第4話 独り

 誰かが言った。


 「お前、気持ちわりーからあっちいけよ笑」

 「友達だと思われたくないから」


 負の感情は伝染する。俺が孤立するのに時間はかからなかった。


 そうして俺は独りになった。


 独りは辛い。だって、誰かに拒絶された証だから。

 輪に入れなかった証明だから。


 だけど一人は辛くない。自分で選ぶ道だから。


 少なくとも俺は、一人でいるうちは疎外感を覚えることはなかった。


 「なんでだよ」


 関わらないようにしてきた。別に園田にかかわらずだ。


 極力人との接触を避けてきた。


 なのに、なのに。


 「ふざけんなよ」


 それが誰に向けてものだったのか、俺にはわからなかった。





ーーーー


 「ちょっと話、したいんだけど」

 

 翌日、やはりというべきか、福村は昼休みに俺の所へときた。


 場所は教室。俺は一人で昼食をとっていた。


 俺は登校していた。まだ、福村以外があのことを知ってるとは思えない。昨日の今日だ。俺への確認が先だろうと思った。


 それに、正直どうでもよくなっていた。


 実はあの後、店長からクビを言い渡されていた。


 昨日の出来事を見られていたらしい。


 店長からしても、面倒ごとはごめんだろうから、別に恨んではいない。代わりはいくらでもいるだろうしな。



 「断る」

 「じゃあ、昨日のことは本当なの?それだけ聞かして」


 彼女は引き下がらなかった。それだけって言うが、聞きたいのはそれだろうが。譲歩して見せてるが騙されない。


 「関係ないでしょ。福村さんには」

 「関係なくないわよ。友達だもの」


 友達、ね。


 「じゃあ本人に聞いてくださいよ?そっちの方が簡単で確実でしょ」

 「それは……」


 結局のところ、俺がなにを言ったって無駄だ。それは既に証明されている。

 

 いっそのこと、彼女のしたことを言ってしまおうかとも思った。でも、それは意味がないと思ってやめた。


 結局あの一件は俺が悪い。ってことで終わってるのだ。

 つまりは彼女がそう言えば、そうなる。


 俺がなにを言ったって仕方がないのだ。


 もう俺は半ば開き直っていた。どうせ高校はなんとか卒業しなければいけないのだ。


 彼女が転入してきた時点で遅かれ早かれ、こうなっていただろう。どうせ耐えなきゃいけない。なら、諦めもつくってもんだ。


 まぁなんだ。高校生なんだ。中学時代ほどあからさまにはやられないだろう。


 なんて希望だ。いや、願望か。



 「だからもう、関わらないでくださいよ。お願いしますよ」


 終わったことにしたいんだ。だからこその懇願。



 「嫌よ」


 短く一言、彼女はそう言った。


 「だってずるいじゃない。そうやって達観したふりをして、うやむやにして。どんな事情であっても償いはあって然るべき。私はそう思うから、嫌よ」


 こともなげに、彼女は言った。それが当然なことだと、彼女は言ってのけた。


 でも、俺の考えは違う。


 「それは園田がそう望んだのか?」

 「それは……」 


 きっとそうではない。そう俺は確信していた。

 そもそも、本人がなにも言ってないということは、彼女はあの一件を掘り返すつもりがないということだ。


 「関わらない。それは絶対に約束する。だから、そっちも関わらないでくれ」

 「ちょっと、やめてよ」


 そう言って俺は、彼女に頭を下げた。


 何事かと、何人かの生徒がこちらを見ていた。


 「また来るから。今度はちゃんと、話聞かせて」


 話すことなんてない。そんな俺の返答も待たずして彼女は去っていった。


 これでいい。これなら、独りにならずにすむ。


 俺はまだ半分ほど中身の残っていた弁当を、残したまま弁当箱を片付けた。


 食欲は,無かった。



ーーーー


 それから一週間が経った。


 俺の学校生活は、穏やかなものだった。


 どうやら、俺のいじめ云々の件は広まったりはしていないようだ。


 それもそうか。彼女にとっては特に掘り返したいことじゃないはずだ。


 だから、これがお互いにとってのベスト。望んだ状況だ。


 (なんとかなって良かった)


 一歩間違えれば、今頃教室での居場所は無くなってたかもしれない。その事実に身を震わせる。


 一週間、福村が訪ねてくることはなかった。


 何故かは分からないが、俺にとってはありがたい。


 今後関わることはないからな。




 「あっ」




 なんて、油断するとこうなるらしい。同じ失敗を繰り返す自分を恨めしく思う。


 教室移動の際だった。前方から彼女が歩いてきていた。


 周りには福村を含む二人の女子生徒。計四人のグループだ。


 ま、さすがに全てを回避するのは無理だから、仕方ないことだろう。

 何も言わずに、ただ通り過ぎればそれでいい。


 福村とは不幸にも目があってしまった。でも向こうも何も言わなかった。大丈夫だろう。



 でも、大丈夫なのは俺だけだったらしい。


 

 「ちょ、ちょっと恵美!?」


 廊下に福村の声が響き渡った。すれ違ってから少しした頃だった。


 流石に気になった俺は、背後を振り返って様子を伺う。


 そこには地面に座り込んで、顔を手で覆っている園田の姿があった。

 それを心配して宥めようとしている福村。


 その時、福村がこっちを見た。再び目がはっきりとあった。



 責められると思った。また俺が何かしたのだと、疑いを向けられると思った。


 でも、その瞳は責めるようなものとは少し違った。


 どうして、と。


 俺にはそれが、まるで助けを求めるかのような視線に見えた。


 (そんなの知らねぇよ)


 どうしてかなんて、俺の知るところじゃない。


 だからそんな目で見るな。俺が通ったことと、野田が泣き出したことに因果関係なんてない。


 俺は関係ない。


 だからここで、来た道を引き返すことなんてしない。


 俺は福村から目を逸らすと、確かな足取りでその場を去って行ったのだった。



ーーーー



 「やべ、寝坊した」


 朝目が覚めて、時計を見た頃には既に1限の授業が始まっている時間だった。完全な寝坊だった。


 (寝足りないな)


 時間にしてはたっぷり寝たはずだったが、それ以上の疲労感を感じる。


 「くそっ」


 胸中のモヤモヤとした感情が消えない。


 その原因は、やはり昨日の出来事だろう。


 なぜ彼女が泣いたのか。その原因は、まぁなんとなくわかる。


 でも、その時福村が俺に向けてきた視線。それがどうも俺にこびりついて離れない。


 どうして、なんで、助けて。


 そう、訴えてきた気がしてならないのだ。


 「もう一眠りするか」


 俺はそうして、思考から逃げた。もうこれ以上、嫌なことに向き合う気力はなかった。


 俺は布団を被り直し、再び眠りについた。





ーーーー



 「ちょっと!?お兄ちゃん!生きてる!?」


 どんどんどん。扉を叩く音で俺は目を覚ました。


 「幸か?」


 声からして、妹の幸か。てか、この部屋を知っていて、お兄ちゃんって呼ぶのは幸だけか。


 かなり大きな声を出しながらドアを叩いている。流石に近所迷惑になるから、出ないわけにもいかないだろう。



 「どうした?……って、おい。幸?これは、どういうことだ?」


 扉を開いて、幸を落ち着かせようとする俺だったが、予想外の人物がいることに驚く。


 「お、お邪魔します?」


 幸と一緒にいたのは、福村だった。






ーーーー


 「もー無断欠席なんて、ほんと心配かけないでよー」


 どうやら幸は、俺に用があって高校の方まで出向いていたらしい。


 「お兄ちゃん帰っちゃったか聞いたら、学校来てないって言うから、連絡してもちっとも出ないし、本当に心配した」

 「それはまぁ、悪かったけど」


 俺は気づけば飯も食わずに1日寝てたらしい。そういえば、学校に連絡するのも忘れてた。


 俺はとりあえず担任の先生に連絡して謝る。一人暮らしのことは知っているので、結構心配されてたようだ。保護者にも連絡したと言っているが、まぁあの母親だからな。放って置かれたってことだ。今更それで何も思わないが。


 幸のことは、まぁいいだろう。用件は気になるけど、問題はもう一人のほうだ。


 「福村は何してるの?」

 「それは」


 

 話によると、幸が声をかけたのがたまたま福村だったらしい。


 「だからって普通ついてくるか?」

 「突然だったのはごめん、でも」


 でも、と彼女は続ける。その後に続く言葉を、俺はなんとなくわかっていた。



 「やっぱりあたしは、あんたの話をちゃんと聞きたい」


 関わらないでくれ。そう言ったはずなのに、何故こうも彼女は首を突っ込むのだろうか。


 福村の言葉の前に、俺はしばらく言葉を紡ぐことができなかった。


 「なんで俺に聞くんだ。園田に直接聞けばいいだろう」


 やっとのことで絞り出したのは、そんな変わらない言葉。


 「ずっとなんでもない、なんでもないからって言って、何も話してくれないの」


 そんなの知るか。そう言おうとした俺を、福村が話を続けることで遮った。


 「なんでもないわけがない。何かあるから、恵美は泣いた。なのに何も話してくれない。それが、すごい辛くて、情けなくて、悔しくて」


 彼女は、気づけば涙を流していた。


 「恵美、今日学校休んだの。体調不良って言ってた。でも、絶対そんなことない。絶対それが理由じゃないもん」


 僅かに口調が幼くなっていた。そんな福村を前に、俺は何も言えずにいた。

 幸も、あまり状況を飲み込めてないのか、オロオロとした様子を見せていた。


 「悪いけど帰ってくれ、幸」

 「え」


 俺の突然の言葉に、幸は咄嗟に反応できずにいた。


 「頼むから邪魔しないでくれ」

 「ちょっと、そんな言い方」

 

 俺の言葉に、福村が咎めるように反応してきた。だけど当の本人、幸は違った。


 「うん。わかった。それじゃあ、私帰りますね?福村さん」


 幸は俺の言葉に、大した反論もせずに帰った。


 福村はなにか言いたげな様子を見せるが、ひとまずは納得したのか、俺の方に視線を改めて、話し始めた。


 「何か、理由があるんでしょ?話せない理由が。私はそれがどうしても知りたい。知らないままで、終わりたくない」


 どこか覚悟めいたものを漂わせながら、彼女はそう言った。

 涙は、止まっていた。だけど少しでも気が緩めば、そんな顔をしていた。


 (羨ましいな)


 素直に、そう思った。


 こんなに自分のことを心配してくれる存在がいることに、俺は正直に言うと嫉妬していた。


 少なくとも、俺にはそんな存在はいなかった。


 そんな感情は、俺の劣等感をさらに煽っていた。


 「そんなの、俺が説明する理由にはならない」

 「そうかもしれない。でも、私はどうしてもあんたから聞きたい」


 だから、どうしてだよ。何故そこに拘るんだ。

 俺は明確にイラついていた。早くこの会話を終わらせたかった。


 「あんたの方が、辛そうだから」


 「……は?俺が、辛そう?」


 何を言っているんだ?なぜ俺の話になる?


 「ごめん、私もよくわかんない。でも、あんたに聞かなきゃダメな気がしたから」


 よくわかんないって、それは俺のセリフだよ。

 なんで俺がお前に合わせなきゃいけないんだ。俺が聞きたいのはそんなことじゃない。


 「だから、お願いだからこれだけは聞かせて」


 だから、なんで、理由は。

 そう俺が聞き返すのも待たず、彼女は言った。




 

 「本当に喜多見は、恵美のことをいじめたの?」



 時間が、止まった。

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