第49話 待ち伏せ
早足で回り道をして居酒屋に向かう。客は、いなかった。居酒屋の主人には事情を話し、カウンターの陰に隠れさせてもらうことになった。
「あのじいさん? まだ来てないぞ? じいさんが来たら、何を喋らせれば良い?」
「最近調子はどうか、とか、ポルトマーレの友人に手紙を出したこととか、昔話とか、聞き出してもらいたいんです。年齢のこともあるから過度にお酒を飲ませたくないけど……」
リカがお願いすると、主人は「へえ」と驚いた。
「リカはもう、立派な嫁だな。じいさんのことを、ちゃんと見てやがる。いやいや失敬。『看病の魔女』だもんな。世話をする人のことをちゃんと見るのは、仕事のうちか」
主人は、笑いを堪えられない。
「ま、協力するぜ。隠れてな」
ドアベルが鳴り、リカとアルベールは慌ててカウンター下に隠れた。常連客数人の声が聞こえる。
「こないだの、じいさん! 近くで会ったから、連れてきちまった! 貴族なんだって? 構わん、飲みなよ!」
シモン卿のことだと思い、リカもアルベールもこぶしをぐっと握った。常連客よ、ありがとう。
「じいさん、久しぶりだな。フランボワーズの酒が入ったぜ。飲みなよ」
主人が「じいさん」に酒を勧める。覗き見する余裕がないので、「じいさん」がシモン卿かどうか確認できないが、常連客が先日の話の続きを促すのを聞くと、「じいさん」はシモン卿のようだ。
「じいさん、ポルトマーレの友人に手紙を出したって言ってたよな? 今も元気なのか?」
主人が「じいさん」に訊ねる。直球だが、話の流れを止めたわけではない。
「……とうに、亡くなった」
「じいさん」の声を聞いて、アルベールがアーモンド型の双眸を見開いた。リカはシモン卿が会話するところを聞いたことがない。喋ったのをまともに聞いたのはこれが初めてだが、アルベールの反応からして、「じいさん」はシモン卿で間違いない。
「じいさん、悪いことを聞いちまったな。その友人は、いつ亡くなったんだ?」
悪いと言いつつ、主人は突っ込んで訊ねる。
「……20年も前だ。今は娘がいると聞いた。だから、あれを娘に預けた」
「あ、手紙のことね。じいさん、飲み過ぎるなよ」
客に見えないように隠れたアルベールが、震えていた。認知症で喋ることも忘れてしまったような様子だったシモン卿が流暢に喋っている。認知症のふりをしているのかもしれないとリカも思っていたが、孫を騙していたのか、と考えるとあまり良い気はしなかった。何より、アルベールが動揺している。
「アル」
リカは、アルベールの震える手を握った。
「つらいね。でも、なぜシモン卿が認知症を演じていたのか、その背景まで知りたいの。アルは受け入れられないかもしれない。アルが受け入れなくてはならないと考える事実を、あたしが一旦預かる」
「姉貴、求婚?」
ミシェルの声が聞こえて、リカは叫びそうになった。可動域の狭い左足をぎりぎりまで畳み、ミシェルもカウンター下に隠れていた。
「気になったから、来ちまった。じいさん、フランボワーズの酒を飲んでくれたみたい。味は気に入ってもらえたのかな」
「気になるのは酒なの?」
いつもと変わらないミシェルに、リカは少々安堵した。
「それもあるけど……姉貴の言ったように、じいさんが……何だっけ、物忘れのふりをしてたのか気になるんだ」
ミシェルには、「介護」という言葉が脳内変換できなかったようだ。リカやアルベールのような前世の記憶の話は、ミシェルから聞いたことがない。前世の記憶がないのが普通だろう。
「おいおい、じいさん。飲み過ぎだ」
常連客がシモン卿を心配する。
「……私は疲れた。孫にも、孫と仲良くしてくれている娘にも、申し訳ない。こんな老人の演技に付き合わせてしまって」
「お祖父様!」
アルベールは、カウンター下から出て、立ち上がった。
「
俯いてすすり泣くシモン卿。その様子は、演技ではなかった。孫を思う祖父の顔だった。
「あれ、俺立てねえ」
「ミシェル、手伝うよ」
リカがミシェルを支えようとすると、ミシェルは背後から脇をひょいと抱えられ、立つことができた。
「盗み聞きとは、悪い子ですね、ミシェル。おじさんがお仕置きしてあげましょう」
「あんた、どっから湧いてきた!?」
ミシェルを抱えて立たせたのは、ローランとジャンだった。
「俺は止めたのですが、旦那様が一杯飲みたかったようで」
「ジャン……大変ね」
カウンター下からほいほい出てくる人達に、常連客はただ、ぽかんとしていた。
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