第3話 癒しの力

 暗殺者の一人が、セーレに狙いを定めた。慣れた手つきで、ナイフを構える。

 セーレは火傷を負った足で逃げることもできず、車椅子に乗ったまま。思考の余裕すらない。


(逃げられない…動けない……どうしよう……)


 焦りが彼女の脳内を支配した。


「わ、私よりヘーゼルを狙ってよ! …仕方ない、力は落ちるけど、動きを止めるしかないわね。Freeze!」


 彼女は掌を前に突き出した。

 すると、暗殺者たちの動きがピタリと止まった。

 利き手から、ぽろりとナイフが落ちる。


「すごいよ、セーレ!」

「くぅ…やはり、リスクが高いわね……」


 セーレは額から汗を流していた。

 その姿を見て、マークは息を呑む。


(どれほどの負担が、この力にかかっているんだ……?)


 だが、暗殺者たちも諦めてはいなかった。拘束を振りほどこうと、力任せに体を動かし、少しずつセーレへと詰め寄る。


「危ない!」


 マークは車椅子の取っ手を手放し、身を盾にしようとした。

 だが——セーレはかすかに笑い、彼に向かって首を横に振った。


「あなたは、もう豚じゃないの。守ってもらう必要はないわ」


 その瞬間——セーレの髪が、白髪から銀髪へと変わる。

 そして、深紅の瞳が暗殺者たちを捉えた。

 マークの体が勝手に動く。


「っ……!? なんだ、足が……!」


 彼の意思を無視し、足が勝手に前へ進む。そして、木の根元に座り込んでしまった。


(…守らせてもくれないのかよ)


 暗殺者たちは、背中の刀を引き抜いた。そして——セーレの体へと突き立てる。刃は胸部、腹部、肩付近に命中した。

 しかし——貫通はしていなかった。


「…ごふっ……誰の命令か知らないけど…なぜ、私を狙うの?」

「俺たちはただの雇われだ。理由なんざ知らん。金のために、お前は死ぬんだよ」

「そう……あなたたちも囚われた豚なのね……」


 セーレは血を流しながら、それでも拘束の力を使い続けた。

 暗殺者たちは刀の柄に力を込め、さらに深く刺し込もうとする。

 車椅子が倒れかけるが、セーレは火傷した足で踏ん張った。


「…ねぇ、ヘーゼル。あなたも……考えることをやめてしまったの?」

「お前には関係ないことだ」

「…三年間、何があったのかは知らない。でも…あなたは、もっと輝いていたでしょう? 自分の意志で物事を決めていたでしょう?」


 ヘーゼルは目を細めた。


「…ふん、小娘が言うようになったじゃないか。だがな…どんなに行動を起こしても、何をしても……結局、無駄なんだよ。」

「…笑わせないでよ……! 私は三年間、手に入れた力をどう使いこなすか、ずっと考えてきた! だから…あなたの意志を動かすくらい、容易いはず……」


 そう言って、彼女はヘーゼルを洗脳しようとした。

 しかし——力が働かない。

 血が流れすぎているせいか、身体が言うことを聞かない。


「まぁ、その状態じゃ無理だろうね。残念だったな。私に付き合うほど暇じゃないんだ。そこで死ぬのも、お前の運命だ」


「…私は……諦めない……」


 セーレは力を振り絞り、最後の説得を試みた。


「考えるのをやめて、言われるがままに生きるのは、ただの豚よ……! あなたは、豚じゃないでしょう!? そうでしょう、ヘーゼル!!」


 ヘーゼルの拳が震えた。


「…だがな……」

「私は知ってるんだから! あなたがショタ……」

「うぉぉりゃああああ!!!」


 ヘーゼルが叫び、斧を振り下ろした。


 暗殺者たちの頭が、吹き飛ぶ。血が飛び散り、地面に臓物が転がった。

 瞬く間に戦いは終わった。


「…やればできるじゃん。ヘーゼル」

「へっ……うるさいね、泣き虫セーレ」

「…はは……」


 セーレは前へ倒れた。

 血だまりの中、彼女は静かに気を失った。

 同時に——髪色も銀髪から白髪へと戻っていく。

 その瞬間、マークの拘束が解かれた。


「セーレ! おい、死ぬな!」


 マークは駆け寄るが——

 

「男のくせに、うろたえるんじゃないよ」


 ヘーゼルが冷静に言い放ち、セーレの首を押さえ、鎮静剤を口に流し込む。


 そして、両手をかざすと——暖かな青い光が発生した。

 掌を傷に沿って滑らせると、みるみるうちに傷跡が塞がっていく。

 火傷もすぐに瘡蓋となり、治癒が進んでいく。


「…ふぅ。応急処置はこんなもんかね」


 ヘーゼルは息をつき、マークに言った。


「さて、マークだったか。本格的に治療するから、セーレを家まで運んでくれるかい?」

「…わかりました」


 マークはセーレを両手で抱え、ヘーゼルの家へと向かった。


◆◇◆◇ヘーゼルの家へ


 1LDKの部屋だった。

 しかし、壁の棚には無数の怪しげな瓶が並び、奇妙な動物の骨も飾られている。

 

(…ここ、本当に家か?)


 マークが不安を覚えていると、ヘーゼルが治療の準備を始めた。

 抜歯鉗子、メス、その他の医療器具をトレイに並べる。

 すると、マークが問うた。


「…あなたたちは、人智を超えた力を持っていますが……一体、何者なんですか?」


 ヘーゼルは手を止め、少し笑って言った。


「何者か、ね……」


 彼女は、横たわるセーレを見つめる。


「…まぁ、私たちも能力に目覚めるまでは、ただの普通の人間だったよ」


 そして、こう続けた。


「…セーレと私はね——呪われた者なんだよ」

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