っている。我々はもう帝国に歯向かう気はない。帝国と不戦の約定を取り交わすことができれば、帝国が懸念する我々の民族の襲撃を未然に阻止するために協力する用意もある。だが、帝国がそれに魅力を感じるのかどうか。それが気にかかっている」

 ヤーノフのあまりな率直さに、ポンテは心を揺さぶられた。そして、言った。

「先ほど貴殿は小官を『族長』と言われたが、小官は帝国の一軍人に過ぎない。貴殿の懸念に対して回答できる権限は小官にはない。

 いかがであろうか。

 先刻まで同席していた係官の話では貴殿に帝国内の自由な訪問と見学を許可される可能性があるとのことだった。約定を取り交わすにしろ、よりお互いの理解を深めてからでも遅くはなかろうと考える。貴殿が希望するなら、一度わが帝都を訪問されるがよかろうと存ずるが。その間に、貴殿の提案と懸念に対する回答が帝国の責任者に検討されるものと思われる」

 確かにその通りだと思った。こちらが突然一方的にやってきて決められる筋でもないだろう。それに、ヤーノフはこのポンテという男の提案に飛びつきたかった。

 帝国の全てを、この目で見たい! 

 見せてくれるというなら、その提案に乗らない法はなかった。



 


 十一月十七日、0130。

「覗き魔」のウェーゲナー中尉からの一報で「東」中隊の各小隊の隊長たち5名が大隊本部に集められた。

「まだ敵は集結を終えていない。これから偵察に出て敵の動向を調べる。それまではとりあえず警戒態勢を維持してくれ。ゲリラが本体と呼応して活動を始める懸念もある」

「『優等生』から『学者』、了解しました。警戒態勢を厳にします」

「では以上だ。アウト」

 通信機を切ったカーツ大尉は「『学者』大隊本部」となった橋のたもとの大きな民家の居間で地図の載ったテーブルを囲む小隊長たちを見回して言った。

「状況は今話した通りだ。

 我々がここナイグンだけでなくアイホーやアルムにまで降下し橋を確保した事と、機甲部隊の進軍が始まったことで敵は我々の意図を知ったことだろう。

 これから敵情をより詳細に把握するため偵察行動を行う。すでにアイエンが陥ち、機甲部隊は今ゾマに迫っている。新たに出現した敵は中央からの援軍と思われる。その目的が機甲部隊進撃の阻止にあるのか、それとも、この橋を守る我らの排除にあるのか、もしくはその両方か。その辺りの見極めをつけたいのだ。ヴァインライヒ少尉、」

「はい!」

「すまんが数名を選抜して偵察隊を組織してくれ」

「わかりました」

「もちろん、オレも行く」

「え? 大隊長自ら、ですか?」

「無論だ」

 とカーツ大尉は言った。

「指揮官は自ら敵情をつぶさに知らねばならない」

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