死神

黒川衛次

死神

おぼつかない足取りで路地を歩いていたと思ったら、気づいた頃には薄暗い所に立っていた。また、靴を履いていたはずが裸足になっている。足の裏から、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。感触からして、床は木材で出来ているようだった。

そして、目の前にはろうそくが一本だけ立っていた。ゆらめく火によって照らされた四隅をそれぞれ見ると、どうやら寺の本堂の様な場所に私は居るらしい。

だが、有るのはろうそくのみで、仏壇や仏像はおろか、木魚やおりんさえも無い。ひどく殺風景な部屋だ。


酔った頭で、ここを出ようと考え、とりあえず出口がないか探してみたが、直進すればするほど、ろうそくの明かりが遠ざかるのみで、一向にここから出れる気配がない。どうもここは部屋ではなく、果てがない空間のようなものだった。

あまりに遠くに行きすぎると、ろうそくの火が見えなくなるので、これ以上は危ないと思い、結局ろうそくの隣に座ることにした。

ろうの溶けた臭いが、鼻の奥に伝わる。その臭いを嗅いだまま、私は眠ってしまった。


目が覚めた時には、後ろに死神がいた。だが、私が思い浮かべるような姿をした死神ではなく、落語家のような着物を着た、痩せ型の、捻れた長い髪の男だった。何故か、この男の手のひらの上に私の命が乗っかっている事が直感で理解出来た。

すると死神が、白い顔にこれ以上ない不気味な笑みを浮かべて、

「どうも、死神です」

と言う。

「そこにろうそくがあるでしょ。その火消えたらあんた死にます」

この男は嘘をついていない。おそらく、この火が消えたら私は死んでしまう。その現実が、酔いが覚めた頭で、だんだんと理解できるようになった。

「え、じゃあ、どうすれば」

私が聞くと、死神はより一層笑みを深めて、深い皺を頬に刻んだまま、

「どうしようもないぜ、あんた。俺にはどうすることも出来ねえよ。ただその火、消えたら死ぬ、それだけよ」


私が絶望した表情を浮かべる度に、死神はますます笑顔になっていく。死神の口角がありえないぐらいまで上がり、目もぐいっとつり上がっている。その不気味な顔を眺めれば眺めるほど、吐き気が込み上げてきた。遂に耐えきれなくなり、

「てか、なんで僕は殺されるんですか!何もしてないじゃないですか!」

と激昂した。

「いやいや、俺は何もしちゃいないよ。俺は無闇に人を殺しゃしねえ。俺は、死期がすぐそこまで近づいた人間の魂をあの世まで連れてくまでさ。そんだけよ」

と、死神は笑ったまま言い放った。

「そんな、僕には妻も子もいるんです!どうにか出来ませんか!」

喉に込み上げてきた苦いものを何とか堪え、命乞いをすると、

「あんた、そりゃあいけねえ。どんなけ叫んだところで、あんたは死んじまう。まだ若いほうだったのに可哀想にな」

死神は感情のない声でそう答えた。

「まあ、そろそろかな」

視界が急に暗くなった。


暗くなったと思ったら、今度は明るくなった。どうやら、私は道の真ん中で寝ていたらしい。

随分怖い夢を見たな、と思い、急いで起き上がろうとするが、起きれない。体が思うように動かなかった。しかも私の周りを大勢の人が取り囲んでいる。


「……いや、…れが、…い…なり、ほど…からとびだしてきて、」

「あぁー、酔って…、…か、そり……めいわ…」

途切れ途切れだがそう聞こえた。

もう二度と酒は飲まないと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神 黒川衛次 @kuroro087

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画