第3話 癒しの力

 暗殺者の1人は、セーレに狙いを定めた。慣れた手付きで、ナイフを投げようと構える。

 彼女は足の火傷で、逃げられない。車椅子で自由もない。思考の余裕もない。ない3拍子が揃い、少しパニックになった。

 

「わ、私よりヘーゼルを狙ってよ。うーん、仕方ない。力はだいぶ落ちるけど、動きを止めよ。Freeze!」


 掌を前に突き出した。3人の暗殺者は、硬直し動かなくなった。利き手から「ぽろり」とナイフが落下した。


「すごいよ、セーレ」

「くぅ、やはり、リスクが高いわね」


 セーレを見て驚愕した。額から、おびただしい汗が流れる。車椅子に座る彼女は、どれ程無茶をしているのか、マークには想像もできなかった。しかし、暗殺者達も諦めない。拘束を無理に解こうと、力技で彼女に詰め寄る。


「危ない!」


 マークは車椅子の取っ手を離した。彼女を守ろうと壁になる。その様子を見て、少し笑みを浮かべた。そして、男に向かって、首を横に数回振った。


「あなたは、もう豚じゃないの、守ってもらう必要はないわ」


 セーレの髪が、白髪から銀髪に変わる。視線は、深紅の目に注目が集まった。睨みつけているのだが、どこか優しい顔をしている。

 マークは彼女の力に操られる。足が自分の意思と反対方向に進む。本人の意思は無視され、止められない。やっと、足がお目当ての木に到着。体育座りでしゃがみ込んだ。


「…(守らせてもくれないのかよ)」

 

 暗殺者達は、背中の刀を掴む。真正面のセーレに、刃を突き立てた。胸部、腹部、肩付近に命中。かろうじで「深く刺さらず」貫通もしていない。


「…ごふ、誰の命令か知らないけど。貴方達は、なぜ、私を狙うの?」

「狙う理由は知らん。金のために死んでくれ」

「そう。貴方達も囚われた、豚なのね」


 血だらけになりながらも、懸命に拘束の力を行使する。セーレ暗殺を達すべく、刀の柄に力を込めた。前進する者に抗うべく、弱々しくも相手を拘束。座っている車椅子が倒れそうになるが、火傷した足で懸命に踏ん張った。

 

「ねぇ、ヘーゼル。貴方も考えるのを止めてしまったの?」

「お前には関係のないことだ」

「3年の間、貴方に何があったのか、私は知らない。けど、3年前の貴方は、今より輝いていたし、物事は自分の意志で決めていたでしょう」


 過去の自分に訴えかける。何とか説得したい物言いに、少し考えてから返答した。


「ふん、小娘が言うようになったじゃないか。だがな、あんたも年を取ればわかるさ。結局、どんなに行動を起こそうと、何をしても無駄だとね。私は疲れたんだ」

「疲れた? 笑わせないでよ。私は3年間、手に入れた力をどう使いこなすか、檻の中で、考えてきたのよ。貴方の意志を動かすぐらい容易い筈よ。貴方も私の力で……」


 洗脳の力が働かない。相手を拘束できず、流れる血も多くなった。


「まぁ、そのなりじゃ、無理だろうね。残念だね。あんたに付き合う程、暇じゃないんだ。そこで、暗殺者に仕留められるのも人生だよ」

「私は、諦めない。だから、もっと頭を働かせてよ。無理なんて、言葉で現実から目を背けないでよ。輝いていた、あの時の貴方の姿を見せてよ。お願いだから、私を落胆させないでよ」


 悲壮感を態度で抗議した。月の光を受けても、老いた石では輝くのは不可能。物事の境界線も決めた。しかし、後悔の裏に隠された栄光がくすぶる。心の皮が剥がされそうになった。


「考えないで、言われたことに従うのは、囚われた豚と一緒よ。貴方は豚ではないでしょう? そうでしょう、卑しい魔女の聞かん坊、ヘーゼル!!! 脳みそまで、筋肉に侵されたか、クソババア」

「だ…がな……」

「私、知ってるんだから。貴方がショタ……」

「うぉぉりゃあああ」


 ヘーゼルは、暗殺者達に斧を振り下ろした。斧の攻撃を受けて、皆死んでしまった。血の池が溜まり、臓物が転がった。


「やればできんじゃん。聞かん坊のヘーゼル」

「へ、うるさいね、泣き虫セーレ」

「ハハハ……」


 セーレは前方に倒れた。滴る血液の上で、眠るように気を失った。髪色も銀髪から白髪頭に戻った。

 マークの拘束が解かれ、俊敏な動きで彼女に駆け寄った。


「セーレ! おい、死ぬな!」

「男のくせに、狼狽うろたえるんじゃない。こんな傷。私から言わせれば、ただのかすり傷さ」


 ヘーゼルは、セーレの首を抑えて、鎮静剤と水を飲ませた。少し深呼吸した後に、刺し傷や切り傷に両手をかざす。暖かな「青い光」が発生した。段々と手も青く色付いてくる。掌を傷に触れ、なぞる。みるみる傷跡が塞がっていく。足付近の火傷も瘡蓋となり、すぐに治癒された。


「ふぅ、応急処置はこんなもんかな。さて、マークだったか。本格的に治療するから、セーレを家まで運んでくれるかい」

「はい、わかりました」


 マークはセーレを両手で抱え、ヘーゼルの家まで運んだ。案内されたのは、1LDKの1部屋の間取り。怪しげな瓶が複数棚に飾っており、奇妙な動物の骨も飾られていた。


「さて、やるか」

 

 ヘーゼルは手際良く、治療の準備を始めた。抜歯鉗子、メスなど治療器具をトレイの中に入れた。準備が整い、マークに指示をする。


「…(大丈夫かな?)」

 

 セーレを中央の台に寝かせた。マークは、ヘーゼルに尋ねる。


「あなた達は人智を超えた力をもっていますが、一体何者なんですか?」

「何者か? なんだろうね。まぁ、私とセーレも能力に目覚めるまで、普通の一般人だった。セーレと私はね、呪いを受けた者達なんだよ」

  



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