第1話 反撃の狼煙

「…やっとだ。力が溜まるのを感じる」


 ドブネズミが『チューチュウ』っと鳴く。床はタイルでひんやりと冷たい。至る所で隙間風も吹き、冬であれば寒すぎて寝るのも辛い。ここは、A級犯罪者の無期懲役刑監獄。


「…(美人の女性囚人かぁ、ツイてるな。おっと、看守の仕事モードを意識せねば)」

 

 夜の月明かりに照らされて、微かに歩く人影が見える。その人影は古びた扉を開き、木の椅子に腰を掛ける。鉄格子を1回叩き、手に持ったトレイを中に入れた。かぴかぴのパンと汚いコップに注がれた水が載っていた。


「ほら、食べろ」

 

 ある牢屋の中、白髪の若い女性が看守の青年に尋ねる。


「今日で投獄されて何年になるの?」

「囚人との会話は禁止されている、さっさと食べてくれ」

「正解は、ここに来て3年でした。どうせ暇だしもっと喋ろうよ。ねぇ、食事を取りたいからこの目隠し取ってよ」

「お前はA級犯罪者だ」

「ケチ」


 牢屋の中は、木のおまるとゴザが敷いてあるだけだった。衛生環境も悪く、退屈な日々を過ごし、牢屋の中はかなり臭い。懲役もないし楽なのだが、この『特殊な目隠し』の責で何も見えない。衣服はボロボロ、歯も偶にしか磨けないので歯が何本か抜け落ちている。


「その目は危険だ、決して目隠しは取るなよ」


 看守の後方からチョビ髭の太ったおじさんが現れた。このおじさんは、監獄所長を任せられた男。


「全く見てくれは良いのに、変な能力がなく潮らしい態度でいれば愛人ぐらいにはしてやったものの」


 ここの組織は腐っている。暴力、賄賂、売春何でもありだ。特にこの所長は自分が得する為なら、手段を選ばない。労働環境は最悪だが、雇われる人も職場を選べる立場ではない。


「お前は、この女が不審なことをしないか監視すればよいのだ、いいな」

「は、承知しております」


 チョビ髭所長は乱暴に扉を閉めた。また看守と白髪の女性の2人だけになった。


「ねぇ、あなたはこんな世の中おかしいとは思わないの」

「さっさと、食べてくれ」

「なんで、あんな男に従っているの?」

「…」

「あなたは不思議に思ったことはないかしら。なぜ、3年前に言論の自由が禁止されたのか疑問に思ったことはないの」

「…」

「全く、あなたは唯の豚なのね」

「なんだと……」


 看守は乱暴に牢屋の柵を拳を握り叩いた。叩いた衝撃で皮が切れたのか血が滲んでいる。


「黙れ、お前に話すことはない」

「…」

「俺だって好きでこんな仕事してる訳じゃない」

「そうなの、大変だったのね」

「あぁ、大変さ。あの所長にこき使われて、おまけに低賃金。やってられねぇよ」

「そう、それで」

「…あのヤロー……。いや、喋り過ぎた」

「ありがとう、私はセーレっていうの。看守さん貴方の名前を教えてくれないかしら」

「セーレか、まぁ名前くらいはマークだ。話は終わりだ、さっさと食べてくれ」


 少し笑ったような気がした。その笑みは可愛らしい若い女性だった。看守は少し頬を染めた。食事が終わり、早々とトレイを片付けた。


「やっと準備もできたし。ねぇ、この生活もそろそろ飽きたの。そろそろ出るね。今こそ自由を。Follow me, pig!」


 女性は、看守に対し唇を舌で舐め妖艶な手の動きをした。何やら不吉な力が、目隠しから流れ出ているようだ。


「え…何をした……?」


 看守の体が勝手に動き、持っていた牢屋の鍵を開ける。


「さぁ、私の目隠しを取りなさい」

 

 看守は女性に近寄った。大きな声を出したくても声が出せない。目隠しを取ると、真紅の瞳で綺麗な顔の女性だった。


「さて、看守さん。貴方はこの牢屋に火を放ちなさい。あぁ、あなたの記憶を読んだわ。他にもお友達がいるようね」


 セーレは白髪から銀髪に髪色が変化していく。それと合わせるように扉が開き、男4人が入ってきた。


「男5人か充分ね。さぁ、貴方達仕事よ。複数の牢獄に火を放ちなさい。勿論、火を放つと同時に全ての囚人を逃がしなさい」


 看守達は、火を放ち牢屋を開けながら、囚人を逃した。火の中を笑いながら裸足の女性が歩く。


「聞け、豚共! 今こそ反撃の狼煙を上げるとき。貴方達は自由なの、何かに囚われて良い筈がない。私が導く、さぁ私だけの言うことを聞きなさい」

 

 彼女に従う看守の数が増えていく。チョビ髭所長が、錯乱状態でその場に立ち尽くしていた。

 

「なんだ、どうなっているんだ。私の監獄が……」

「見つけた」

「お前は銀髪、赤目…見えざる断罪者なのか……」

「久々に聞いたわ、私の2つ名。ところで、私、花火が見たいの。ちょっと、コレもって火の中に飛び込んでくれるかしら」

「…誰がそんなこと、ぐ……」

「いいから、行け。貴方のしたことは死に値する行い。死ぬことでしか償えないの」

「そんな、私はこの監獄所長だぞ。誰か助けんか」


 燃え盛る収監所に向かい、チョビ髭所長は走り出した。


「さぁ、皆様。勇敢な彼に敬礼」

 

 チョビ髭所長を取り囲むように、看守は皆敬礼をする。炎が迎えるように全身が包まれる。

 

「うぎゃあああああああああ」

「えっと名前なんだっけ、私、人の名前覚えるの苦手だから」


 燃え盛る火を眺める彼女の名前はセーレ。かつて言論の自由のため、戦った者である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

†銀髪の居城† -condemner of heart- 凧揚げ @kaitoQQQQQ

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画