第五章 マーケット・ガーデン作戦

41 猟犬たちの最初の壁と最初の花



 11月16日早朝。

 昨夜から、「黒騎士(Black Knight)」戦車大隊の先頭は第一目標のゾマまであと10キロというところまできて立ち往生を余儀なくされていた。

 最先頭は第一中隊の第一小隊マークⅠ型であることは変わりなかったが、その数が一両足りなかった。

 戦列から脱落した一両は戦車最大の弱点であるクローラ、無限軌道のキャタピラーを破壊され、立ち往生したところを仲間の戦車に牽引されて敵の野砲の弾着距離外まで連れて来られ、補修部隊の修理を受けていた。

 いかに装甲が厚くても、戦車は脚を狙われると動けない砲台になってしまう。しかも戦車は重い。

 機甲部隊から機動性が失われると、馬が曳く砲兵隊よりも始末が悪かった。

 他の戦車も再び出撃するべく、この機会に後方から来た補給部隊からたらふくガソリンを呑み込んで待ちに入っていた。

 補給部隊の長い列の間を縫うようにやって来た赤い地に星二つを付けたフロックス少将の四輪駆動車が、最先頭のあたりまで来て止まった。

「ハインツ! ご苦労! ジャックを知らんかね?」

 少将は一下級士官にも一兵卒にも親しく声をかける人だった。

 名を呼ばれた第一中隊長、ハインツ・グデーリアン中尉は、マークⅡ型のハッチから敬礼して答えた。

「お早うございます、閣下! 大隊長殿はただいま敵情視察中であります!」

 フロックス少将は運転席を降りてつかつかマークⅡ型に歩み寄るとハッチのグデーリアン中尉を見上げた。

「おおまかには無線で聞いたが、いったい何があったのだね、ハインツ」

「それですがね、閣下・・・」

 グデーリアン中尉はこの休息を戦車兵らと共に整備に充てていたらしく、オイル塗れの手をボロ布で拭きながらその黒い指で西に立ちはだかる低い山を指し昨日の午後の一件を語り始めた。



 最初の前哨陣地を抜いたように、それから何カ所かの陣地をやり過ごし、その度に残敵処理をラグビーのパスよろしく順送りにしてまた再びグデーリアン中尉の中隊が最先頭を務めていた。

 低い丘陵の連なりの間を抜ければゾマまであと10キロという地点。ここまでノンストップで駆け抜けてきた「黒騎士」たちに停まる理由はなかった。

 ただ、工夫はした。

「Go a head! Let’s get a boys! (行け! 皆殺しにしろ!)」

 バンドルー中佐の指示で最先頭のマークⅠ型5両が真っすぐ突っ込んだ。続く第二第三小隊のマークⅡ型が街道の左右に展開し砲列を敷いて最先頭の第一小隊を援護した。そしてありったけの50ミリ砲を叩きこんで牽制した、はずだった。

 ところが・・・。

「この先の坂を登るとわかります。縦深陣地になっているんです。奥行きが一キロぐらいあって、その間に20近い50ミリ砲のトーチカが並んでるんです。道が狭くて縦列でしか行けないんですが、坂のせいで手前からの援護が出来ません。入ると袋叩きに遭う寸法なんです、閣下」

「なるほど。敵も考えたもんだな。この陣地を設計した奴を私のブレーンに迎えたいもんだ」

「元帝国の人らしいですよ、その人」

 フロックスは言葉を失った。

 例の流出した裏切り者の一人なのだろう。

 と、戦闘指揮車が一両、がたがた、ごとごと、と南から帰って来た。

「閣下じゃありませんか!」

 バンドルーは疲れた顔を綻ばせて戦闘指揮車から飛び降り、一応上司を迎える敬礼をした。

「今ハインツから聞いた。貴官でも苦労することがあるんだな」

「・・・」

 それでなくてもこの上司には騎兵部隊以来苦労のさせられ通しだったのである。

 夜通し走り回って、この陣地の死角がないか、抜け道はないかと探し回っていたのだ。バンドルーには結構キツいジョークだった。

「そりゃ、自分も人の子ですしね」

 部下は穏やかに上司に反駁した。

「で、ここを抜く手立てはついたか?」

 この人は、まったくもって、鬼だ! 人の顔を見ると無理難題を押し付けて来る。

「猟犬」は「庭師」を街道脇のテントの中に誘った。

 テーブルの上に今見分してきた事項を書きこんだ地図を広げた。

「これが目の前のいまいましい丘陵地帯です。今ぐるっと回って来ましたが、周りは全て田んぼです。戦車はいいがトラックが通れるような抜け道はありません。ですから、この丘陵地帯全体を無効化するしかありません」

「空爆か?」

 空挺部隊を送り届けた飛行船団は昨日のうちに帝国に帰っていた。

 兵員の座席を取り払い、代わりに爆弾倉に改造して空爆に使う案はすでに出ていた。だがそれにはまだ時間がかかる。換装が終わるころには、降下した空挺部隊は敵地で干物になってしまうだろう。

「いいえ、閣下。ここです」

 バンドルーは地図の一点、尾根と尾根の間の谷でトーチカを作るには尾根が小さすぎる箇所を指した。

「ここだけが、この『丘陵要塞』の弱点なのです。隣のトーチカの死角になっています。

 しかもです!」

 と、バンドルーは疲れた目を剥いて上司に訴えた。

「敵はパクリ上手かもしれませんが、その技術を産み出した思想を無視しています!」

「貴官にしては回りくどい。結論を先に言いたまえ!」

 部下は上司の焦りを揶揄う権利ぐらいはあるはずだと思った。が、もちろん口には出さなかった。

「敵の50ミリ砲は薬莢やっきょうを使わないのです」

「は? だからどうした」

「わかりませんか?」

 イタズラっ子のような笑みを浮かべ、バンドルー中佐は目尻を落とした。

「一発撃つと、次弾装填まで時間がかかるのです。なにしろ、弾体と発射装薬が海軍の砲みたいに別になってますから」

「・・・砲の数が少なければ、ほぼ無抵抗で肉薄できるということか」

「無抵抗ではありませんが、実質そういうことなのです、閣下」

 と、バンドルーは言った。

「この地点さえ無力化できれば、ここに何両かのマークⅡ型を回してこのトーチカを無力化します。このトーチカが無力化できればここが。こんな具合に三段階ほどステップを踏めば、真正面の坂を登り切った北側のトーチカが全て無力化でき、そこに十門ほどの砲を回して反対側を牽制、沈黙させれば、街道を進撃できます!」

 バンドルーは自信満々に胸を張った。

 閣下はすかさず言った。

「で、それにどれほどの時間がかかるのだ」

 やっぱり・・・。

 この人は、鬼だとバンドルーは思った。



 結局、それしか手立てがないということでバンドルーの立案した「ゾマ丘陵陣地無力化作戦」が実施された。

 第一機甲師団の機械化歩兵のうち一千名が野戦歩兵として敵のトーチカ死角個所に配置に着き、20両のマークⅡ型と10門の野戦砲がその後方に据えられ、攻撃命令を待った。

「ファイエル!」

 30門の50ミリ砲の連続射撃の威力は凄まじかった。1門につき1分間に7発。その30倍。

 たった1分間に200発以上の野砲弾を叩きこまれた敵は為すすべがなかった。その破壊力はたちまちにトーチカの泥レンガを粉砕し、その爆圧は付近にいた敵兵に肺を圧迫されるほどの脅威を感じさせ早々に撤退に追い込んでいった。

「よし、一個片付いた。次っ!」

 陣頭指揮に当たっていたフロックス少将はキビキビと命令を下した。

 兵たちは陣地転換に素直に従い、次の攻撃目標に移動した。

 そのようなことを繰り返し、やっと街道が通行可能になった。

 機甲部隊が停止を余儀なくされてから40時間が経過していた。本来の予定よりすでに2日、遅れていた。

「『黒騎士(Black Knight)』戦車大隊、出発!」

 バンドルーは不眠不休で「無力化」に当たった疲れ切った機械化歩兵を乗せて進撃を再開した。

 進撃する者、それを見送る者。

 戦車が力強いエンジン音を響かせて街道を西に向かうのを見ても、その場にいた誰もの胸に前途の暗雲が渦巻いた。


 戦いの初っ端から、これかよ、と。


 だが、予定より2日遅れながら、ようやくゾマの町は帝国の支配下に入り、機甲部隊は空挺部隊が抑えていた橋を渡ってさらに西を目指した。

「マーケット・ガーデン」の最初の果実である花が、ようやく花開いたのだった。

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