第5章 なかよくしなくていい!

第43話 さみしいな……

 爆破予告状を、最初に見つけたのは、桃太くんだった。

 休み時間、桃太君は、机の横にしゃがみこんで、ケシゴムと一緒に紙をひろった。

 紙をひろげた桃太くんの声は、みごとに裏返っていた。

「や、や、や、やばいよ!」


 絵里奈はあわててかけよった。

「どうしたの? 何なのその紙」

 桃太くんの手から、紙をひったくる。

 そこには、四角ばった字で、


『爆破予告状 イジメサバイバルの合宿を中止しろ。中止しないと、文化センターを爆破する』


 と、書かれてあった。

 絵里奈は、ごくりと息をのんだ。みんなの視線が、絵里奈の手元の紙に集中している。だれも声をあげない。緊張感で、空気が痛い。


「おおい、どうした?!」

 真名子先生の明るい声に、すくわれた。

「先生! これ!」

 絵里奈の表情に先生が真顔になった。予告状を受け取った先生は、きびしい顔でみんなを見まわした。

「これは、いつどこで見つけた?」


 桃太くんが、教室のすみを指さした。

「いまさっき、そこに落ちてた」

 先生は、落ちていた場所まで行って、あちこち確かめた。それから、もう一度予告状をじっと見つめた。あごに手を当てて何か考えている。

 みんな息をつめて、先生を見つめている。


 おもむろに、先生は、予告状を自分のポロシャツの胸ポケットにしまいこんだ。

「さあ、授業をはじめるぞ」

 みんな、とまどっている。

「その予告状はどうするんですか?」

 絵里奈のといかけに、先生が顔を上げた。その表情には、一ミリもくもりがない。

「大丈夫だ。おれにまかせろ」

 とりあえず、みんな、先生の言うとおり、席についた。


 教壇に立った先生は、窓の外をながめた。教室の中は冷房が効いていて涼しいけれど、外は今日も、焼けつくような暑さだ。

 先生が目を細めた。

「夏休みも後半戦だな。夏が終われば、秋のサバイバル教室が始まるし、今までいた学校に戻る者もいる。その前に、おまえたちに話しておきたい大事なことがある」

 先生は、黒板にチョークで書いた。


『みんななかよく』


 真名子先生がめずらしく普通のことを言っていると思ったら……。

 赤いチョークに持ちかえて、今書いた文字の上に大きなバツ印をつけた。

「みんななかよくしなくていい!」


 先生は、大きく手をひろげた。

「この世には、60億の人間がいる。前に『違うところ作戦』で話したように、人はひとりひとり違う。だから、気が合う相手も、合わない相手もいる。いいか? いい悪いじゃないからな。みんなに好かれるいいやつでも、自分には合わないと感じる人がいる。どんなにすばらしいやつでも、気にくわないって思う人はいるんだ」

 真名子先生の話を聞きながら、ついその胸ポケットに目が向いてしまう。

 爆破予告状……やっぱり、このクラスのだれかが。

 先生はそれを知ってて?


「全員となかよくなんて、できっこない。理解できないやつ、わけわかんないやつ、ムカつくやつがいる。どこにでもいる。教室にも、サークルにも会社にも」

 先生はひとりひとりに目をむけた。

「合わないやつがいたら、離れるんだ。離れるっていうのは」

 先生が手をのばした。

「とどかないように距離を置くってことだ。近よらないようにしろ。よけいな話はしなくていい。無視するわけじゃないぞ。先生からの伝言とか、連絡はちゃんとするんだ。必要最小限のな。それで十分だ」


 先生は教室のみんなを見まわした。

「おれはきれい事は言わない。本当のことだけを言う。はなれれば憎まなくてすむ。だれかと合わないと思ったら、そいつのことが憎たらしくなる前に、離れるんだ。それがお互いのためだ。人はそれぞれちがうんだから、好きな人がいれば、好きじゃない人がいるのだって、当然だろ。みんななかよくなんてしなくていい」

 いつもにぎやかな教室がしーんと静まりかえった。みんなそれぞれに、先生の言葉についていこうと一生懸命考えているようだった。


 沈黙をやぶったのは、桃太くんだった。

「……さみしいな」

 桃太くんの、ためいきみたいな小さなつぶやきが、みんなの心にさざなみとなって広がっていく。


 先生が、桃太くんにほほえみかけた。

「ああ。さみしいな。人はな、だれでもさみしいんだよ。さみしくても生きてる。この世の中に、自分はたったひとりだ。自分と同じ人間はいない。だから」

 先生が桃太くんの机に歩み寄った。

「ひとりひとりが違う、この世の中で、もしも。ほんのちょっとでも、なかよくなれる人がいたら、それは、ものすごくうれしいことなんだよ」

 桃太くんが顔をあげた。


 先生がうなずく。

「そのためにもうひとつ、とても大事な練習をしておこう」

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