後輩は先輩

真夜ルル

後輩は先輩

「——今日から俺は」

 俺は少し古びた三角屋根が特徴的な本屋を見上げてつぶやく。


 うちの学校は強制部活制ではないから帰宅部が第一希望だったのだけど入学早々、迷子になっていたところを新聞部の先輩らに絡まれ、新聞部の人数不測の窮地を救ってほしいと頼まれてしまった俺は助けてもらった恩義を返すためついつい入部することにしまった。

 運動部は動くのしんどいし、上下関係厳しそうだと思っていたから新聞部は別に嫌ではなかった。もともとそこは過疎が進んでいるマイナーな部活だったからこそ逆に緩い雰囲気があって活動時間も長くないから早く帰れて不満はなかった。

 ——先輩たちも柄は悪いけどいい人立ちばっかだったし。全然パシリとかで使ってこなかったし。

 比較的平和に楽しめていたと思う。でも今年になって事件は起きてしまう。

 それは人数不測による廃部だった。

 新聞部は俺を含めて合計五人。うち四人は二年生だったためこの春部活を引退し受験勉強に専念することになっていて、どうしても残りが俺一人になってしまった。

 しかしそれでも俺は四人くらいならなんとかなるだろうと気楽に考えていてまさかの新聞部に入部してくれる後輩が一人もいないなんて思ってもみなかった。

 新聞部は当然廃部。

 もともとやる気をもって入部したわけではないし、思い入れも思い出もあるけど俺一人でもう一度立ち上げたいと思えるほどの気力も勇気もないから、結果的に俺は当時の希望通りの帰宅部に一年後なることができたのだった。


 ——しかし、だ。

 新聞部で活動するうちに俺は一つだけやってみたかったことが出来てしまっていた。

 それは——後輩に尊敬されること!

 いつも俺を導いてくれた先輩たちみたいに俺も後輩の道しるべの一つになれたらいいな、なんて淡い夢を見ていた。

 新聞部がなくなった今、どうやっても先輩として尊敬されるようになるには今更ほかの部活に入ってやり直すというのは、恥ずかしいしコミュニティに馴染める気がしなかった。

 だから選んだのは”アルバイト”だった。

 

 本屋のアルバイト。

 ここで働いていれば新人の子に会う可能性は部活をするよりも早いはずだ。——部活は三年生になると引退しなくてはならないから、後輩は出来てもすぐに自分は引退することになってしまう。


 ここで俺は人生で初めての先輩になる! 頼りになる先輩になって尊敬される!


 そう意気込んで俺は店内に入っていった。

 そして言われた通りに着替えを済ませようと休憩室の扉を開けた。

 どんな先輩がそこにいるのだろうと俺は胸を膨らませていた。住んでいる世界の違うイケメンな大学生だろうか、それとも優しい美人なお姉さんか、小太りのパートのおばさんかもしれない。

 しかし扉を開けた先には人は見当たらず、ポツリと一人俺が入っただけだった。

 誰かしらはいると思っていた手前、肩透かしを食らったようで残念ではあったけど——どこかちょっとだけ安心した自分もいたことに気づいた。

 俺はそのまま男子更衣室に入り、ロッカーの前で着替えを済ます。するとその最中——扉の開く音が聞こえた。

 ——誰か来た!

 いざ対面するとなると流石に緊張する。

 俺は人を掌に書いてガっと飲み込む。——扉を開ける。


 開けた先で目が合った。

 丸椅子に座り、太ももを組んで両手でスマホを握っている。

 指先が半分隠れるくらいのぶかぶかのカーディガンを着ている——その下には制服が見えた。

 学生か?

 と思った。

 ジッとこちらを訝しむような瞳——何か俺はやってしまったかと感じてしまうような眼だ。

 髪を横に束ねたサイドテールをしていて、どことなく落ち着いたダウナーな雰囲気を持っている。

 俺はその女子を見て同級生もしくは先輩だろうな、と思った。

 だから——


「あ、初めまして……」


 と若干萎縮してしまった。

 しかしその女子は訝しむ瞳のまま、


「もしかして、同じ高校ですか?」


 え、と思わず口に出した。

 ——恥ずかしい。

 言われてから見てみると彼女の制服は俺の高校の女子が着ているものと”似ていた”。


 ……似ていた、というのは色が少し違っていたのだ。

 高校生の制服は主に一年生から三年生までで区別されるような特徴があることが多い。うちの高校では胸元の校章を象ったワッペンの色が異なっている。


 俺のは赤色で三年生は緑色、そして一年生は——青色。

 彼女のワッペンも青色。


「あぁ、同じ学校の……」


 その一年生はため息交じりに呟く。

 何とも呆れられているような気もするが、可愛げのある仕草だと思った。

 まさか、こんなところで同じ高校の一年生に出会うなんて、しかも女の子に。

 これはチャンスかもしれない、と俺は思った。

 ここでいいところを見せれば『女子の後輩に尊敬される先輩』という魅惑的な肩書きが贈呈される。願ってもないことだ。

 俺は少し浮かれて、


「君、名前は?」


 しかしそれが彼女の地雷を踏んでしまったらしい。


「あの、ちょっと勘違いしてません?」


 気だるげに肩を落としたまま首を傾げる。横にまとめた髪がそっと揺れた。

 その雰囲気に思わず飲まれそうになってしまうほど絵になっている。

 気を抜けば思わず見とれてしまいそうな、そんな印象だ。

 ——たとえ何を言われたとしても呆けた返事をしてしまう自信があった。

 自信はあったのだが、


「あの、履き違えないでもらいたいのですが、ここでは私の方が先輩ですので。いきなり”ため口”とかやめてもらっていいですか?」


「…………」


 思考が停止した。

 呆けた返事どころの話ではなかった。

 絶句した、絶句。

 出会っていきなり立場の違いを明確に示してきた。

 なんて後輩だ!

 確かにここではそっちの方が先輩かもしれないけど、でもこっちは一つ上の先輩なんだけど?


「わかってもらえればいいですよ、えーと君、名前は何ですか?」


 君、かぁ。

 いい気分はしないから『名乗る名前なんてないぞお前には』なんて子供みたいなことを言ってしまおうか、と思ったが——どうも口が回らない、まさか俺、ビビってるの?


「あ、え、比良田です。その比良田大賀です……よろしくお願いします」


「ふーん、私は齊藤佑樹、月の上がちょっとややこしい方の齊藤です」


「ど、どうも齊藤さん」


 こうして俺の初めての後輩は想像していた物とは違って——まさかの先輩だった。

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