第5話 懐妊祝い

「殿、最上の氏家守棟殿が見えてございます」


「何、守棟が。何用だ」


「布姫様のご懐妊のお祝いとのこと」


「もう伝わったのか」

「お祝い事ですから城内でも特に秘匿しておりません」

「それにしても早い。わかった。布と一緒に会おう」


 守棟が深々と頭を下げた。


「この度は誠におめでとうございます。朗報に接して義光様も大層なお喜びで、早速拙者にお祝いを述べに行くよう命じた次第」


「それはかたじけない。本来ならばこちらからご報告に伺うべきところ、御義父上にはよろしくお伝えくだされ」


「義光様にとっては御孫様。あまりの喜びように祝杯をあげ過ぎてお体に障るのではと我らが心配するほど」


「確かに気持ちは分かるが、体に障るほどとは」

「白鳥殿のご尽力により天童と和睦して気を楽にされたのか、先日より風邪を召されて体調が今ひとつでして。熱はさほどでもありませんが咳き込むことが多く」


「それは心配だな」

「この寒さです。体にこたえるようです」

「そうか。大事にされるようお伝えくだされ」

「はは、かたじけのうございます」


 守棟が頭を下げた。


「これも是非伝えるように言われたのですが、無事御子がお誕生あそばされた折には、お顔をみたい故に布姫様とご一緒に御里帰りを御望みでございます」


 布姫が口を開いた。

「私は帰るつもりなどありません」


「おや、そうでございますか。これは義光様が悲しまれるでしょう。孫の顔は誰でも見たいものです。誠に残念です」


 長久が頷いた。

「まだ先の話、またその折に相談いたそう」


 守棟が表情を崩して長久の顔をまじまじと見た。

「はい。是非にご再考願います。義光様としては、御孫様が名馬の白雲雀に跨って颯爽と会いに来てくれる事を願っております。凛々しいお姿が目に浮かぶようだと」


「生まれてくる子が男子であるか如何かは判らぬぞ」

「なるほど、左様でございます。いや、これは失礼。しかし、例え姫君でも布姫様のように御転婆であれば白雲雀でも乗りこなせるのではないのでしょうか、ははは」


「私が女らしく無いと言うか」

「いえいえ、御幼少の頃の話でございます。いずれにしろ御子は元気なほうがよろしいでしょう。馬にも乗れるくらいに」


 守棟が帰った。


「あの守棟は父以上に曲者です」


「六郎左衛門からも聞いている。確かに顔は穏やかだが目付きが異様に鋭い。心に抱いている事柄が目に表れているのか」

「このご時世、白鳥と最上の関係からして私が里帰りなど出来るものですか。何を戯けた事を抜け抜けと」


「あれは白雲雀の事を持ち出すための方便だろう」

「それは、つまり・・」


「最上がまだ何も気付いていないとは考えられない。白鳥の動きは常に探っているはず。白雲雀が最近見えない事を知り探り入れる為に懐妊祝いと称して来たに違いない。そして何か馬と結びつける話題として里帰りの話をしたのだろう。最上に隠れて謀などするなという警告も含まれているかも知れない」


「どの程度知っているのでしょうか」

「判らぬが、流石に信長に使者を送ったとは気付いていないだろう。だが、鷹のことでゴタゴタが続けばいずれは知られる」


「父が風邪で体調がすぐれないとは信じられません。殿もお信じあそばされるな」

「うむ。病を装うことは敵を欺く常套手段だからな」


 六郎左衛門が入って来た。


「いかがでございましたか」

「うむ。表向きは懐妊祝いであるが、最上も我らの動きに気付いて探りを入れに来たようだ。わざわざ白雲雀の名を出して何か知っているぞと言わんばかりの態度」


「なるほど。遅かれ早かれ知られることは覚悟のうえ。最上が本格的に動き出すまでに方をつけるか否かが勝負です。こちらの探りでは今のところ最上に上方に使者を向けるなどの動きはありません」


「警戒は怠るな。守棟が戻って最上が一気に動き出すかも知れない」

「は、心して」


 長久が頷いた。


「それで、鷹の件は何かあったか」

「そのご報告に参りました。同じ中条の家臣で禅譲反対派の仲間でしたが今では国口と対立している者がおります。領地争いです。白鷹山付近の土地をお互いに自分のものと主張して折り合いがつきません。かれこれ五年ほど小競り合いが続いています」


「使えそうだな」

「はい。清光が相手の中里俊央に会いに行っています。中条への思い入れもさほどではなく金で動く男のようで、話がまとまればその足で再度国口に会いに行きます」


 清光が中里との話を終えて国口の屋敷に居る。


「其方が中条氏の家臣であったことを知らずに配慮を欠いた申し出をしてすまなかった。しかしながら、白鳥として鷹が必要な事情は変わらない。再考をお願いしたく参った」


「怨みを晴らさせてくれるのか」

「気持ちはわかるが中々そうはいかない。それは其方も承知しているはず」

「では断る」


「怨みを晴らすのではなく他の方策で其方の気持ちを収めることならどうだ」

「他の方策だと」


「其方は中里と土地の領有を争っているとのこと。谷地を禅譲された経緯もあり、中条氏の元家臣の揉め事は我ら白鳥としても放って置けない。先ほど中里に会って話をしてきた。ことと次第によってはその土地を譲っても良いと言っている」


 国口が前のめりになった。


「向こうの条件は何だ」


「其方の領地とはするが水源は自由に使える事。今後は一切嫌がらせをしない事。それらを証文で確約する事」


 国口が体を起こしながら目を見開いて清光を見た。ゆっくりと口元が緩んだ。

「悪くない申し出だ」


「其方にとってこれ以上の良い話はないと思う」

「どうせ中里に金を払ったのだろう」

「想像に任せる」


 清光と国口がお互いにニヤリとした。


「鷹を譲ってもらえるのならこれで話をつける。如何か」


 国口の表情が硬くなった。その様子を伺いながら清光がゆっくりと口を開いた。


「長久公は、もし、其方も中里もその気があるのなら、白鳥が召し抱えても良いと仰せだ」


 国口が驚きを隠さない表情で大きく頷いた。

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