第4話 国口の鷹
「山辺(やまのべ)に在す国衆の国口孝充(くにぐちたかみつ)が持つ鷹が出羽一の逸物であるというのが多くの鷹匠の衆目の一致するところ」
「山辺か。白鷹山が近いのう」
「はい。白鷹山は昔から多くの優れた鷹を輩出しています。その鷹も近年稀に見る一羽で色は正に白」
「おう、是が非でも手に入れよ」
「必ずや」
「国口とはどの様な男だ」
「細部は分かりません。鷹狩りにかけては誰にも負けないと自負していることは聞こえております。いずれにしろ早速使いを出しましょう」
「うむ、素直に譲ってくれるとは思えないな。金で方が付けば良いが」
「使いは清光でよろしいですか」
長久がしばらく考えていた。
「そうだな、念のためだ。其方も行ってくれ六郎左衛門」
「承知いたしました」
六郎左衛門と清光が谷地から山辺に向かった。
丸太を無造作に使って作られた門には二人の使用人のような男たちが居た。用件を言うと、しばらくして熊の毛皮を羽織った髭面の男が出てきたて真っ黒な顔で二人を睨みつけた。
「見ない顔だな。俺に何の用だ」
「谷地白鳥十郎長久の家臣和田六郎左衛門でござる」
「同じく槇清光」
「突然予告なく訪問して恐縮だが、主君よりの頼み事があって参った」
国口があごで屋敷の方を指して入るよう促した。
「主君よりの書状である」
六郎左衛門が国口に書状を差し出した。国口はそれを受け取って無造作に目を通した。
「俺の鷹が欲しいだと」
国口が顔を上げた。
「断る」
「相応の謝礼はする。鷹の価値に見合った額は用意致す」
「いくら金を積まれても譲るつもりはない」
六郎左衛門がまあ聞けと右手を上げた。
「確かに優れた鷹であることは皆が認めておる。手塩に掛けて育てたであらうことも想像に難くない。しかし、今白鳥にとっては必要な鷹なのだ。実は、この出羽において名実ともに守護職となるために織田信長公の要望に応えて献上を考えている」
清光が続けた。
「天下の情勢は大きく変わろうとしている。この出羽にはまだ知るものは少ないが、信長公は幕府再興を目指して将軍足利義昭公を擁し上洛後、今川や武田をも打ち破りその勢いは増すばかり。信長公が天下を治める日もそう遠く無い」
「なるほど、白鳥は俺の鷹を使ってその信長に取り入ろうとしている訳か」
「強い者の元で皆がまとまれば乱世が治る。出羽もいつかは纏まる。その先頭に今白鳥がなろうとしているのだ。其方にとってもここで恩を売れば必ずや役に立つ」
国口がフンと鼻で笑った。
「俺が白鳥に恩を売るだと。この俺が」
清光が頷いた。
「白鳥長久公は情に熱く義理堅い方だ。恩を受けた者を決して疎かにはしない」
「ほう。これは面白い」
「何」
「義理堅いなら恨みを持つ者にはその恨みを晴らさせてくれるのか」
「何と。無礼な」
いきり立つ清光を六郎左衛門が右手で抑えた。
「どういう事か説明してもらおう」
国口が二人を睨みつけた。
「俺は中条(ちゅうじょう)家の家臣だった」
六郎左衛門と清光が思わず身構えた。
二人が谷地城に戻った。
「国口のことを調べずに行ってしまったことは早計でした。中条の家臣であった事を知ったら相応の対応をしたのですが。申し訳ございません」
六郎左衛門が頭を下げると長久が頷いた。
「わしも信長の書状の思いもしない内容に舞い上がって対応を急がせてしまった。何事も急いては事を仕損じるものだ。それで、どうなのだ」
清光が頷いた。
「白鳥がこの谷地を中条氏から禅譲されたのは三十年前。当時を知る者も少なくて苦労しましたが幸いに中条に仕えていた長老に話を聞くことができました。我ら白鳥としては禅譲を決断した中条長昌公にほとんどの家臣は反対しなかったと聞いていました」
「うむ。長らく病床に伏せって、しかも嗣子が無い長昌公が同じ最上川西岸を領地とするこの白鳥に後を託したくなったことは無理からぬこと。皆そうとらえている」
「間違いではございません。しかし中条の家臣の中には御家を継続し谷地を引き続き統治すべきであると禅譲に強硬に反対する者がいました。現に養子を迎える計画もあり相応の画策も行われていたようです」
「なるほど」
「彼らは長昌公が白鳥の謀略に陥れられたと考えています。病気で弱気になったところをつけ込まれて領地を奪われたと」
「見方によっては確かにそう受け取るな」
「いずれにしろ彼らは白鳥に恨みを持つことになりました」
「そうか、恨みを抱く国口に鷹を譲ってくれとのこのこ頼みに行った我らがよほど鈍感で阿呆に見えるな」
「申し訳ございません」
六郎左衛門がまた頭を下げた。
「さて、それでどうするかだ。阿呆は阿呆なりに考えねばならぬが」
「国口の弱みを探しています。対立する者や昔の出来事で使えるものがあればそこを突破口にします」
長久が腕を組んだ。
「あまり賢明なやり方とは言えないな。更に恨みを買う恐れもある」
「致し方ありません。我らとて鷹を諦める訳にはいきません」
「確かに。その逸物の白鷹。ぜひとも信長に見せたい」
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