第7話

 僕は今、お母さんに野菜炒めのレシピを教えてもらうためにLINEをしていた。

『お母さんの作っていた野菜炒めのレシピを教えてくれないか?』

『あらあら。相馬からLINEを寄越してくるなんて珍しいわね』

『そうかな?いつもこんな感じだよ』

 少し自分からLINEしたことが恥ずかしく思い、適当に誤魔化しておいた。

『とりあえずレシピを教えて!』

『はいはい。レシピはーーー

 ーーーーーって感じかな』

『ありがとう。参考にする』

『うん。一人暮らし頑張ってね^^』

『うん。頑張るよ』

 ほんと、過保護なんだから。けれどそれが少し心地いい。人の優しさを受けるのは嫌いじゃないから、嬉しかったというのはここだけの秘密。

 心の中で、お母さんに感謝しながらスーパーに行くために私服に着替えた。


 部屋のドアを開けるとジメジメとした、梅雨の蒸し暑い空気が流れ込んできた。

「もうあと少しで7月か。半袖買わなきゃな」

 今は、薄手のパーカーを着ている。少し運動したら汗だくになって服が体にピッタリと張り付きそうだ。

 僕は今まで服を選ぶのはお母さんにお任せしていた。今度健成に服をどうやって選んでるか聞いてみよう。

 きっと、健成なら服のセンスもいいはずだ。

 いけないいけない。今はスーパーに行くんだった。

 慌てて違う方向に思考を働かせた頭をリセットし、スーパーに向かって歩きだした。


「ん~…。違う」

 お母さんに教えてもらった通りに野菜炒めを作ってみたがやはり上手くいかなかった。今度家に帰った時にでもじっくり作っているところを観察してみよう。

 お母さんの味とは、程遠いけれど一応味は美味しかった。

「でもな〜…」

 1度やると決めたら、必ず実行したいと思う正確なのでいつか絶対にお母さんの味を再現したいとこの時強く思った。


 今日は、土曜日。

「ふぁ〜、…」

 眠い。けれど、夏が近づいてきているおかげで冬と比べたらすんなりとベットから出ることができた。

 今日がいつも通りの休日だったら間違いなく2度寝、いや3度寝ほどして、昼頃まで寝ていただろう。けれど今日は、絶対に寝坊をできない理由があった。

 それは、クラスのヒロインである夏秋さんに美味しいケーキを奢ってもらうからだ。

 夏秋さんと、この約束をしてからの毎朝の日課がある。

 僕は、自分の頬をつねってみた。

「痛い…」

 痛みあり!よし。寝ぼけてない。

 それから、夏秋さんとのLINEを開いた。

『ケーキの事なのですが。土曜日の朝10時に相馬くんの部屋の前に集合でいいですか?』

 LINEもしっかりある。夢じゃない。

 なぜいつもこんなことをするかって?それは、転校したての僕が、クラスのヒロインである夏秋さんとケーキを食べに行くだなんて、夢だと思ってしまうからだ。

 小さい頃いい夢を見たけれど、起きたら夢だということに気づき少し悲しい気持ちになったことが数えられないほどある。

 こんなことにならない為にも、僕は夏秋さんと約束をしてから毎日この2つを朝の日課にしている。

 今の時間は、8:47。夏秋さんが来るまで、まだ時間がある。

 何をして時間を潰そうかな。本当にいつもこうだ。小学生の頃から誰かと遊ぶ約束をすると、予定の時間になるまでずっとソワソワしてしまう。

 とりあえず準備は済ませておくか。

 僕は、朝食と、洗濯をスムーズに済ませてから、身なりを整えることにした。

 夏秋さんは、容姿も整っているし、以前スーパーで会った時に気がついたが、服装のセンスもとてもいい。

 そんな彼女の隣をいつも通りの僕が、歩くと浮いてしまうし、夏秋さんが恥をかいてしまうかもしれない。だから、何としてでも身なりをいつもよりもマシなものにする必要がある。

「うん。結構マシになったな」

 僕は、ネットで調べた通りに髪をセットし、30分掛けて服を選んだ。

 これで、夏秋さんの隣を歩いても周りからは、『羨ましい』という目で見られるかもしれないが、夏秋さんが恥をかくことはないだろう。

 鏡の前で、自分の姿を見て満足をしていると突然聞きなれない音が鳴った。

 けれど、その音を聞いて直ぐにインターフォンの音だということに気づいた。

 僕の部屋への初めてのお客さんは、まさかのクラスのヒロインの夏秋さんだったとは。

 内心びっくりしつつ、部屋の鍵を開けた。

「どうぞ」

「相馬くんありがとうございまーーー」

 夏秋さんは、僕の顔を見て無言になってしまった。もしかして、僕は満足していたけれどあまり良くなかったのかな…。

「夏秋さん?」

「あ、すいません。いつもと違うなと思って」

「やっぱり、似合わないですか?」

「いえいえ。そんなことはありません!似合ってると、思い、ま、す…」

 そう言って夏秋さんは顔を赤くして、僕から目を逸らした。

 夏秋さん照れてる!可愛いなぁ。目に優しいなぁ。

 僕の姿を褒めてくれた夏秋さんだっていつもよりもとっても可愛い。せっかく褒めてくれたのだから僕も褒めないと。

「夏秋さん?」

「はい!」

「あの…。夏秋さんの、服装はいつもと違う雰囲気でとても可愛いと思います!」

 僕は、褒めるの下手かよ。

「あわわ…」

 夏秋さんはさっきよりも顔を赤くし、両手で頬を隠した。

 学校での、夏秋さんは下心がない人に対してはとても優しいし、とても容姿が整っているのでみんなから人気だけど、今の夏秋さんは、いつもと比べ物にならないくらい可愛い。きっとこの顔を見た男子は絶対に、夏秋さんのことを好きになってしまうに違いない。

「相馬くん。褒めてくれてありがとうございます。でも、恥ずかしいのでいきなり言うのはずるいです」

「夏秋さんも結構いきなりだったけれどなぁ?」

「いえ!私は相馬くんが聞いてきたから答えただけです!そこの所勘違いしないでくださいね?」

 これ以上からかうのは、辞めておいてあげよう。

「分かったよ。からかってごめんね」

「しょうがないですね。今日の所は許しておいてあげましょう」

「感謝する」

「は、はい!混んでしまいますからとにかく行きましょ?」

「分かったよ」

 僕は、夏秋さんの話の逸らし方が下手すぎることに苦笑しつつもそれがバレないように夏秋さんの後を付いて行った。

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