嫌われ召喚獣スコロペンドラ

黒堅ケトル

第0章 嫌われ召喚獣

第1話 見た目で損するタイプ

 無数の浮島が浮かぶ幻想的な世界。

 その中心部にある“召喚獣中央広場”で雲のソファーに寝そべる俺。

 浮かび上がった召喚ゲートから、今日も召喚獣が何体かご出勤の模様。


 俺はそれを横目に溜め込んだ神力をほんの少し世界管理人に支払って、地球産のトマトジュースをお取り寄せ。


 やっぱこれだよな。デル〇ンテ最高。食塩不使用はどうにも好きになれん。

 一飲みすれば、その旨さに俺の無数の脚がカタカタと歓喜で震えるぜ。


「おいスコロ、その無駄に長げぇ身体どけろや。無駄に場所取るなと毎回言ってんだろうが」


「んあ、ああ、ガルーダか。こんな朝から呼ばれるたぁ人気だなオイ」


 折角の至福のひと時にキンピカ鳥野郎のお小言を貰い続けるのも面倒なんで、重たい脚を動かしてソファーの端に寄り、ついでに亜空間ゲートに下半身を放り込んで省スペース化を実現してやった。


「だから何でそう動きも力の使い方も気持ち悪いんだよ...」


 色彩鮮やかな鳥人間が露骨に顔を歪めている。


「知るかそんな事。一々俺に構ってないでさっさと行けよ」


「この依頼人、召喚獣扱いが荒いから行きたくねぇが、まぁこれも仕事だからな」


「召喚獣の鏡だねぇ」


 トマトジュースをジュルルと吸いながら、上を見上げると遙か上空を翼を広げて優雅に飛ぶバハムートらしき竜の姿が目に入る。


「あそこまで格が高いとお客も選べるんだろうけどな。我、最強ゆえに!ってな感じでな」


「あれはあれで結構大変だと言ってたぞ」


「大変なのは当たり前じゃねぇかよ。あのクソ生意気な王気取りの竜を呼ぶのに、術者がどれだけの魔力を支払ってると思ってるんだか」


「手付魔力で生活してるお前には言われたくないだろうな」


「好きでやってねーよ。けど慣れると楽なもんだ。呼ばれてとんぼ返りするだけで神力貯蓄が溜まるわけだしよ。術者の理不尽な罵詈雑言にブチギレなきゃいいだけだ」


 俺の言葉に溜息で返すガルーダの背後に、召喚ゲートが開き始めている。

 どうやら向こうの術者の魔力がしっかりと支払われたようだ。


「まぁ仕事前にお前見た事で幸先悪い気もするが...それじゃ行ってくるか。雷落とすだけで済めばいいんだがなぁ」


「お前さんの幸先なんぞ知ったこっちゃねぇぞ。まぁ頑張ってこい。いってら」


 俺は愚痴りながらも召喚ゲートに身体を通過させていくガルーダの後姿に、触覚を振って見送った。





 もう思い出せない位の遠い過去。

 多分、数百年数千年じゃ足りないかも知れない。


 結構な年齢まで無駄に生き、そして寿命を迎えて死んだと思ったら、見た事も無い森の中で、ワシの後を継げと突然言われた俺。

 目の前に古ぼけた色合いの巨大なムカデが横たわって、人語を話す時点で地獄かここはと思ったぞ。


 そんな悪い人生は送っちゃいない筈だと、自分の人生を振り返りながら、俺はそのムカデの話を聞いてやった。

 簡単な話、このオオムカデは後継ぎが居ないまま魂の還元の時期を迎えたらしく、急ぎ召喚獣として自分の後を継ぐ魂を見つけなきゃいけないとの事。


 何でこんな事態になったかは、頑なに話そうとしやがらねぇ。


 メリットを聞くと、脚がたくさんあるからカッコいいとか、真面目にふざけたような回答が返って来たが、その中で前世の世界以外にも様々な世界がある事を教えられる。

 また地球を含めた道具なんかも、神力の支払い次第で取り寄せも可能という面白そうな情報も貰えた。


 結局俺は、人間の心は捨てるつもりは無いという事と、好きなように召喚獣として生きたいという願い、そしてとても大事なある事を対価に、このオオムカデ、先代スコロペンドラからその全ての力を受け継いだ。


 そして得たのが召喚獣としての力と、このムカデの身体。

 スマートな漆黒のボディから生えている無数の鮮やかな黄色の脚が眩しいぜ。

 ピロピロ動く触覚がチャームポイントだな。

 勿論、毒の大顎もしっかり持ってる訳で、気に入らない奴はガブリってもんよ。


 ただこの召喚獣の世界も美醜の観念はしっかりあるようで、ムカデの姿に対する俺の扱いはそれはもう中々にハードな物だ。


 開口一番、きめぇはもはや挨拶の代わりみたいなもの。

 性別の概念が無いこの世界であっても、美女召喚獣からあからさまに避けられるのは結構メンタルに来る。


 召喚事務局に行った際、身動きせずに空中をスライド移動してたら受付召喚嬢のアルラウネに言われた言葉が未だに結構効いている。


「ムカデさんはせめて歩いて下さい...流石にその姿で無音の空中移動は心臓に悪いです」


 浮遊移動がデフォのこの世界で俺だけ歩けと?

 地球から取り寄せたラジカセで、音楽を爆音で流しながら移動してやろうか。





 ― 召喚獣No.37のスコロさん、スコロペンドラさん。単発の召喚依頼が入っているのですが、どうされますか?行きます? ―


 召喚事務局から、仕事のアナウンスが入った。

 依頼があったとしても、強制では無いのが良い所だ。

 だが、自分を律しないと堕落一直線なのも確かだし、ある程度は神力を溜めておかないと日々の存在の維持もままならん。


 さっき空を飛んでいたバハムート辺りになると、1日の肉体の維持だけでも、とんでもないカロリーを使うって話だ。

 天下の竜王様でも腹は減っては何とやら。

 世知辛いねぇ。


 ― 事前契約は無し。手付の魔力は支払い済みですが、魔力の質が良くないので神力換金も割りが悪いです。それで誰も行きたがらなくて...こういう時に頼りになるスコロさんならって... ―


「あーはいはい。そういうのイイから、さっさと承認手続きしておいて」


 ― む...わかりました。依頼ナンバー45992G57。受諾召喚獣 No.37 スコロペンドラ。単発契約の受諾を確認。ゲート送ります。良い召喚日和を ―


 俺の回答を聞いて少し機嫌が悪そうな受付召喚嬢の声だったが、一々そんな事を気にしちゃやってけねぇよ。


「使われるうちが華ってもんかねぇ」


 俺は下半身を引っ張り出して、亜空間ゲートを閉じるとソファーに身体を盛大に横たわらせた。

 既に伸びている身体を更に伸ばして、無数の脚をほぐす様にカタカタと動かす。


「しゃーねぇ、日銭稼ぎに一発ここらで異世界召喚されますかね」


 目の前に青い火花を散らせながら、空間の裂け目が現れ、魔法陣が形成された。

 俺はデル〇ンテのトマトジュースのパックを一気に啜って飲み干すと、亜空間ゲートに捨てて消滅させた。


「召喚獣No.37スコロペンドラ。ちょっくら行ってきますわ」


 俺は召喚事務局にそう告げて、召喚ゲートに無駄に長いと言われているムカデの身体を滑り込ませた。


「さて今度は何て言われるかねぇ...たまには別の切り口で罵って欲しいもんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る