第6話 祈りを送る

「忘れ物もなし」

「アンタの顔はもう二度と見たくないね。さっさと行ってくれ」


 ヘーゼルは手を「ぷらぷら」とさせる。セーレの顔を見ずに、横目で視認する。


「一緒に戦えないのは残念だけど、それがあなたの選択なら私は、その意見を尊重します」

「何だい、柄にもない言葉なんて使ってよ」

「うふふ、どう? 知的に見えた。じゃあね、ヘーゼル。体には気をつけてね」

「お前も気をつけることだね」


 右足を掴む、可愛らしい少女が手を振った。

 

「じゃあね、黒髪の綺麗なお姉ちゃん」

「ありがとう、ミーアちゃん。さようなら」


「私の旅」が始まる。ここが最初の一歩。まだ見ぬ「戦いと出会い」が私を待っている。


 ―――って言わせねぇよ。


「ちょっと待った。歩くの早いよ。待ってよ、セーレ。やっと、ヘーゼルさんからの治療終わったのに、何で、先に行っちゃうんだ」

「どちら様?」

「名前覚えてよ、マークだよ」

「もー、しつこいわよ。いつまで着いてくるつもりなの」

「それは、暫く君と旅を共にしたいんだって、あれいない。待ってくれ。着いてくるなって言っても、着いていくからな」


 ―――マークは、セーレの後に続くように、追走する。


「ふぅ、しつこいわね。もー、いいわ。勝手にしなさい」

「そうか。宜しくな、セーレ」


 ふいに、右手を前に出す。

 

「その手は何?」

「何って、握手だけど」

「ヘーゼルの家まで、連れて行って、もらったことは感謝するわ。けど、そこまで、あなたと馴れ合うつもりはないのだけど」


 マークは、納得した様子でポケットから地図を出し広げた。


「次の目的地は、ここの赤印」

「そうね、ちょっと待て。まだいたのね。そこの草むらで様子を見ている1人出てきなさい」


 観念したのか、黒衣装の男が現れた。


「あなた、暑そうな格好ね。その服、暑くないの?」

「お前が見えざる断罪者セーレだな」


 ―――知らん顔し、何も返事がない。

 

「おい、何とか言ったらどうなんだ?」

「人違いじゃないかしら、私は黒髪で黒目です。何かの間違いではありませんか」

「嘘をつくな、私は見たんだ。あの筋肉婆さんとお前が一緒にいて、その時は銀髪と赤い瞳だった」


 何だよ、バレてたのか、と目を閉じる。

 

「見られていたか…なら手加減なしね。もう怪我も治ったし私の力も全開よ」


 セーレはマフラーを取り、黒髪、白髪から銀髪へと移り変わる。それと同時に、黒から赤い瞳になった。


「残念だけど、貴方の記憶は消させてもらうわ。まずは動きを止めよ。Freeze!」

「ぐぅ、何だ、この力は全く動けない。先輩方はあんなに動けていたのに」


 拘束された相手。能力は回復して「バッチリ」だ。

 

「さぁ、終わりよ。貴方の記憶を消させてもらうわ。邪念を払え。Memory erasure!」

「ぐ…そんな……」

「そう、昨日死んだのは、イールとエイトっていう名前なの。名前がわかって、良かったわ。ありがとう」


 黒衣装の男は、その場に倒れ込んだ。セーレは、銀髪から白髪に戻った。

 男の衣装を脱がして、木の影まで運べと指示を出した。それに従って、指定の場所まで運ぶ。男の顔を見ると、恐らくマークと「同い年くらいの若さ」と思われた。


「コイツも今日から無職か、俺と一緒だな」

「ちょっと、ふざけてないで、木の影に置いたら、さっさと、この場所から移動するわよ」


 元いた場所から500mくらい離れた場所で立ち止まった。


「ちょっと作業するから、周囲を見張ってて」

「わかったよ」


 セーレは、左手の蛇の刺青に触れる。一冊の本が現れた。それを開き、備え付けの「インクペン」で名前を書いた。


「イール、エイト。あなた達の死は、無駄ではありません。私も祈ります。どうか安らかなるときをお過ごしください」


 本を地面に置くと、目を閉じ合掌した。5分くらい同じ姿勢を保っていた。祈りが終わると、開いていた本を閉じて、また左手を押し当てた。瞬く間に、本はその場から消失した。


「セーレはいつも祈っているのか?」

「見ていたのね」

「あぁ、ちょっと気になってな」


 祈りが様になっている。その姿が気になり、マークは質問したようだ。

 

「いつもではないわ。名前がわかったときだけ、祈るように決めているの」

「なぜ、祈るんだ? 君は言論の自由を勝ち取るため、多くの死と向き合ってきた筈だ。悪人に狙われるのは慣れていると思うし、はっきり言って全部祈っていたら疲れないか」


 可愛らしい微笑みで、返答した。

 

「ふふふ」

「え…可笑しなことを言ったか……」

「いえ、あなたの言っていることは正論よ。でもね。私はあなたが思っている程、強い人間じゃないってこと」


 弱いって、3年も牢屋にいたのに、と訳がわからん。

 

「それって…つまり……」

「えぇ、話は終わりってこと。さぁ、次の目的であるクライの研究所まで向かいましょう」


 セーレは立ち上がる。吹っ切れた顔で、迷いなく、真っ直ぐ歩き出した。


「道、間違えてるよ」

「もん、偶々よ。指摘するなら、あなたが先導しなさいよ」

「はいよ、先導しますよ」


 マークは、彼女の前に立ち、地図を広げて歩き出した。



 

◆◇◆◇

 

「そういえば、ヘーゼルさんの家は、どうして迷いなく行けたんだ?」

「それは、彼女特有のオーラを追っただけ」

「オーラ?」

「そう。あの家、霧を生成していたわよね。あれが、私達だけが見ることができるオーラなの」

「ヘーゼルさんは最初から仲間を治療するつもりで……」

「そうよ、聞かん坊なのよ。あの魔女は。さて、話は終わり。無駄話してる時間はないわ。先を急ぎましょう」

    



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