カフェラテ、残り27ミリ。

どもです。

カフェラテ、残り27ミリ。

「昨日からよく降るよね」

 水の上をタイヤが走る。

 水滴が窓にへばりついてはするすると落ちていく。

 いつも半分くらいしか埋まってないカフェが、今日は満席の少し手前くらい繁盛していた。

「梅雨入りしたんじゃない?」

「かもしれない。やだなぁ」

 六月なのに、ホットラテが暖かく感じる。

 天気予報のサイトを開いた。

「十八ミリの雨だってさ」

「それって多いの?」

「多いらしいよ」

「ふーん」

 ノゾミは興味なさげにストローを咥えた。

 十八ミリ、か。

「なんかさ」

「うん」

「長さって汎用性高くない?」

「何が?」

「時間とか、大きさとか、量まで測れるんだよ」

「確かにそうかも」

 気のない返事だ。

 私は窓の外を眺めた。

「でもさ、納得してないんだよね」

「え? ……ああ、長さの話?」

「うん」

 ノゾミは案外真面目に考えていたらしい。

 少し驚いた。

「だって授業とか絶対五十分じゃないよ、一時間は超えてるって。目に見えないものを強引に測るからそうなるんだよ」

 思わず笑ってしまう。

「ノゾミ、頭悪いもんね」

「じゃあミサはそう思わないの?」

「私は頭悪くないからね。一時間ぴったりくらいだと思う」

「結局長いのかよ」

「流石に五十分は過少申告だよ」

「でしょ?」

 ノゾミと二人、笑った。

 携帯に目を落とすと、もうこの店に来て十五分経っていることが分かった。

 そう長く話してるつもりはないのに。


 それから他愛もない話をしていると、突然頭が痛んだ。

 つい頭を抑える。

「偏頭痛?」

「うん、低気圧だから」

 その言葉で、ふと地学の授業を思い出した。

 低気圧では空気が上に行くから雲が出来るんだっけ。

 ああ、そういえば。

「時間って意外と目に見えるものなんだよ」

「そう?」

「たとえば、これ」

 ラテの入った容器をゆらゆらと振る。

「いっぱいの時がここだから、私がこれを受け取ってからの長さはこれくらい」

「大雑把過ぎない?」

「じゃあ、地層とか」

「なにそれ」

「百年で一メートルだってさ」

「ふーん」

 百年。長すぎてよくわからない時間だって、土に換えればたったの一メートル。

 たったそれだけ、されどそれほど。

「知らない間に雨が降って、土が積まれて、知らない場所になるのかな」

「……詩人?」

「雨の日って感情的にならない?」

「なるけど、そんな風にはならない」

 それもそっか。

「あと、私は雨が傘に当たる音、好きなんだよね。だから雨嫌いじゃないし、そんなに視野が狭くなってる感じもしないや」

 ノゾミはポジティブだと思う。

 私はそれがちょっとだけ妬ましい。

「土と、雨。落ちる時には何を考えてるのかな」

「なにそれ?」

「アニミズム、ってやつだよ」

「たぶん違くない?」

 あれ、そうだっけ。

「それに、土だって雨だって、何も考えてないよ。時間が進むのは当然のことなんだからさ」

 雨は路を叩いている。

 土は今も積もっていく。

 高さを増して、それが時間を表すなら、その「落下」はきっと私たちにとっての日常と同じなんだ。

 日々をなんとなく消化して、私たちはただ時計の針を進めていく。

 雨はなんとなく空から落ちている。

 土はなんとなく運ばれてくる。

「あ、そうだ」

「なに?」

「最近新しい傘買ったんだよね」

「壊れてないのに?」

「うん、なんとなく買っちゃった」

「ノゾミってたまにどうしようもなくアホだよね」

 何を言うか、と憤慨するノゾミ。

 二本目の傘はきっとかわいいんだろう。

「ノゾミといれば、地層が百年で三メートルくらい積もっちゃいそうだなぁ」

「どんな異常気象?」

「地球温暖化のせいかもね」

 ノゾミはアホだ。

 まあでも、それくらいがいいのかな。

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カフェラテ、残り27ミリ。 どもです。 @domomo_exe

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