第22話 聖女の心変わり
エルザは元は騎士でもなんでもない職人の家の生まれだった。
彼女は道具を作るのが好きで家具などを作ったりして、家の手伝いをしていたが、ある時、遠縁の騎士家で世継ぎがいなくなるという事件が起こった。
土地の保全のために彼女の親戚中でどうにか世継ぎを定めなければと会合が開かれたものの、不安定なアークロイの情勢下で騎士になりたがる者はおらず、押し付け合いの結果、エルザにお鉢が回ってくる。
エルザは騎士階級を維持するために養子に出されることになった。
彼女は地元の騎士団に入り、懸命に騎士の訓練に耐えるものの、慣れない戦闘訓練に辛い日々を過ごしていた。
数十年ぶりにアークロイ公が就任して、武力によるアークロイ平定が宣言され、地元が沸き立つものの、彼女の心が浮き立つことはなかった。
オフィーリアが指揮官に就任し、クルック公やドレッセン地方で立ち所に武功をあげるものの、案の定、エルザは活躍することができなかった。
そればかりか後ろ指を差されることになる。
農夫や平民の中でも小隊長として出世する者がいる中、騎士階級の者が手柄を立てられるぬとは何事か。
エルザは親戚内でも落ちこぼれの烙印を押される。
(そんなこと言われても、私は剣を振るのも走るのも得意じゃないし)
転機となったのは、ノアに呼び出された頃、新兵器の開発を命じられ、ノアと一緒に弓矢を開発する。
開発はとても楽しかった。
射撃も性に合うようでみるみるうちに弓の腕が上がっていくのがわかった。
そして、ついに訪れた実戦。
エルザは弓兵として、【剛腕】のヘカトンを討ち取り、砦の攻略に目まぐるしい活躍を見せた。
そうして今、ノアによって砦攻略の勲功第1等として表彰されている。
(領主様……)
初めは変な人だと思ったけれど、今は感謝の気持ちしかない。
慣れない騎士の仕事を押し付けられた上、親戚や地元から後ろ指を指されていたが、今回の功績で汚名返上できる。
すべてはノアが自分の武器開発と射撃の才を見出してくれたおかげだ。
(もっと、もっとノア様とお近づきになりたい)
エルザはノアから宝剣を受け取りながら覚悟を決めたように話し始める。
「あのっ、ノア様」
エルザは強張った顔つきでしゃべる。
この機会を逃せば一生ノアに近づける機会はないかもしれない。
「此度の砦攻略。見事な采配でした。こんなに鮮やかに勝利できるなんて。流石は大公様のご落胤です。あなたは神に選ばれた存在に違いありません。これほどのご威光に恵まれた方はいまだ見たことがありません。ですから、そのっ……」
ノアは苦笑した。
「君は随分とお世辞が上手いようだね」
エルザは顔を赤らめる。
(何考えてるんだろ私)
目の前にいるのは中央から来た立派な貴公子様。
きっと自分とは比べ物にならないほど上流階級の付き合いがあり、社交界でのやり取りに手慣れているに違いない。
(そんな人にお世辞で取り入ろうだなんて)
自分が田舎者であることを自覚させられるばかりだった。
エルザは恥ずかしくなって俯いてしまう。
「その……すみません。どうすればもっと領主様とお近づきになれるかと思って。私もオフィーリア様のように領主様にお近づきになりたいです。どうすればもっと領主様のお役に立てますか?」
「ふむ。そうか」
実際、ノアも彼女のことはもっと側に置きたいと思っていた。
攻城、射撃、開発能力がAクラス。
今後もまず間違いなく有用な才の持ち主だった。
「エルザ。君も私の側近になるか?」
「はっ、はい。ぜひ。側近くでお仕えさせてくださいっ」
「よし。これまで以上に働いてもらうぞ」
「はいっ」
ルーク城で論功行賞が終わると、早速、事後処理に取りかかった。
オフィーリアは新たにアークロイ軍に編入された元ルーク領軍の兵士達を前に言い放った。
「君達は少し足腰が弱いようだね」
そうしてルーク領の者達はオフィーリアの地獄の鍛錬を受けるとともに、オフィーリアの軍へと組み込まれていった。
反抗的な者は進んで砦から遠方の地に兵役を課して、徒党を組んで反乱を起こせないようにした。
また、ルーク領には射撃スキルの高い者が多いことがわかったので、エルザと武器職人に命じて新開発した弓を配備し、技術指導するよう命じておく。
砦は破棄することに決定した。
また、立て篭もられても困るので。
ルーク領の始末を終えたノアはオフィーリア達を伴って、クルック城へと帰っていた。
その途中で待ち伏せしていたと思しき聖女アエミリアにバッタリ出会してしまう。
「ルーク領を征したそうですね。アークロイ公、神はあなたの罪をお許しになるでしょう。差し当たっては……、あっ、ちょっと」
ノアはアエミリアのことを無視して、さっさと先へ進む。
「ちょっとぉ。どうして無視するんですかノア様。あっ、さては先日、よそよそしくしたことを根に持っておられますね? もう、いじけてるなんて、可愛いところあるんだから。もう私はあなたのこと無下にしたりしませんよ? あなたも神の子。神の僕である私はあなたの罪を広い心で受け入れます」
オフィーリアはアエミリアの変わり身の速さを苦々しく思った。
(法王がご主人様を認め、大公が手を出せないとわかるとこれか。まったく調子のいいことだ)
「オフィーリア!」
「はっ」
「今回の戦、勝因は弓隊の貢献にある。よって、弓隊に褒賞を与える。異論はないな」
「はっ、ありません」
「エルザ、貴様が戦功第一だ。褒賞を賜る」
「わーい。ありがとうございます」
エルザが無邪気に喜ぶ。
「次にオフィーリア、貴殿の働きも素晴らしい。攻城の際の統率、その後の敵本拠地への進撃、見事であった。貴殿に戦功第二を与える」
「はっ、もったいなきお言葉です」
「他はいつも通りとする。砦に一番乗りした者に多めに戦功を与え、働きの著しかった者に褒美を与えておけ」
「はっ。かしこまりました」
「以上だ。では、急ぎクルック城に戻るぞ」
「はっ」
「はーい」
「って、ちょっと待てーいっ」
アエミリアが思わず突っ込んだ。
「何、華麗に私のことスルーしてるんですか。あっ、ははーん。さてはあなた照れてますね? 生まれてこの方、聖なる者によって認められたことのない哀れな子羊。構いませんよ? あなたのそのシャイさも神は許してくださります。さあ、私の胸に飛び込んできなさい」
「オフィーリア!」
「はっ」
「アークロイに残る3国の動きはどうなっている?」
「いまだ使者を寄越しておらず、ご主人様の威光を認めておりません」
「今後はこの3国相手に戦略を練ることになる。敵の動きを見張ること、ゆめゆめ怠るなよ」
「はっ」
「エルザ、今後も攻城戦は避けられない。そなたの射撃には大いに頼ることになる。弓矢の腕、しっかりと磨いておけよ」
「はっ、了解であります」
「よし。では、帰るぞ」
「って、おおおぉーい。何、またもや華麗に無視してるんですか。あっ、待って、待ってください」
「ぐあっ。な、何をする」
聖女はタックル気味にノアに抱きついてきた。
ノアは地面に倒れ込んでしまう。
「私には、私にはノルマがあるんです」
「ノ、ノルマ?」
「もう左遷はいやぁぁあ」
「聖女様。どうか落ち着いてください」
オフィーリアが聖女をノアから引き剥がす。
「うぅ。ぐすっ」
「なんだ、ノルマって。話してみろ」
「我々、聖女にはそれぞれ担当地区が決められており、そこから発生する税収を法王様に納めなければならないのです。担当地区ごとにノルマが決められていて、私は去年も一昨年も未達。このままだとさらに僻地に左遷されてしまいます」
「そうか。教会にそんなノルマあったんだな」
「なぜ、領民はあなたの徴税に応じないんです?」
オフィーリアがもっともな疑問を口に挟んだ。
「それがあいつら神の使徒たる私のことを舐め腐ってるんですよ。特にルーク領の奴ら。あいつらは酷いんです。砦があるのをいいことに。私の入国まで拒否して。『神に頼らなくても、砦が我らを守ってくれる』とかなんとか言って」
「しかし、聖女であれば信徒を扇動して、不信心な領主に圧力をかけることができるはずですよね? いったいなぜそうしないんです?」
「それが……なぜか皆さん、あんまり私のお説法を聞いてくれなくって」
聖女はシュンとうなだれる。
「なるほど」
(つまりこの聖女に人望がないというわけか)
オフィーリアは心の中でそうつぶやいた。
(とんだ残念聖女だったんだな、こいつ)
ノアも心の中でつぶやいた。
「ですが、そんなノルマに苦しむ日々もこれまでです。あの忌々しいルーク領の奴らは滅びました。私を蔑ろにするから天罰を受けたのです。あとは何をするべきか分かりますね? ノア、
ノア達は聖女を残して歩き出していた。
「今、完全に私を助ける流れでしたよね? どうしてまた、私を置いていこうとしているんですか」
「急にシュバってきて何かと思ったら、金の話かよ。付き合ってらんねーわ」
「待って、待ってくださいよぉ。あなた、神に救われたくないんですか?」
「そういうの間に合ってるんでー」
「内政に支障が出ますよ」
「うっ」
痛いところを突かれてしまった。
次男イアンが言うほど国土は荒れていないものの、急拡大しすぎたせいで若干統治機構の整備が間に合っていないところがあった。
ノアはアエミリアを鑑定してみる。
アエミリア
信仰:C→C
内政:B→B
(なるほど。言うだけあって内政能力はなかなか高い)
信仰はCだからまず領民信徒を扇動するような演説を行うのは無理だろう。
だが、行政官としてはそれなりに役に立つかもしれない。
考えようによっては変にシンパを扇動して問題を起こすことのない優秀な行政官として扱えるかもしれない。
「ふー。わかったよ聖女アエミリア。君のために一肌脱ごう」
「本当ですか!?」
「ああ、ルーク領で速やかに徴税できるよう取り図ろう。その代わり内政には協力してもらうぞ」
「わーい。これで高いお肉が毎日食べられます」
(なんて俗っぽい聖女なんだ)
オフィーリアは聖女の生臭い側面に顔を
「それではあらためまして。領主ノアよ。神の御子としてルーク領を治め、神のために働きなさい。神はあなたの罪を許したもうでしょう」
(意地でも上から目線で来るなこいつ)
その後、ノアは聖女アエミリアが旧ルーク領で徴税ができるように計らった。
教会の修復を命じて、信徒が気軽に訪れて寄付できるようにしたり、領民の収入が分かるように調査させたりした。
アエミリアはその優秀な内政能力でもってすぐに税の徴収を確実にする施策を打ち出し、場合によってはノアに助言してその為政を補助した。
ノアもノアでアエミリアの活動を支援し、公の場では彼女を応援する演説を行い、領民達の支持を取り付けるのであった。
領民達はノアがちゃんと宗教活動にも熱心なのを見て、ただの乱暴者ではないと分かり、見直すのであった。
しかし、相変わらず彼女の説法は人気がなく(信仰心が足りないからどうしても胡散臭く感じ、心に響かないのだ)、せっかく彼女が神のありがたい教えを説いても、あんまり人は集まらなかったし、せっかく来ても途中で帰ってしまう人が後を絶たなかった。
あとがき
いつもお読みいただきありがとうございます。
ちょっとコメント返信滞るかもです。
コメント自体はちゃんと読んでるので、これからも気軽に書き込んでいただければと思います。
今後ともよろしくお願いします!
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