第18話 攻城戦

 さる晴れの日。


 オフィーリア率いるアークロイ第一軍はルーク領の砦の前に布陣した。


 軍勢2万を率いた堂々たる布陣だった。


 砦の守備兵達は見たこともないほどの大軍に恐れ慄くばかりである。


「なんて数だ」


「いや、だが、我々にはこの砦がある。建造されて以来、一度も攻略されたことがないこの砦が!」


 砦に立て篭もる兵士は約4000。


 兵士の数ではオフィーリアの軍勢は約5倍だったが、砦による防御力を勘定に入れれば、攻めおとすのは容易なことではなかった。


 いかにオフィーリアの用兵が神速であろうと、それは平地でのこと。


 攻城戦においては聳え立つ壁を突破しなければ、敵兵を削ることはできない。


 当然、敵兵は梯子をかけて壁をよじ登ってくる敵に弓矢や落石、瀝青などを投げ付けて妨害してくる。


 敵の矢と落下物が尽きるまで兵を消耗させなければならず、かなりの犠牲者が出ることを覚悟しなければならないし、滞陣は長期に及ぶこととなる。


 その間、士気を保たなければならない。


 オフィーリア軍の主力は農民兵。


 犠牲者が増え続ける中、まだ半農半兵の気分が抜け切っていない兵士達の士気を長期間保つことは至難の業である。


(だが、引き下がるわけにはいかない。アークロイ領の政治的安定は、この一戦にかかっている。何よりもご主人様を卑劣な方法で罠に陥れたこいつらを許すわけにはいかない!)


「皆の者、あの砦に立て籠っている連中、あの恥知らずな連中こそが我らが領主様に恥をかかせた賊どもだ! 復讐の時はきた! 我らの領主様に唾吐けばどうなるか、目にモノを見せてやれ!」


 オフィーリアはまず砦の前にある深い堀を埋めるように指示した。


 敵からの投擲物から身を守る小屋を堀の前に作ると、尋常ではない速さで土嚢を放り投げ、埋め立てていき、半日で梯子をかけられる距離まで到達する。


 同時並行で櫓を建てて、砦の上に立つ守備兵と同じ高さの位置に弓兵を配置できるようにする。


 こうして攻城のための手筈は整った。


 あとは気合いを入れて決死の突撃を敢行するだけである。


 そうしてオフィーリアが突撃命令を出そうとすると、それを止める者が1人。


「ちょいと待たれい!」


 砦の上から大地を揺るがすような大音声が聞こえてくる。


「う、なんだあいつ」


「でかい! 何メートルあるんだ」


「オフィーリア司令よりはるかにデカいぞ」


「うおお、ヘカトン様」


「ヘカトン様だ。ヘカトン様が来たぞ」


 オフィーリアの陣地に動揺が走り、砦の守備兵に活気が戻ったのを確認して、ヘカトンはさらに続けた。


(あいつがオフィーリアか。なるほど噂に違わぬ大女だ。その上、恐ろしいほどの美人。その威に服さずにはいられないカリスマ性が滲み出ているだが、所詮は女)


 ヘカトンはオフィーリアを挑発した。


「やい、貴様がオフィーリアか。クルック公を放逐し、悪鬼を討滅しただけで、アークロイ随一の勇者を名乗っているそうだな。その程度で勇者を名乗るとは片腹痛いわ。貴様如き、売女が一軍の将を名乗るとは笑止千万! どうやらアークロイ軍に男はおらぬようだな」


 砦の守備兵が喝采を浴びせると共に士気を上げる。


「そうだ。そうだ」


「アークロイ軍には女しかいない!」


 オフィーリアはじっとヘカトンのことを見つめる。


「どうした? 何も言い返せぬのか? 悔しければ、貴様、この俺ヘカトンと1対1の勝負をしてみろ! 砦を挟んで無駄な死人を出す必要もない。それとも尻尾を巻いて家に逃げ帰るか? 売女らしくあの軟弱な領主のベッドを職場にして、ぶぺっ」


 鋭い風切り音が鳴ったかと思うと、ヘカトンの顔面が弾け飛ぶ。


 その矢は、ヘカトンの頑丈な頭蓋骨を砕くばかりか、彼のかぶる鉄製の兜さえも貫いていた。


「わー。当たりましたよ、領主様」


「ああ。上手くいったな」


 エルザとノアは前線のはるか遠くから、崩れゆくヘカトンの姿を眺めながら言った。


 頭を失ったヘカトンはゆっくりと膝から崩れて落ちる。


「う、うわあぁヘカトン様!」


「ヘカトン様がやられた!?」


「ウソだろ? あんな遠くからどうやって」


「よし。今だ! あのデカブツが倒れてるところから砦に攻め込め!」


 ヘカトンの死に、守備兵が浮き足立っているのを見て、オフィーリアは突撃を命じた。


(まさかここまで上手くいくとはな。さすがはノア様。目論見通りだ)


 本来はオフィーリアがヘカトンを挑発して引きずり出す予定だったが、向こうからわざわざ出てくれたため、手間が省けた。


 歓声を上げながら、決死隊が瞬く間に梯子を駆け上っていく。


 砦の城兵達はヘカトンの死体、死してなお巨大な質量と体積を持つ巨体を片付けるのに手間取って、対応が遅れた。


「落ち着け! まだ砦を突破されたわけじゃない。弓矢隊、前に出ろ」


 ベテランの砦兵がどうにか建て直そうと、兵士達を鼓舞する。


 そうして前に出る弓隊だが、前に出たそばから敵の弓矢に討ち取られていく。


「ぐあっ」


「ぎゃあっ」


「バカもの。何をしている。まずは敵の弓兵に撃ち返さんか」


 しかし、砦の弓兵が放った矢は敵の弓兵に届く手前で地面に落ちてしまう。


(バカな。こちらの方が高い所から射っているのに。なぜ……)


「隊長。あいつらの弓、何か変だ。ここらで使われている弓矢とは明らかに違う」


「!? なんだあの弓は?」


「どうやら射程が長いようだな。ここは俺に任せな」


 熟練の弓兵がわざと敵の前に姿を晒して、矢を射たせる。


 そして砦の壁に身を隠す。


(へへっ。威力と射程を伸ばしてるってことは、取り回しや耐久を犠牲にしているはず。こうして射たせた後、すぐに次の矢は放てないはず)


「今のうちに迎撃。ぶぺっ」


 次の矢が射たれる前に梯子兵を素早く射ち取ろうとしたベテラン兵は、思いの外、早く飛んできた2の矢によって逆に射ち取られてしまう。


(すごーい。この弓、扱いやすーい)


 エルザ

 射撃:A(↑2)

 攻城:B(↑3)

 開発:A(↑4)

 未知:A(↑2)


 弓矢・改

 威力:B(↑1)

 射程:B(↑1)

 取り回し:A(↑4)

 耐久:C(↑2)


(ふっ。開発の過程で取り回しがAになったのは嬉しい誤算だったな)


 取り回しが改善された結果、矢を放つ際の反動は少なくなり、矢をつがえるまでの時間も短くなって、狙いを定める際の安定感まで高まった。


 エルザは弓をクルクル回しながら矢を連射していった。


 敵が1本矢を放つ度に、3本射ち返して砦の上に立つ守備兵を次々倒していく。


(バカな。連射性能まで敵の方が上だと!?)


 ベテラン砦兵は絶望する。


 火力で圧倒された守備兵達は戦意喪失して砦の上に立つ気になれなくなった。


 一方、梯子を登る決死隊は味方からの充実した援護射撃にいよいよ士気を高める。


 やがて決死隊が砦に取り付き、内部へと侵入する。


 アークロイ軍が侵入して1時間も経った頃、砦兵は白旗を上げた。


 砦攻略戦は思いの外少ない犠牲と短い期間で終結するのであった。

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