▼第三十八話「亜龍種サラマンダ」
巨大な亜龍種・
「アヌビィースッ!!!!」
アヌビスは友たちの悲鳴も聞こえぬほど、そして、肉体の焼ける痛みすらも超越するほど、心火に集中していた。
そして、叫ぶ。
「燃えろ、意念の炎ッッ!!!!」
心火はアヌビスの叫びに呼応し、大きく唸りをあげて燃え立ち、渦巻き、逆巻き、猛り狂った。アヌビスは、後先を考えず、今使えるすべての生命エネルギーをなげうった。肉体が焼け焦げて滅びる寸前である、出し惜しみはしない。
瞬間的に膨大な内功を使い、心火があるレベルを超えたことで、アヌビスは一瞬光った。メジェドとウプウアウトは、眩しさで目を開けていられない。その瞬間、アヌビスのお腹にある手のひらのような形の黒い痣が、赤銅色に変わり、青い瞳は、透き通るルビーのような赤い瞳に変わった。そして、アヌビスの鎖骨の下あたりから肩甲骨にかけて、両肩から心火の炎が噴き出した。それはまるで、ショールを巻かずに首から垂らすようなかたちで、獰猛なる炎が、アヌビスを気高く、美々しく、飾り立てているようだった。立ちのぼる炎が、アヌビスの赤く染まった瞳と、蜥蜴の炎で焼けた顔とを照らす。
そして、奇妙な現象が起きた。アヌビスの腹部にある赤銅色の痣が、火吹き蜥蜴の炎を飲み込み始めたのである。それはブラックホールがすべてを吸い込んでいくような圧倒的引力であった。ほとんど一瞬で、アヌビスのチャクラが、炎を丸呑みにしてしまった。神炎錬魄訣は炎を直接エネルギーに変えられる、世にも稀なる神功であり、内功のこもった炎でもおかまいなしに我が力とすることができる。ラーが意念の炎を最大にせよ、と言ったのは、心火の段階を引き上げ、全身を焼く炎を飲み込むためであった。
驚いたのは、メジェドとウプウアウトである。ほとんど一瞬の発光が収まったときには、巨大な炎の渦は消え去っていて、代わりにアヌビスの肩から炎が燃え出ているのは、いったいどういうことだろう? メジェドは非常に優秀な頭脳を持っているが、彼の頭脳でも理解ができなかった。特級心法・神炎錬魄訣は、それほど規格外である。
しかし、炎の脅威が過ぎ去ったのち、また別の脅威がアヌビスを襲った。それは、チャクラの異変だった。アヌビスは腹を抑えて、崩れ落ちた。腹が、気絶するほどに痛い。毎秒ごとに内部から衝撃が走り、腹が裂けそうに思われた。アヌビスは痛みで真っ青になった顔をくしゃくしゃに歪め、冷汗を浮かべて苦しんだ。
火吹き蜥蜴の炎は、龍族の魔炎である。それは、神炎錬魄訣の心火のつぎに格の高い炎であり、そのエネルギー量は、膨大そのものだった。これを吸収することに関しては、じつに時期尚早と言わざるを得ない。どう考えても、アヌビスの器、肉体が、幼過ぎた。だが、アヌビスは思考よりも先に、反射で飛び出していってしまったから、ラーは苦肉の策として飲み込ませるしかなかった。が、やはり、魔炎の生み出す烈しいうねりに、器が悲鳴をあげている。このままいくと、すぐにアヌビスは死ぬ。
ラーはアヌビスの背中に手を当てて、魔炎の制御を試みるが、意識体の身では魔炎を抑えることなど、到底不可能だった。ラーはすぐにこのプランを諦めた。
逆に、アヌビスの器に一定の圧をかけることで、バランスを取ろうと試みた。これは気休め程度だが、わずかに功を奏した。アヌビスの呼吸が、ほんの少し穏やかになった。
が、このままでは器ごと崩壊してしまう。
「アヌビスよ、気を確かに持て! 気絶したら死ぬぞ!」とラーが叫んだ。「俺に出来ることはもうない! 心の中で、収拾をつけるのだ!」
(くっそ、こんなとこで死ぬわけにはいかねえ……!)
だがそのとき、火吹き蜥蜴が口を開き、二度目の炎を噴き出した。たった一撃で戦闘不能になったアヌビスを、炎が襲い掛かる。
(死ぬ——)
とアヌビスが思ったそのとき、地鳴りと共に、地中から巨大な壁が急に現れ出でた。アヌビスの顔にもう少しで食らいつく、その間一髪の瞬間に、炎は土壁に行く手を阻まれた。
「アヌビス、いけるか!?」と荒い息遣いのレンシュドラが言った。土中から壁を生成する芸当は、第三位階にとっては相当な大技である。そのおかげで、魔炎を防げたわけだが、代償は大きかった。火吹き蜥蜴を倒す作戦は、レンシュドラの大技の突破力が鍵であり、これ以上の消耗は、作戦の失敗を意味する。
アヌビスはもはや喋ることも出来ずに、首を横に振った。
レンシュドラは、アヌビスの命が、いままさにここに尽きようとしている、と理解した。アヌビスの赤銅色の痣が、内部から押されてぼこぼこと突き出たり引っ込んだりを繰り返しているのが見えた。こうなったらチャクラは間もなく四裂するだろう。
「レンくん、危ない!!」とメジェドが叫んだ。
レンシュドラはその声のおかげで、猛々しく突進してくる火吹き蜥蜴を紙一重でかわすことができた。
「アヌビスが死にかけとる!!」
見ればわかる、という言葉すら吐く余裕もなく、メジェドは巨大な火吹き蜥蜴に、精一杯の力を込めた矢を放つべく、構えを取った。
しかし、恐怖で手が震え、狙いが定まらない。
(こんなときに、僕は、何をやってるんだ!)
火吹き蜥蜴は全長二十メートル超の巨体に似合わぬ猛烈な速度で、動き回り、レンシュドラに食いつこうとした。レンシュドラは目視していたにも関わらず、火吹き蜥蜴の前脚の動きに反応することが出来なかった。余りにも、速い。辛うじて身体をのけぞらせることで精いっぱいであった。その鋭い刃物のような爪がかすり、レンシュドラの右肩を深々と切り裂いた。肉だけでなく骨までもが裂け、血が噴き出し、あふれてゆく。レンシュドラはそのまま地面にたたきつけられ、土をこすりあげながら地底湖の傍でようやく止まった。物凄い威力であった。レンシュドラは血を流しながら、微動だにしない。
そのとき、インプトがレンシュドラを助けるため、横から斬りかかった。が、十二傑が一角、第七宮インプトの内功を込めた一撃でさえも、分厚い鱗の前には無力でしかなく、蜥蜴はその剣戟を無慈悲に弾いた。そして、あたかも邪魔な小虫を追い払うように、火吹き蜥蜴がその大木のような太い前腕でインプトを無造作に払いのけた。インプトは子供が蹴った小石のように、軽々と二十メートルは吹き飛んでいった。そして、背中に激痛が走る。インプトは、鍾乳石の密集地帯に背中から激突し、鍾乳石が背中から貫通して、肺を突き破っていた。息が、できない。げぼっと音がした。インプトは口から血を大量に吐き出し、気を失った。
メジェドは叫んだ。自分のせいだ、自分が役立たずだから、誰のことも助けられない。無力だ——
震える手で狙いをつけるのを諦め、もはや狙いも定めず、言葉にならない咆哮とともに、矢を立て続けに放った。しかし、どの矢も鱗に弾かれて落ちるのみであった。
矢をてんで滅茶苦茶に撃ちながら、こんなことなら、もっと震えぬ心を養っておくのだった、とメジェドは涙を流した。
(ああ、僕は、所詮、出来損ないに過ぎないんだ。なんて情けない……。兄さんだったら、きっとうまくやれただろう……)
力の限り放った矢が一矢たりとも通用せず、メジェドは無力感に苛まれ、肩を落としかける。
火吹き蜥蜴は口を開いた。炎が喉の奥からせり上がってくる。
メジェドは、死を覚悟した。
そのとき、赤く猛々しい稲妻が火吹き蜥蜴めがけて襲い掛かった。太く荒々しい光の軌跡が一瞬にして空間に描き出され、火吹き蜥蜴へと導かれる。巨大な閃光が、地底湖を一瞬のあいだどこまでも照らし、鍾乳石が無数の陰をつくる。耳を聾するほどの爆音がして、その赤雷の威力がいかに凄まじいかを物語る。
「メジェド、矢で目を狙え! 目は鍛えられん!」
「……ッ!! ウプウアウト!?」
(つづく)
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