第2話 思春期なんです

「和也、ちょっと相談良いかな?」


「ん? どうした」


 あれから言い訳を考えてみたけど、一人ではロクなものにならなかったので、友達を頼って考えることにした。

 俺一人だと、どう考えても最終的に、菜奈がエッチすぎてごめんという結論に達してしまうから。

 お昼休みの中庭、そこの一頭人気の少ない場所で相談事を持ち掛けていた。


「菜奈がエッチ過ぎるんだけど、エッチじゃないって風に伝える言い訳を一緒に考えてほしくて」


「待て、一から説明してくれ」


 相談を持ち掛けた相手、高藤たかとう和也かずやは中学校時代からの友達で、俺の一番の男友達でもある。そんな和也だからこそ、恥ずかしさを忍んで相談できた。エロ本を貸してくれたのも和也だったし、今更恥ずかしがる理由もなかったから。


 因みに、和也は短く刈られたスポーツマンの髪型や顔してて野球部に所属してるんだけど、友達の彼氏を寝取りそうな顔してるとか噂を立てられて、女子からの評判はすこぶる悪かった。


 なんで彼女じゃなくて彼氏なんだろうな、不思議すぎる……。


「最近になってね、実は菜奈が凄い超絶美少女だって気が付いちゃってさ……」


「そうだな。確かに鳴海は美少女だよな……見た目だけは」


「それでさ、一緒に登校してると菜奈が無防備エッチな女の子すぎて、頭がおかしくなりそうになってきて」


「…………思春期か?」


「和也、真面目な相談だよ」


「これ、真面目に相談に乗らなきゃいけない内容なのか……」


 和也は、もしかしたら男の子の日なのか、何時もよりも返しにキレがなかった。何時もなら、もっと単純明快に相談に乗ってくれるのに。

 ……俺にもいつか、そういう日が来るのかな?


「ところで和也、男の子の日って何?」


「知らねぇよ、何だよ急に。

 ……多分、やたらとムラムラする日とかだろ」


「じゃあ、女の子の日は?」


「生理だろ、てか相談事は何処に行った。

 そもそも、男の子の日って何だよ」


「菜奈がさ、女の子の日があるなら男の子の日もあるはずよって言って、紙オムツをくれたんだ」


「勘違いだ、穿かねえなら直ぐ返してこい」


 何時もの単純明快な返し、どうやら和也は男の子の日ではなかった。そもそも、男の子の日は無かったんだ。

 ……どうしよう、折角貰ったしと思って穿いてきてしまったけど。無茶苦茶不便だよ、紙オムツ。


「……それでさ、さっきの話だけど」


「お前が思春期になっちまったって話か?」


「菜奈が可愛すぎて、俺がおかしくなった話だよ」


「確かに、何時も以上におかしくなっているな」


 一言余計だけど、”で、続きは?”と促してくれるので、やっぱり和也は友達だった。親友と言っても過言ではない。


「取り敢えず、照れすぎて頭が変になるから、一緒に登校するのをやめようと思って」


「ほんほん」


「菜奈がエッチ過ぎるから一緒に登校できない以外の理由、考えてくれないかな?」


 和也はそれを聞いてから、3秒くらい考えて。


「鳴海がエッチすぎて、一緒に登校できないって伝えれば良いんじゃないか?」


「良くないが!?

 俺が去勢されたら、どう責任を取ってくれるんだ!!」


「どんな関係性なんだよお前ら、こえーよ」


 俺が動物病院で去勢された挙げ句に、翌日にTSして女の子になったらどう責任を取ってくれるんだ。結婚してくれるの! と怒ると、今度は10秒くらい考えてくれた、和也は優しい。


「言い方を変えるか」


「て言うと?」


「例えば……そうだな。

 鳴海を想うとつい目で追ってしまって、心が落ち着かないんだ。

 だから、ごめん。鳴海とは一緒にいれない、バイバイ……こんな感じでどうだ?」


「それだよ!」


 やっぱり、和也に相談して正解だった!

 俺は立ち上がって、早速菜奈に伝えに行こうと思ったところを、和也にひっ捕まえられた。どうしたんだろう、何か伝え忘れたことがあるのかな?


「おいバカ待て、ここでお前からそんな言葉が口に出たら、漏れなく俺が教唆犯だろうが。鳴海のヤツ、ただでさえ俺がホモで、お前のことを狙っているってクソみたいな妄想をしてやがるんだ。

 ……お前、鳴海と距離を取ったら、その分どうするつもりなんだ?」


「勿論、和也に構ってもらうよ」


「だよなぁ!

 流石に困る、考え直してくれ。

 冗談半分だった、というか告白じゃねえかってツッコミ待ちだったんだよ、ボケ倒すな」


 ……告白? ふむ、そうなのかな?

 菜奈の前に行って、さっきのセリフを詠唱してみるシチュエーションを、頭に思い描いてみる。


『ごめん菜奈、菜奈のことが魅力的すぎて、いつも気が付けば目で追いかけちゃっててさ。何時もドキドキして、菜奈のことを考えて、一緒にいると心臓の音を聞かれたくなくて。だから、隣にはいれないよ。ごめん……バイバイ』


 ……思ってたより告白だね!?


「俺が失恋したらどうしてくれるつもりだったんだよ!!」


「だから止めただろうが!

 というか、お前らで破局するなら、世の中の恋愛事を信じられなくなるわ」


「俺は菜奈をエッチな目で見てるから、身体が目当てってばれるじゃんか!!」


「なんでお前、そんなに想ってるくせにそこには無自覚なんだよ!!」


 ハアハアと息を荒げている俺達は、一旦落ち着いて飲み物を飲むことにした。熱くなりすぎても、良い結論なんて、出るはずが無いしね。


「あ、ごめん和也、飲み物買ってくるの忘れちゃってた。牛乳、分けてもらっても良い?」


「しょうがないやつだな、半分以上飲んだら新しく買わせるからな」


「ありがと!」


 和也から渡されたパックの牛乳を、ストロー越しにチューチューと啜る。ストローにソースの味がするのは、和也が食べてる焼きそばパンの味だよね。ちょっと微妙な気分、貰っておいてこんな感想が出てきてごめんよ、和也。


 一息ついて、ダラリとした空気が流れかけた最中──聞き覚えしか無い、幼馴染の声が聞こえてきた。


「こんな所に居たのね、コタ!」


「え、菜奈!?」


 ツカツカと歩み寄ってくるのは、今朝に逃げて以来の菜奈の姿。

 思わず和也を盾にして、そのエッチ過ぎる存在を直視しないようにする。


 俺に見つめられすぎたせいで菜奈が妊娠してしまったら、キリスト教の偉い人たちに処女懐胎ですねとか判断されて、バチカン市国に菜奈が招聘されちゃうかもしれなかったから。そんな悲しい離別、到底許せそうにないし。


「ば、バカか小太郎! よりによって俺を前に出すな!」


「ごめん和也、俺のために死んで」


「本当に殺されかねないから嫌なんだが!?」


 口論している俺達を、ジッと菜奈は険しい目で見つめて。


「コタ、その牛乳って……高藤君の?」


「そ、そうだけど、何で分かったの?」


「高藤君の口の端に、牛乳が付いたままだから」


 チラッと見てみると、確かに和也の口元には牛乳の跡があった。

 雑に飲んだら、そうやって恥ずかしいことになるんだ。

 仕方無しに、ポケットから取り出したハンカチで、和也の口元を拭う。


「馬鹿野郎、この野郎!

 状況がわかってんのか!」


「大丈夫、今日はトイレに行ってないから綺麗なハンカチだし!」


「そうじゃねぇよ!

 こいつは俺のこと、ホモだと思い込んでるんだぞ!」


 和也の言葉に、菜奈の眉がピクリと跳ねる。

 聴き逃がせないことを聞いた時の、菜奈の反応。


「思い込んでる、じゃないでしょう。

 コタと間接キス、してるし」


「何で男同士でその発想に行き着くんだよ、やばすぎるだろ!!」


「コタ、高藤君の味は何味だったの……?」


「焼きそば!」


「アホかぁ!」


 ペシンと頭を叩かれて、俺はその場に蹲った。

 普通に痛いよ、それ!


「ふーーん、美味しい?」


「普通、かな?」


「何で会話続けてるんだよっ、お似合いすぎるってそろそろ気が付け!!」


 蹲ってる俺を他所に、和也は食べ物と牛乳パックを確保していた。

 ま、まさか、俺を残して逃げる気なんだな!


「クソっ、こんな所に居られるか!

 俺は教室に戻るからな!」


「待ってよ、間接キスした仲なんでしょ!」


「それ以上口を開いてみろ、俺が鳴海に代わって去勢してやる!」


 無情なことに、和也は俺を見捨てて、そのまま逃げ去ってしまった。

 菜奈の眼の前に一人、不様に蹲る事になってしまった俺。

 な、菜奈をエッチな目で見てるのがバレちゃったら、本当にどうしよう……。


「……コタ、一つ聞かせて」


 蹲ってあっちを見ないようにしていた俺に、菜奈はそのまま話しかけてきて。


「私と一緒に登校しないようにって、高藤君のお願いなの?」


 その質問に一瞬、和也が笑顔で空の向こう側に浮かんだ気がしたけど。


「ううん、それは違うよ。理由は話せないけど、菜奈と登校できないんだ」


 流石に、相談に乗ってくれた友人を売り飛ばすことは出来なかった。

 ……見捨てられたけどさ、半分くらいは俺が悪かったし。


「とにかく、ごめんね!」


 ずっとごめんと謝りながら、慌てて学食で買ったパンを詰め込んでから立ち去ろうとして……喉にパンが詰まったんだけど!?


「んーーーーーっ!?!?」


「コタってば、何時も言ってるでしょ。

 急いで食べると酷いし、ちゃんと噛まなきゃって。……はい、これ」


 菜奈に渡されたジュースをゴクゴク飲んで、何とか喉に詰まってたパンを胃に流し込めた。

 あ、危うく死んじゃうところだったよ、危なかったぁ……。


「あ、ありがとう、菜奈」


「どういたしまして。……それでさ、コタ」


「何かな?」


 微妙に言いづらそうにしながら、一回菜奈に返したジュースを一口飲んで、こんなことを尋ねてきた。


「高藤君が焼きそばの味なら、私は?」


 その言葉の意味を理解するのに、ちょっと時間が掛かっちゃって。

 理解した瞬間、顔が赤く、背筋はピーンと伸びてしまってた。


「り、リンゴ!!」


 それだけ言い残して、俺は慌てて回れ右をしていた。

 このままでは、実質菜奈とキスをしたとかいう、気持ち悪い妄想に囚われちゃいそうだったから。


「リンゴジュースなんだから、当たり前じゃない。バーカ」


 最後にツンとした菜奈の声が聞こえて、ごめんねって返しながら俺は教室に逃げ帰った。

 ふぅ、何とか菜奈をエッチな目で見てるって気付かれなかった!

 事なきを得れたし、裏切り者の和也を今なら許せそう。


 放課後も、菜奈に捕まらずに帰ることが出来たから、和也のことを許すよ。

 俺も、盾にしてごめんって謝れたし、完全和解のハッピーエンドだ!






 その日の夜、一人の少女はネットを彷徨った。

 意味のわからない、急な日常の変化に戸惑いながら。

 幼馴染の考えていることを、知る方法を探すために。


「わからせ?」


 そうして、一つの掲示板へと辿り着いた時。

 その日、少女は一つの概念と出会った。

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両片思いの幼馴染をエッチな目で見てる男の子とわからせたい女の子 ペンギンさん @penguin3

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