少女は歌い、僕らは踊る

蒼鷹 和希

結末1

 僕には彼女がいる。賢くて、可愛くて美人な彼女。

 背に届く髪は濡羽色で、艶々としており、青みがかった瞳や白い肌と相まって、すみれ色がよく似合う。

 よく頬杖をつき、伏せ目がちになって黙考しているところは一枚の絵画のようで、彼女がいる空間だけいつも輝いている。

 惚気話ではない。彼女には男女を問わずファンがいて学校でも人気者で、叶わない恋だと諦めていたのに、彼女が僕を選んでくれたのだ。

 彼女の彼氏は僕が初めてだったらしい。恋人らしいことができないと彼女は言った。

 だが、何もできなくても彼女がいるだけで僕は良いのだ。僕だって恋人は初めてだし。

 今まで賢くて、家がお金持ちで、話も聞き上手で人気者だから、常にある人だかりの壁を越えられず悔しかった僕だけど、こうして今二人だけで話せている。

 彼女は先生や友達にクラスの委員長や、SNSのモデルなどを頼まれて忙しいはずなのに、そう見えないほどに、毎日欠かさず放課後は一緒に居てくれる。

 そして彼女は僕に打ち明けた。

「私、何でも願い事は全て叶うの」

 だから家はお金持ちだし、自分は美人で頭脳明晰になれたのだと。

 僕は純粋に羨ましく思った。

 だが、続く彼女の言葉に、僕の考えは浅かったのだと気付かされた。

「賢くて、何でもできるから、小学生の時からいじめが絶えなかった。転校してくれって願ったら翌日に、主犯格の子が転校していじめは止んだけど、行動に出さなくても皆んなが羨んでいたり、妬んだりしているのには気づいている。グループ内でもよく仲間外れの標的にされたし」

 横顔の彼女の瞳は、何の感情も映さない。

「そっか……辛かったね、僕は——」

 僕はそんなふうに思ってないし、これから君のこと守ってみせる。そう言おうと思った。

 だが、彼女の言葉に遮られたのだ。

「何でも叶うって言っても、一つだけこれまで叶わなかったことがあるの。それはね……」

 体ごとこちらを向いた彼女は、哀しげに笑った。

「それはね、死ぬことだよ。もう疲れたからって、何度願っても叶わなかった」

 自殺は勇気が出なくて出来なかったし、誰も、神様でさえもこの願いには耳を傾けてくれなかった。そう彼女は続けた。

 僕はぎょっとした。彼女が死にたいだなんて、かけらも気付けなかった。

「だけど、今なら叶いそうな気がする。…………君がいるから」

 彼女は僕の手を取り、輝く瞳で僕を覗き込む。

「ねぇ……。私を殺してくれる?」

 僕に拒否する権利は無かった。緩慢に頷いた。

 筆箱の中からカッターナイフを出し、出せるだけ刃を繰り出した。

 そして、膝を地面について空を仰ぎ、何かを祈るふうな彼女の喉を一息に切り裂いた。

 ためらいや、自分のした行為への恐怖は一切無かった。不思議と、心が凪いでいた。

 彼女がぐらりと傾く。咽せ返るほどの鉄臭さに僕も立てなくなり、膝から崩れ落ちた。

 

 いつの間にか気を失っていたようで、目を開けるとそこは無限にアスファルト舗装が続く、歩道であった。

 僕はなぜこんなところに寝ていたのか分からず、起き上がった。

 周りを見ると、折れたカッターナイフの刃が転がっている。手にはカッターナイフの本体。

 どちらもアスファルトにぶつかったようなあと以外、特に変わったところもない。

 やや離れたところには僕の筆箱と、教科書がはみ出たバッグがある。学校から帰る途中までの記憶はある。確か、一人で教室を出て、そこから誰と合流することもなかった。

 学校の帰りに、僕はなぜこんなところでカッターナイフを持って寝たんだ?

 どれくらい寝ていたのか分からないけれど、通報されそうに思えてきて、急いで折れた刃を拾って持っていたものもバッグに放り込んで歩き出す。



 光芒のさす雨上がり。彼女は両膝を地面に突き、天に向かって祈った。

「これが人生最後のお願いです。私が死んだら、私と、私が生きていた全ての痕跡を消してください。皆んなの、私に関わる記憶も。もちろん、今ここにいる彼も私のことを忘れるように。お願いします」


 ささやかな、命の花火が散った。

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