第31話 自分勝手な連中

 白煙が上空に広がり、血が飛び散る。周囲には、焦げた匂いが漂い、肉片も草原へ散らばった。赤く色づいた葉先を見るセーレは、膝を付き、兄を助けられなかった後悔が募る。


「…お兄ちぁ……」


 ―――突然、腹部を足で蹴られる。


 体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。腹部に受けた槍の貫通箇所に痛みが走る。


 あまりの強い衝撃に吐血した。


「ハハハハ、いい気味だな」

「テマ、貴方は……」


 うつ伏せの倒れた状態で顔を上げ、睨みつけた。


「そうだ、その目だ」


 待ちに待った瞬間と饒舌になった。


「お前には、恨みや憎しみの心が足りねぇんだ。さぁ、もっと感じさせてくれよ。セーレ! 邪魔者も消えた、お前の見っともねぇ悪足掻わるあがきを。アタシにだけ向けろ!」


 ―――セーレは、目を瞑る。


 必死に自身の感情を押し殺すかのように、地面に生えた緑の雑草と土を両手で強く握った。


「…(テマ、優勢思考も自分勝手。私は、お兄ちゃんの死なんて望んでいないのに……)」


 ―――しかし、誰もその「不合理を咎める人」はない。


 セーレは、不合理を呪った。だが、呪う気持ちを思う中に、兄との別れ際の言葉がふと蘇る。


「セーレ、お前が自由に生きると決めたんだ。この先は、好きに生きればいい。けどな、人を恨んだりしてはいけない。負の感情は、必ず連鎖する。それを覚えおけよ。では、体に気をつけてな」


 私を「アーネス」へ託したとき。

 兄から戦場へ行く私への「花向け」の言葉。

 その言葉を思い出しても「憎しみ」は消えない。

 肉親が「目の前で殺された」のだ。


「くぅ…許せな……」


 今すぐにでも、こいつらを「血祭りに上げられたら」と何度想像したことか。その想像と兄への思いで、感情をぶつけ合った。


 この感情に名前を付けるなら、「倦怠感」だ。

 

 セーレは、静かに目を開けた。その目は、恨みではなく、憐れみの眼差しだった。

 

「何だよ、その目は」

「…」


 ―――もう、どうでもいい。

 

「お前、アタシを馬鹿にしてるのか?」

「…」


 ―――あら、わかった。

 

「お前は、いつもそうだ。初めて会ったときも、王城での神器奪取のときも、戦時下のときも、その目がムカつくんだよ!!」


 ―――ムカつく? …それを……お前が。


 テマは、セーレの目に狙いを付けた。槍の先端を下にし飛び掛かる。


 ―――言うのか!!


「終わりだ、セーレ!」

「何が終わりよ! 言い掛かりや自分勝手なことばっかり、ふざけないでよ!!」


 感情の起伏が激しく、情緒不安定だった。


「弾け飛びなさい!」


 テマの左眼球から血が流れる。


 強烈な痛みで、槍を手離した。右手人差し指と中指で痛みがある箇所を覆う。右目は動くが左目の感覚がなく、黒く塗り潰されたようで何も映らない。


「このヤロー。私の左目を潰しやがったな」

「ふふふ……」


 テマは激昂した。


 ―――と左足を踏み込む力を利用し、右足で蹴る姿勢を取った。その状態から、全身を使って体重を軸足に込めた。蹴る標的は、セーレの顔面だ。


「お待ちください、テマ様」


 横槍を入れたのは、見えざる優勢思考のサーメスだった。

 彼女は洗脳の力を行使し過ぎで、うつ伏せに倒れ気絶した。


「話が違うではありませんか。御顔はダメです」

「あぁーん、急に後ろから声掛けんなよ。アタシに指図すんなよ」

「我が教団の御神体となる御方です。これ以上の愚行は、契約違反です」


 テマとサーメスが言い争う。


 2人の暴言が飛び交うのを無視しながら、セーレの側まで近寄る男の影が1つ。

 彼女の兄を爆死させた教団のマーガルであった。彼は、両肩を両手で掴み、うつ伏せから仰向けに寝かせる。


「御美しい。近くで拝見しても端麗たんれいな御顔立ちで、妖艶ようえん。体つきは、見目麗みめうるわしい。素晴らしい、楚々可憐そそかれんな高嶺の花のような女性だ」


 赤のローブの内ポケットから白のハンカチを取り出し、セーレの顔に付いた土埃、口元の吐血跡を綺麗に拭き取った。


「我が崇拝するのは、爆発の女王シルカ様だ。だが、洗脳の女王セーレ様も負けず劣らず、非常に良い。御二人とも崇拝……、おっと、いかん…いかん……教団の教えに反する」


 マーガルは、ハンカチをローブの内ポケットに戻し、セーレを放置した。そして、後方にいるサーメスとテマの口喧嘩の仲裁に入った。


「うるせぇな、セーレはアタシだけのもんだ。手を出すんじゃねぇよ」

「何を仰っているのか、意味がわからない。貴方様の所有物ではない。我々の神セーレ様は、教団に戻りたいと懇願されているのだ」

「サーメス、テマ様。一旦、冷静になりませんか?」


 マーガルが、2人をなだめるも意見の対立、すれ違いで平行線だ。


 ―――そのとき。

 

 草原を猛スピードで走る赤い鉱石で錬成された馬とバイクが、こちらへ近づいてきた。


「…優勢思考の教団連中か……!? あいつら、セーレに何しやがった、絶対に許さねぇ!!」


 マークは、バイクに乗りながら片手離しで、トンファーのグリップを握った。近くにある2つボタンの青を押し、サーメス達へ投げつけた。


「あのバイクは!」


 テマは、何かの危険を察知。

 神器の力で高く跳び上がり、後退した。


「何だ、これ?」


 トンファーが地面に転がる。


 サーメスとマーガルの足元で止まった。不思議そうな顔で呆然とした。

 

 ―――直後。

 

 トンファーのシャフト先端から放電現象が発生した。


「あばばばば……」


 2人は感電し、その場に倒れ込んだ。


 バイクと馬は、セーレの元に到着。すぐに、マークは彼女の右手にある黒のグローブを掴んだ。

 

「逃げるぞ、ビィシャア!」

「はい!」


 セーレの右手グローブリストにある紐を引っ張った。青の光が溢れ始める。螺旋状となり、3人が包まれていく。


 その光を見たテマは行かせまいと、鬼の形相でこちらへ走り向かってくる。


「アタシの楽しみを邪魔するんじゃねぇよ!!」


 落ちていた石を拾い、青い光へ投げる。しかし、セーレを拘束していた岩に突き刺さるのであった。

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