VampirePrincess
ユエ・マル・ガメ
第1話 これは……転生?
覚えている限りで最初の記憶は、ふかふかの柔らかいベッド。
恐らく陽光と思われる暖かな光。
そして口の中に感じる明らかに異質な形状の犬歯。
……ん?
まだ寝起きで朦朧とする意識の中、口の中で舌を転がす。
うん、牙だ。どう考えても牙だ。私の歯茎から生えている。
脳がそこまで認識したところでやっと二度寝の誘惑を跳ね除けて違和感の正体を確かめるために目を開く。
「……え?」
まず目の前に飛び込んできたのは白くて綺麗な天井。見覚えがない。
寝ている間に病院にでも運び込まれたのだろうか?
そんな予想は、上半身を起こして周囲を見渡した瞬間に否定される。
ベッドの隣には見覚えのないサイドデスク、オシャレな装飾の施されたドレッサー。
その他デスクと椅子などのインテリアはどれも一介の病室の設備とは思えない。当然ながら私のものではない。
「あいたっ……」
何故こんなところで寝ているのか、何故牙なんて生えているのか。そんな疑問への答えを探すために昨晩の記憶を辿ろうとすると唐突な頭痛が。
唐突な痛みに、半分無意識のうちに右手で額を抑える。
と、そこで気づく。
「え……?私の手……」
小さい。
小さいのだ。
まるで小学生くらいの……いや、もっとだ。
それに、手を見ようと下を見た時に視界の端に入った髪は金色。当然ながら染めた記憶なんてない。
もうなんとなく自分の状況を理解しつつあるが、一応念のためドレッサーの鏡で自分の姿を確認……するためにベッドを抜け出した時点で、自分の四肢が短すぎて動きづらくて辟易する。
なんとかしてドレッサーにたどり着き、その鏡を見て確信する。
そこに映っていたのは、5~6歳くらいの幼女。
まっすぐな金髪は胸のあたりまで伸びている。寝ぐせで少しボサボサにはなっているが。
顔は真っ白な肌に紅い瞳。未だ寝起きでとろんとしてはいるが、長いまつ毛と二重まぶたはそれでも十分すぎるくらいに魅力的だ。
口を開くと鋭く発達した犬歯がのぞく。
ここまで見れば流石に理解する。
「私、人外に転生したかぁ……」
前世で流行っていた『異世界転生もの』。冗談交じりに「転生したいわ~」なんて話を聞くことが時々あったが、まさか自分がその当事者になるとは……。
そこまで考えて嘆息したところで、部屋の扉がコンコンっとノックされる。
「は、はい」
「失礼しま……え?」
扉の外から聞こえてきたのはどこか困惑したような声。ゆっくりと扉を押し開けて入ってきたのは絵に描いたようなメイドさん。紺色の長髪に深紅の瞳。完璧な着こなしのメイド服はよく似合っている。
そんなメイドさんは、どうやらドレッサーの前に座る私を見て困惑しているようだ。
「どうかされましたか?」
「どうかって……私が起こしに来る前にヴァイオレット様が起きていらっしゃるなんて初めての事でしたので……何か嫌な夢でも見られましたか?」
私のことをヴァイオレットと呼ぶその女性は、早起きな私を慮るように穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
「は、はい……少し……」
どう答えたらいいものか分からず歯切れの悪い返事をする私に、その女性はやはり怪訝な表情だ。
「ヴァイオレット様、本当に大丈夫ですか?いつもの天真爛漫なヴァイオレット様はどうされました?」
少し揶揄うような口調で心配しつつ、いつの間にか手にしていた櫛で私の髪を梳かし始める彼女。どうやら彼女の知る私――――ヴァイオレットはもっとねぼすけで元気な少女だったらしい。
どう説明したものか。
「何か不安なことがありましたらいつでも言ってくださいな」
「じ、実は……その、昨日までの記憶がなくて……」
心底優しい声色に、思い切って打ち明けてみることにする。というより、このまま隠し通せる気がしない。どこかでボロが出るくらいならさっさと打ち明けてしまった方が得策だろう。
「――――え?」
唐突な私の告白に、櫛を動かす彼女の手が止まるのを感じる。
「……では、失礼ながら私の名前は分かりますか?」
「ごめんなさい、わかりません」
「お父様やお母様の名前は?」
「……わかりません」
「何か、覚えていることはありますか?」
「……何も」
流石に、断片的ながらも前世の記憶が蘇ったなんて言うわけにはいかない。
「ヴァイオレット様、このままで少々お待ちください」
消え入るような私の返事を聞いた彼女は、必死に平静を保っているといった声色でそう告げると血相を変えて風のような速さで部屋を出ていく。
静かな部屋に一人残された私は色々なことを思案する。
これから私はどうなるのだろうか。
そもそも、この子は私なのだろうか。
先ほどのメイドさんはどこに向かったのだろうか。
鏡に映った自分の姿を見ながら思う。
まるでお人形のように可愛らしい顔立ち。
明るい性格だったとのことだが、彼女の態度から察するに周囲の人によく愛されるような子だったのだろう。
今私がこの身体を動かしているわけだが、元々のヴァイオレットちゃんの人格はどうなっているのだろうか。
もしかして、この子の魂を乗っ取るような、上書きするような形で今私が存在しているのではないだろうか。
答えが出るわけのない、とりとめのない疑問が頭の中をぐるぐると回り続ける。
飛躍し、ループし、帰着し。
そんな思考の渦は、メイドさんが出て行ったときと同じドタドタという足音によってかき消されるのだった。
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