第8話 告白

「お待たせしました」


 小鳥と拓真はマドレーヌとカヌレを堪能(たんのう)し、口の中が甘ったるく舌が上顎(うわあご)に引っ付いてしまっていた。


「甘いですね」

「はい」

「須賀さんはココアですから」

「はい、生クリームも乗っていました」

「甘いですね」

「はい、すごく甘いです」


 拓真はメニュー表を開いてサービススタッフに手を挙げた。


「ジャスミンティーは飲めますか?」

「はい、大好きです」

「良かった」


 拓真はタウン誌で仕入れた情報を駆使してブルーミングティー、工芸茶をオーダーした。それは不思議なお茶でカラスポッドにコロンとしたボール状の物が入っていた。


はこんな事はしなかった)


 小鳥は少しずつ変化する拓真との日常に期待と不安を感じた。


「金花彩彩(きんかさいさい)って言うんです」

「そうなんですか?」

「金運が上がるそうですよ」

「金運」


 恋愛運ではなく金運、さすが営業部と思わず失笑してしまった。


「笑いましたね」

「すみません」


 拓真がガラスポッドに湯を注ぎ入れるとボールは次第に形を変え、黄色い蕾(つぼみ)がゆっくりと時間を掛けて花開いた。


「黄色い花、綺麗ですね」

「キンセンカの花だそうですよ」

「よくご存知ですね」

「すみません、調べて来ました」

「なるほどです」


 立ち昇るジャスミンの花の香り、小鳥は工芸茶を2人のティーカップに注(つ)いだ。猫舌の拓真はフゥフゥと冷ましてからそれに口を付けた。


「あ〜、口の中がスッキリしましたね」

「そうですね、サッパリしました」


 ペンダントライトに照らされるガラスポッドの金花彩彩色(きんかさいさい)は四方八方に光を弾(はじ)いた。


(・・・・・)


 ラウンジミュージックが流れる小鳥と拓真の席に無言の時間が出来、少し気不味かった。


(・・・・・)


 すると拓真はゆっくりとした動作で携帯電話を取り出すと、LIME画面を開いた。左の親指が軽快にその上をタップし、一呼吸置いて小鳥の携帯電話が震えた。


(・・・なんだろう、試しにメッセージを打ってみたのかな?)


 携帯電話を取り出した小鳥は目を見開いた。LIME画面には拓真からの男女交際の申し出と愛の告白があった。思わずその顔を二度見してしまった。

僕と付き合って下さい 既読

好きです 既読

 不器用な拓真、その姿はと同じだった。小鳥はその言葉に出来ない純朴さに惹かれた。


「高梨さん。本人が居るのにLIMEで告白とか変ですよ」

「すみません、緊張してしまって」

「変ですよ」

「ごめんなさい・・・・あの、駄目ですか?」


 小鳥は拓真を優しい眼差しで見つめ、小刻みに震える彼の手の甲に手のひらを重ねていた。しっとりと温かかった。突然の出来事に飛び上がった拓真の顔は耳まで赤くした。


「私も、高梨さんが好きです」

「はっ、はい」

「一目惚れです」

「僕をですか?」

「もう一目惚れです」

「それは・・・一目惚れって言わないんじゃないですか?」

「そうかもしれません」


 その時、小鳥の指が腕時計に触れた。


リーンリーンリーン

リンゴーン リンゴーン リンゴーン

リーンリーンリーン

リンゴーン リンゴーン リンゴーン


 リミッツリピーターの鐘の音が15:05を告げた。


「うわっ!びっくりした!」

「あ、ごめんなさい」

「なんですか、今の!」

「これです、これ」


 小鳥は悪戯(いたずら)めいた面差しで、ピンクゴールドに光る腕時計を指差した。その輝きは決して安価な物ではない事を表していた。


「凄く、高そうな時計ですね」

「私の祖母から譲り受けた物なんです」

「腕時計から鐘の音がするなんて驚きです」

「ミニッツリピーターって言うんです。夜光塗料が少なかった頃に暗がりでも時刻を知る為に作られたそうです」

「詳しいですね」

「AIが教えてくれました」

「便利ですね、AI」

「凄いですよね」


 拓真はその音色に惹かれたらしく、次はいつ鳴るのかと目を輝かせた。


「聞きたいですか?」

「はい!」

「このスライドピースをずらすと、ほら」


リーンリーンリーン

リーンリーンリーンリンゴーン リンゴーン リンゴーン

リンゴーン リンゴーン リンゴーン


 パティップの腕時計が15:15で鐘を鳴らした。


「高音と低音の鐘の音で、何時、何分、何秒かまで分かるそうなんですが、私には聴き分けられなくて」

「けれど、こんなに小さいのに、凄いですね」

「ですね」


 拓真はその文字盤を繁々(しげしげ)と見た。


「じゃあその鐘はいつでも鳴らせるんですか?」

「このスライドピースを動かせば鳴らせます」

「面白いですね」

「鳴らしてみます?」

「はい!」


 小鳥が腕時計を外すと、拓真は手をおしぼりで拭いて受け取った。


「うわ、何だかずっしりと重く感じます」

「その横のボタンを動かしてみて下さい」

「こう、ですか?」


リーンリーンリーン

リーンリーンリーンリンゴーン リンゴーン リンゴーン

リンゴーン リンゴーン リンゴーン


 腕時計は15:23で鐘を鳴らした。


「凄い!凄いですね!」

「そんなに気に入って貰えると祖母も喜びます」

「綺麗な音だなぁ」


 拓真は名残惜しそうに腕時計を小鳥に返した。


「そんなに気に入りましたか?」

「ずっと聴いていたいです」

「これからはずっと一緒に聴けますよ」

「あ、そうでした」


 小鳥と拓真は顔を見合わせて笑った。


「高梨さん」

「なんでしょうか?」

「敬語はやめませんか?堅苦しくてちょっと苦手です」

「確かに、距離感が半端ないですよね」

「私の名前も、小鳥って呼んで下さい」

「・・・・えっ!?」

「そんなに驚く事でしょうか?」

「は、はい。分かりました」

「ここから敬語はなし、ですよ」

「は、はい」


 小鳥は小さく一拍(いっぱく)した。


「こ・・・と」

「はい」

「こと・・・・」

「はい」

「こと、こと・・・無理っ!」

「無理、ですか」

「はい!それに須賀さんも敬語だよ!」

「あ、本当だ」


 小鳥は拓真の目を見つめて呟いた。


「拓真」

「う、うん?」

「拓真、会いたかった」

「う、うん?」

「拓真」


 小鳥は心底、思った。の手は絶対に離さない、とそう思った。

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