第6話
私のもう一つの目的。
わざわざ憎い秀平さんと共にパーティーへ参加したのも、この目的があったからだ。
私が、この二度目の人生で幸せになるために必要なことのひとつ。
お金だ。
――なんだ、結局金かよ――と軽蔑されるかもしれないが、以前の私の晩年は秀平さんにお金を食い潰されて、ほぼ無一文、いやそれどころか借金まみれだったのだから。
まずは資金を作ること、それも多ければ多いほど良い。それには投資が一番だと思う。
なぜって? そんなこと、ここで言わなくてもわかるわよね。
私は、一人で会場を歩き探していた。
おそらく目当ての相手はこの辺りに……いたいた。
その小部屋には、何人かが集まって語り合っていた。そこはまだ無名の若者がいつも集っている部屋だった。地位も名誉もなく、もちろんお金もないけれど、アイデアと構想がユニークで情熱と向上心には長けている若者だ。そう、若き日の秀平さんのような人々。
私がドアを開けたことで、何人かが驚いてこちらを注目していた。
私はその中でも一番の年少である辰巳瞭に注目した。
視線を合わせると、彼はキョロキョロと周りを見回した。まるで自分なんかに声がかかるとは思っていない様子で。
私は微笑みながら近づいた。
「少し、話をしても良いかしら?」
「は、はい」
私は辰巳瞭を部屋の片隅へ移動させ話をする。
「は、はじめまして、香澄さん」
緊張のせいか、声が若干震えている。
「そう、会うのは初めて……だったかしら、まぁいいわ。単刀直入に言うわ、あなたのプロジェクトに投資をさせていただこうと思っているの」
「えっ、本当ですか? なにかの間違いとかドッキリとかではないですよね?」
「そんなわけないでしょう、事実よ」
「でも、僕のプロジェクトをご存知なんですか?」
「えっと、詳しいことはまだ……将来性を感じるのよ」
「そんな、簡単に? ならば、何か条件があるのですか?」
「条件?」
「たとえば、失敗したら倍返しとか」
ふっ、ふふふ、若いって面白いわねぇ。
あぁ、でも、そうよね。私は辰巳瞭のこのプロジェクトが失敗することがないって知っているから笑えるけれど、彼にとっては切実な問題なのよね、自分が成功するか失敗するかは。
「大丈夫、そんなことはないし、詐欺でもないわよ」
そう、私はすでに知っているのだ。この若き辰巳瞭のプロジェクトはこの先大きな発展を遂げ、投資をすれば莫大な資産になることを!
「それなら、有り難いお話です」
少しだけ緊張が解け、笑顔が窺えた。
「詳しい話は、後日ゆっくりとしましょう。それでは、また」
他の若者がこちらの話に耳をそばだてているので、それ以上の話は出来ず今日はここまでとしたが、感触は悪くない。
私は気分を良くして、その部屋を出た。
ドアを開けると、すぐそこに松平くんがタバコを吸っていた。
「えっ」
偶然? それとも……私がこの部屋にいることを知っていた?
視線を合わせても、どちらかはわからなかった。
どうしよう、声をかけるか、このまま通り過ぎるか。
迷っている私に、驚いたことに松平くんから話しかけてきた。
「なぜだ?」
ぶっきらぼうな一言だったので、続きがあるものと待っていたのに、それ以後は話そうとしない。
「なんですって?」
「なんでそんなことをするんだ?」
「えっと、そんなことというのは?」
松平くんは、ふぅっとタバコを吐き出しゆっくりと火を消した。まるでこれから喋ることを整理しているように。
「今日の香澄さんは、いつもと違う。まるで別人みたいだ」
「そうかしら」
出来るだけ前世の私のように振る舞ったけれど、松平くんにはわかってしまうのね。
「木暮社長に反抗したり、今も、一人で投資の話をするなんて。それに……」
「それに?」
「……わたしなんかに、優しくするなんて」
最後の言葉は、なぜか小声で言うものだから、私も反応に困ってしまう。
私の本音を言うのならば――
私は、秀平さんと正式に離婚をして、松平くんと一緒になりたい。
ただ、そこに至るまでにはやらなければならない事がたくさんある。
この世界で松平くんと幸せになるためには、修正しなければならないこと。
前世で悲惨な目に合った私の家族を救い、浪費された資金を守りさらには増やしていく。
そしてそれを、秀平さんに悟られないようにしなければならない。もしも気付かれたらきっと、どんな手を使っても――たとえば法を犯しても――妨害してくるだろうから。
敵を欺くためには、まずは味方から。
「それは……秀平さんに嫉妬させたいからよ、あなたもあの写真を見たでしょ? 秀平さんの興味は、今はあの女に向いているの、だから私に振り向かせたいの。ただ、それだけよ」
私は松平くんの顔を見ずに嘘をついてみせる。
「そうか」
そして松平くんは、その一言だけを呟く。
そっと横顔を盗み見れば、苦笑いをしながら新しいタバコに火をつけていた。
当初の目的を果たし、もうこのパーティーに留まる意味はないため、私は一人で家へ帰った。秀平さんはまだ帰っていないようだ。
私は秀平さんが不在の間に彼の書斎へ入った。
部屋の一番奥には、大きな金庫が鎮座している。中には秀平さんの大好きな現金や株券等が入っていると聞いている。
私はその金庫ではなく、彼のデスクの引き出しを開け目的のものを探した。
どこかにきっとある筈なのだけど……
「もう、どこに隠したのよ」
思わず独り言ちる。
そうか、秀平さんの性格なら隠すわよね。だけれどきっと、貸金庫とかそういう遠い場所ではなく、きっとこの部屋の中だと思うのだ、彼は他人を信用しない主義だから。
私は、もう一度丁寧に引き出しを調べてみた。すると一番下の引き出しが二重底になっていて、そこには更に鍵付きのボックスがあった。
もしかしたらこの中に? 確実にこの中に目当てのものが入っているかどうかはわからないけれど、確かめてみたい。
「鍵か」
私は、鍵の収納ボックスから鍵束を持ち出した。いくつかの、何の鍵だかわからないものを順番に挿していく。
「もう何よ、全然合わないじゃない」
全ての鍵を試したが、その鍵穴に一致するものはなかった。
ということは、このボックスの鍵は秀平さんが持ち歩いているのか?
私が必死になって探しているもの、それは私が秀平さんと結婚した時にサインした書類だ。
あの時、私はどうかしていた――いや、前世の私は秀平さんに出会ってからずっとどうかしていたのだ。
秀平さんに夢中になったばっかりに、周りが見えなくなっていたし、正常な判断も出来なかった。誰からの忠告も聞かず親の反対も押し切り、私の方から結婚を申し込んだ。
持参金として、実家の蘇家所有の株を生前贈与という形で持ち出したのだ。それは、当時の秀平さんにとってはかなりの大金だった。
そして私は、ある契約書にサインをした。
それは『離婚する場合にはその理由がどんなものであっても金銭の要求をせず、身一つで出ていく』というものだった。慰謝料はおろか、財産分与までも要求できないなんて……今考えれば、ありえないもの。
「馬鹿な私……」
その契約書があるから、秀平さんはあんなにも横柄な態度が出来るのだと思う。
私から離婚を切り出せば、持参金は秀平さんの丸儲けなのだから。
どうにか、その契約書を無効にして持参金も取り返したい。その上で離婚をする。
それが、今の私の切実な願いなのである。
その時、車のエンジン音が聞こえてきた。
どうやら秀平さんが帰って来たらしい、私は慌てて書斎を出る。
勝手に書斎へ入り、探し物をしていたなんて知られたら怒り狂うに違いない。
リビングへ行きテレビを付け、普段通りを装う。
「なんだ、香澄。まだ起きていたのか」
「ええ」
「着替えもせずに、何をしていた?」
一切の笑顔もなく、詰問するように言う。
「あら、本当だわ。少し疲れたからウトウトしていて……もう休むわ」
「あぁ、その前に」
「なに?」
何かを感じたのだろうか。
「酒の準備をして、書斎まで運んでくれ」
「あぁ……はい。でも、もう随分飲んできたんじゃないんですか?」
「つべこべ言わずに言うとおりにしろ! 今日は最悪な気分なんだ、旨い酒を飲んで眠りたいだけだ」
「はいはい」
「なんだ、その返事は! だいたい今日のおまえの行動のせいだろう。いったい、何が気に入らなくてあんな事をするんだ」
「それは……秀平さんが私を心から愛してくれないからでしょう?」
私の返事を聞いた秀平さんは、目を丸くしていた。
「おまえ……ほんとに、どうしちゃったんだ」
私の変化に気付き始めたのかもしれない。
「まぁ、いい。とにかく疲れた。酒の準備だけ忘れるな!」
「わかりました」
秀平さんも人の子、疲労感には抗えないようだった。
To be continued
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