第47話 狙う者達

「セーレ様、びっくりする程可愛いな。あのハジける笑顔。ヤバ過ぎるだろう…うん……何だ? あの男と女は邪魔だな、消えてくれないかな」


 木々が少ない山の中腹から「赤ローブを着た男」が、セーレを観察していた。


 教団関係者らしいが、赤と黒混じりの髪はドレッドヘアで「信仰心を疑われても仕方がない」ようだ。


 何やら鼻の下が伸びて、「いやらしい」目付きだ。


「不真面目ですよ、ナーブ」

「ミエか」


 少し顔のキツイ女性が「不適切な言動と行動」を注意した。


 ミエはキャリアウーマンのような「堅物な女性」という感じだ。注意を促されても「話を聞かない」ナーブに対し、教団の目的認識を擦り合わせた。


「いいですか、我らは魅力の男爵ルーサー様を信じるオラクレ様に仕えるものです。だいたい、あなたは…って……ちょっと聞いていますか?」

「やばいだろう。犯したらどんな声で喘ぐんだろう。興奮が止まらねぇ。今すぐ、縛り上げて捕縛したいな」


 ミエは、ナーブの双眼鏡を取り上げた。「おい、見えなくなったぞ」と目を丸くし、激しく抗議した。


「てめぇ、教団の祈りを邪魔するのか」

「どこが祈りですか、祈りの"い"の字もありませんでしたよ」

「これはな、大事な活動なのだ。セーレ様の口元、胸、腰、お尻、太もも、足先まで、全身を舐めるように観察せねばならないのだ」

「はい、没収しますね」


 ナーブは双眼鏡の紐に手をかけるが、ミエは側面を向いた姿勢で足を大きく前に出した。その回転した勢いで、彼の内股を蹴り上げた。「正面の木の幹」に腰を打ち付けた。


「うわーん、痛い。酷いよ。何も蹴らなくてもいいだろう」

「強気なのは、態度だけですか? この小心者の狼気取り野郎が! そんなんだから、モテないんですよ」

「黙れよ! たく、少し驚いちまったぜ」

「あら、痛みが引きました。相変らず治りだけは早いですね」


 腰に受けた青紫の打撲が引いていく。ナーブが立ち上がる頃には綺麗な肌色になっていた。体の関節をポキポキ鳴らすと、両手を横に大きく広げた。


「趣味が悪いので、腹も隠してもらえませんか? 不愉快なんですけど」

「わかんねぇかな、そこそこの腹筋を見せることで、魅力に繋がることもあるんだぜ」

「はいはい、そうですか。わかりましたよ。それで、今回の我らの目的は何ですか?」

「わかってるに、決まってんだろう。あの付き人みたいな金魚の糞を処分して、セーレ様を辱めるんだろう」


 ミエは憤慨し、ナーブを何度も蹴った。顔を蹴らせないように、必死に両手でガードした。


「違います!! 一部しか合っていません」

「痛いよ。ふぅ、治ったな。えっ…合ってなかったか……」

「もう一度言います。正座してください」


 ナーブは着崩れた服のシワを伸ばしながら、砂を手で払った。地面の大きな石を手で左右に投げて退かす。そして、手で軽くならすとその場で正座した。


「聞く姿勢になりましたね。宜しい。では、もう一度言います。まず、男を処分。セーレ様を動揺させます。次に女を拘束し、セーレ様の不安を煽ります。最後に、貴方が後ろからセーレ様を拘束し、この睡眠薬を飲ませて完了です」

「はい、質問です」

「どうぞ、ナーブくん」

「事前情報だと、セーレ様に睡眠の類は効かないとの情報を聞いていますが、それは問題ないのでしょうか」

「良い着眼点です。では、睡眠は効くと返答します。なぜなら、能力者は心を乱されると能力が発揮しづらくなるとの情報提供者から事前情報があります」


    



◆◇◆◇


 ミエを先生とし、ナーブに対する講義は3時間に及ぶ長丁場となった。気がつけば、薄らと暗くなっていた。


「ホホ…ホホッホホッホー……」とオスのフクロウが縄張りを主張し、彼らを警戒していた。


「足、痺れた。俺に痛みをくれ、ミエ頼む。もう終わりにしてくれよ。この通りだから許してくれ」


 ナーブの下半身は麻痺し、膝が笑い、足がガクガクと震えていた。両手で前屈みになり「非常に辛そう」な表情だ。


「おっと、夢中で気が付きませんでした。失礼しました。では、これにて終わりにしましょう」


 ミエの話が終わると、ナーブはうつ伏せに倒れた。膝が動かず、足の先端の「血の巡りも悪く痺れて」思うように動かせない。左右の手を使いながら、アザラシのように前に進んだ。


「あら、可愛らしいでちゅね。さぁさぁ、あと少しですよ。頑張りましょう。ほらほら、もうひと頑張りですよ」


 ゆっくりと確実に前へと進む。

 

 ミエは手拍子で彼を勇気付けた。痙攣しながらも負けじと、懸命に両足をピクピクさせながら前に進んだ。


「後、少しですよ、頑張りましょう」

「俺は…前に進む」


 ミエの足元に着くと力果て、その場にうずくまった。彼女は、大きな拍手で出迎えた。


「よくできましたね。ナーブくん。これはね、ご褒美でちゅよ」


 体を前方に傾け、左足の片足1本で、全体重を支えて勢いをよく、右足を振り下ろした。


 その強烈な右は、彼の「顔面に炸裂」した。

 再び、同じ木の幹に腰を打ち付けた。


「…」

「どうでしたか? これで治りも早くなりますよね」

「治ったぜ。助かったよ」

「どういたしまして」


 ナーブは立ち上がり、ミエと共に「山の中腹から林の奥深く」へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る