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少し恥ずかしそうに頭を掻いたその人は、きっと40代くらいで、笑うと目尻に深い皺が出来るとても優しそうな人だった。

もしパパがいたら、こんな感じなんだろうかと考えてみたりもした。

それ以来、毎朝、必ず挨拶を交わすようになった。

でも、それ以上の会話は特になく、だからと言って世間話をしたいとも思っていない。

けれど、退屈な私の毎日が、ほんの少しだけあたたかくなった。


正門はまだ開いていないので、裏門から学内に入る。部活動で朝練のある生徒の為に、裏門だけは開いている。

教室へは行かず、まっすぐ図書室へ向かう。図書室は校舎の3階まであり、本の種類によって仕分けされている。

1階は広く一般的な文芸や学習資料等の階。2階はやや専門的な資料が集められており、3階に至っては特殊なコレクションばかりが収められていて、貸し出しは禁止、閲覧のみとなっている。

だが、私が2年間通った中で、この階に足を踏み入れた人間は誰もいない。宝の持ち腐れとは、まさにこういう事だろう。

けれど、そのおかげでここは唯一、私の居場所になっているのだからありがたい。


読み始めた本を選ぶと、3階へと脚を運ぶ。

2階から3階へと上る階段は、やや狭くて急だ。天井も低く、直射日光を避けるため、窓は小さく一つだけ。

3階まで上ると、古い本特有の、少しカビ臭い匂いが漂っていて、小さな窓から零れてくる光の筋に、キラキラと細かな埃の粒が踊っていた。


窓の下の椅子に腰を下ろし、ほっと溜息をついた。

この空間だけが、今の私に必要なもの。他に欲しいものなんてない。毎日繰り返される日常も、退屈な勉強も、くだらない友人関係も、私にはいらない。

ただひたすら、卒業までの日々を指折り数えて待つ。


卒業したらアメリカへ行く。ママにもそれは伝えてある。この学校で卒業だけはしなさいと言っただけで、ママは特に反対するわけでもなかった。

信じてくれていると言えば聞こえはいいけど、結局、ママにとっても私は必要のない人間だから。

いてもいなくても良い人間。それが私。

けれど、それを悲観した事はない。誰も私のテリトリーを犯してこない代わりに、私も他人に関わる事は一切しない。

おそらく、クラスで私の事を知っている人間がどれだけいるだろう?

もしかすると、名前さえ覚えてもらえてないかも知れない。

でも、それでいい。

煩わしいのは苦手だから。

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