伝説のパーティを陰で支えた勇者の弟が、異世界からきたサムライ娘を拾ったらしい

水田陽

第一章

第一部

第一話 旅の終わりについて

「フロウさん! こっちは積み終わりました!」

「ありがとうテイ、助かったよ……積み残しはなさそうだな」


 王都おうとの外れの竜車りゅうしゃ小屋の入り口。

 作業を終えて報告にやってきたハーフフットの少年テイに感謝を告げて、荷台に積んだ木箱の中身を確認しながら、俺は額の汗を拭う。


「こんな夜更けに付き合わせて悪かったな、ほら、約束のお駄賃だちんだ」

「いえいえ! ――って、こんなにもらっていいんですか!?」


 渡した布袋の中を見て、テイが目を丸くする。

 テイが言ったとおり、報酬は通常の倍ほども入れておいた。


 それにはちゃんと理由がある。

 ひとつは遅い時間に働かせてしまったことの詫びと感謝。

 そしてもうひとつの理由は――。


「そいつは口止め料だ、今夜のことは誰にも言うなよ、いいな?」

「それは……かまいませんが、フロウさん、ホントに皆さんに内緒で行っちゃうんですね」

「ああ、兄貴たちに見つかると厄介だからな」

「厄介って……何年も旅をして、ついには邪竜じゃりゅうを討伐した偉大な御一行ごいっこうではありませんか!」

「だからだよ、もう何年もあいつらの面倒をみてきたんだ、そろそろ好きにさせてもらうさ」


 思えば、ずいぶんと長旅をしてしまったものだ。


 兄貴たちと故郷ロロバの村を出て、邪竜を討伐するのに四年。

 旅を終えても事後処理は残り、さらに二年。

 合わせて六年も寝食しんしょくを共にしたんだ、当初の想定からすれば、長すぎるくらいだ。


「というか……フロウさん、ホントにお一人で行っちゃうんですか……?」

「何度もそう言ったろ? これからは悠々自適ゆうゆうじてきにやらせてくれ」

「そんなぁ……」


 手伝いを頼んだ時にその話は済ませておいたのだが、テイは名残なごりしそうな表情で見つめてくる。

 その理由は俺にもよくわかる。

 テイは俺たちが王都に凱旋がいせんして以来の付き合いだし、俺によくなついてくれていた。


 それに、何より――。


「――フロウさんがいなくなったら、誰が勇者さまたちをするんですかぁ!!」


「…………それは、その、残された皆さんにがんばっていただいて」

「あんなとんでもない人たち、フロウさん以外に扱えませんよぉ!!」


 ……まあ、こういうことだ。


 数百年に渡ってリチウ大陸の平穏を脅かしてきた恐ろしい邪竜。

 その討伐という、王国軍や異種族いしゅぞく同盟軍がついぞ成しえなかった大偉業いぎょうを成し遂げたのは、たった四人の旅人たち。


 剣士――『ほしちのアルベル』。

 治癒術士――『清廉せいれんなるユスティーア』。

 魔術師――『てなき大魔導だいまどうリノア』。

 その彼らを率いて旅に出た英雄――『大勇者カイエン』。


 その戦いはいまや吟遊詩人ぎんゆうしじんの唄となり、彼らが通った村ではその功績をたたえた祭が開かれる。

 ――しかしその実態は、の集まりなのだった。



「アルベルさま、昨日も僕のところにお金を借りにきたんですよ!?」

「貸すな。大丈夫、あいつはあれでタフだから三日くらい飯がなくても死なない」

 吟遊詩人の大陸ヒットチャート堂々の一位を誇る剣士、星断ちのアルベル。

 しかしその実態は、自堕落じだらくなギャンブル中毒である。



「ユスティーアさまは王宮の倉庫に潜り込んで来賓らいひん用のお酒を飲み尽くすし!」

酒瓶さかびんの中身を水に変えておけ、間違っても鍵をかけたくらいでどうにかなると思うな」

 勇者たちの傷を癒やし、大陸の病を払った治癒術士、清廉なるユスティーア。

 しかしその実態は、怠惰な兵衛べえである。



「リノアさまはまたどこかに行って、捜索隊が派遣されています!」

「放っとけ、五日もすれば勝手に帰って来るから」

 大陸の魔術理論を百年進めたと言われる不世出ふせいしゅつの天才、果てなる大魔導リノア。

 しかしその実態は、スーパーマイペース方向音痴である。



「カイエンさまは――なんかもう、すごすぎて一言では表せません!」

「あいつは…………もう諦めろ、俺も諦めたから」

 我が兄にして、大陸に百代語りがれるであろう英雄、大勇者カイエン。

 その実態は…………天下無双の大バカだ。


 ――バカ、ギャンブル中毒、方向音痴、大酒飲み。


 これが伝説に残る勇者御一行の正体だ。

 どうだ、すごいだろう。色んな意味で。


 ちなみに俺は裏方で、世間にもほとんど認知されていない。

 せいぜい勇者たちの後ろにいた共回ともまわり、と言ったところだろう。


「フロウさん、どうやってあの人たちを支えてきたんですかぁ……」

「あんまり覚えてない。たぶん無意識があいつらのトラブルを記憶から消したんだと思う」

「残される僕らのために、ぜひとも思い出してください……!」


 こんな四人を支えて邪竜の下まで案内した俺、それだけはすごいことをしたと思う。


 兄貴が街や村を壊しては修理費を払って。

 貯めた旅費はアルベルが賭けで飛ばし。

 リノアが迷子になるたびに滞在費がかさんで。

 残った金もいつの間にやらユスティが酒瓶に変える。


 おかげで旅の間、俺の時間はほとんど金勘定と交渉についやされたからな。


 それにしても、あのバカどもが急に「みんなを苦しめる邪竜を俺たちでやっつけようぜ!」とか言い出したときは、放っておけば野垂のたれ死にそうで心配だからついていこう、くらいにしか思っていなかったのだが……。


 まさか本当に邪竜を討伐してしまうとは、いまだに驚きだ。

 ガキの頃からとんでもない奴らだとは思っていたが……。


「……でも御一行さま、フロウさんがいなくなったら絶対に探しますよ」

「そのための口止め料だ、うまいことやってくれ」

「無茶言わないでくださいよぅ……あの人たち、フロウさんのこと大好きなんですからぁ」


 それは俺も、長年った仲間たちに内緒で出ていくことへの罪悪感というか、心残りはもちろんある。

 あいつらはそんなことを言わないだろうが、不義理とののしられたってしかたのないことだとも思う。


「――だが、それ以上にトラブルを抱えたくない気持ちの方がデカいんだよ!!」

「物思いにふけったと思ったら、急に大声を出さないでください! なんとなくわかりますが!」


 出立しゅったつのことをあいつらに伝えたら、絶対についてくる。

 しかも四人揃ってついてくる。

 そしてこれまでどおり、とんでもないトラブルを起こすに決まっている。


「というわけで、俺は突然消えたことにしてくれ」

「どういうわけですかぁ……」


 テイはひどく呆れた顔をこちらに向けてきたが、それ以上に文句を言う様子もなかった。

 そこは長い付き合いだ、俺の気持ちをんでくれているのだろう。


「まあ御一行さまと同じくらい、フロウさんも言い出したら聞かないですからね」

「やめろ、あいつらと同じくくりで俺を並べるな」


 何がイヤって、似てると言われるのが一番イヤなんだ。

 あいつらと同列で見られたくって邪竜討伐の宴席えんせきにだって参加しなかったくらいなんだから。

 ちなみに俺の予想は正しかったらしく、宴席はそりゃあ凄惨せいさんさまだったらしい。


「行くあては決まっているんですか?」

「ああ、何をするかも考えてるよ」

「あえて場所は聞きませんが――何をされるんです? そのくらいは教えてくださいよぅ」


 場所を聞かないのは、兄貴たちに問い詰められた際に口を割らないための備えだろう。

 テイは賢く気の利く少年だ。

 ……まあ、それこそ義理として、何をするかくらいは話しておいてもいいか。


「――美術商をはじめようと思ってる、昔からの夢だったんだ」


 昔から、俺は絵画や工芸品が好きだった。

 そして大陸を巡る旅をして、ドワーフやエルフ、ライカンやオークなどの多くの異種族と関わりを持ち、彼らの文化や暮らしを知る中で、その思いはさらに強くなった。

 だから今後は、そうした文化の橋渡しをしたいというのが、俺の考えだ。


「美術商ですか……あんまり金にはならなさそうですね」

「シレッと人の夢をディスってんじゃねえ」


 テイは賢く気が利くわりに、結構現金な子どもだった。


「まあいい――そろそろ行くよ」

「はい、名残はつきませんが、お達者で」


 御者台ぎょしゃだいに乗り込み、小竜の手綱たづなを握る。

 振り返ってみれば、旅人の道しるべとなる王宮の灯火ともしびが見えた。


 その灯火に背を向けて、テイに別れを告げ、俺は竜車を走らせる。


 ――故郷を出て六年。

 ――こうして俺の邪竜討伐の旅は終わったのであった。


 ……少なくとも俺の中では、終わったのであった。

 もう終わってくれ。頼むから。

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