悟りだぜ! 世界平和

 「見えてきました! あれが冥葬族の村です!」

 「おー、結構立派やね」


 村とは言うが、故郷である焔精族の支部みたいな村よりずっと立派である。地底の雰囲気も相まって外観はいかにも死者の国って感じだ。結局は人間の街だが。


 「もっかい聞くけどさ、俺入っても大丈夫? 即捕縛リンチとかない?」

 「もちろん平気です! 冥葬族なら誰でもハナビさんが特別だって分かりますから!」

 「そう? 信じるけどさ?」


 そんなシャーリーの言を信じたところで客人として扱われるかは微妙だという意味で不安を抱えながら彼女に連れられ村へと入る。


 結果、マジだった。


 皆、シャーリーの無事に喜び駆け寄ろうとして……後ろの俺に気づき、警戒して、驚愕、畏怖、尊敬、拝礼。様々な反応を見せてくるが、総じて文句を言われない。普通に考えて聞くべきことは山ほどあると思うのだが、それだけの冷静さや余裕を奪うほどに俺の死の臭いというのは強烈らしい。つらい。


 「シャーリー! 無事だったんだね!」

 「ウェルヌ兄! ただいまです!」

 「チームのみんなと一緒に戻らなかった時はも……う……」


 シャーリーのお兄さん。そう見て間違いないであろう人物が、余程気を揉んでいたのか俺に目もくれずにシャーリーに駆け寄る。シャーリーもウザがる素振りもなく受け入れていることから、兄妹仲は良好そうだ。


 そして、シャーリーの無事を確認できて少し冷静さを取り戻したウェルヌさんは、後ろからその光景を眺めていた俺と目が合い、みるみると顔色を変えていく。


 「そ、その方は……?」


 おそらくは、この場の冥葬族みんなの聞きたいことを代弁する問い。シャーリーか、或いは俺自身か。その問いの答えを聞き逃すまいと、辺りに静寂が訪れる。俺が自己紹介した方が良いのか……? と逡巡していると、先にシャーリーが兄の問いに答えた。


 「自分を助けてくれたハナビさんです! 多分神様です!」

 「違います」


 ちゃんと否定したのにも拘わらず、そんなことを口走ったハナビの言葉に周囲に騒ぎが巻き起こる。残念ながら俺の否定の言葉は周囲のざわめきにかき消されてしまった。


―――――――――――――


 「二人っきりだね……」

 「ですね。人払いは済ませているので」

 「……」


 シャーリーのせいで軽くパニックに陥った冥葬族のみなさんをぼんやり眺めていたのだが、あれよあれよと俺は冥葬族の最高権力者と面会することになった。即ち、冥葬族現役の巫女。

 「改めまして、冥葬族の巫女、ハズミラと申します」

 「ハナビです。人間です~」


 最高権力者、巫女ハズミラ。彼女との面会はこちらとしても望むところであったのだが、ハズミラは俺を見るなり護衛や付き添いを追い払って一対一の面会を強行してきた。別に俺としては文句はないし、むしろウェルカムなんだけども。


 「あのさぁ、さすがに無警戒すぎないか? 俺めちゃくちゃ怪しい余所者なんだけど」

 「問題ありません。ハナビ様がもし私ですら遅れを取るような使い手ならば、彼らがいてもいなくても同じことですから」


 それだけ自分は強いと。そう言っているも同然な言葉だが、巫女というのはそういうことなのだろう。最も祝詞を使える者だということは、守られるような存在ではない。


 「もしかして、お嫌でしたか?」

 「いや全然」


 ハズミラの言葉に、食い気味で否定の言葉を返す。嫌か、という問いが何を指しているのかと言えば、今の俺たちの格好だろう。俺は現在、ハズミラの膝に乗せられて後ろ抱きされている状態にある。俺のロリボディが幸いしておねロリとしてかなり様になっている。見た目は。


 「それにしても、なんという濃厚な死の匂い……!」

 「……」


 そして、これだ。何が楽しいんだかハズミラはこの体勢を取ってから延々と俺の頭に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。そんなにか? さすがに頭に血を被ったりはしてないし、手もちゃんとあの川の水で濯いだんだけど……や、水ですぐ取れるほど血は素直な汚れじゃないし、シャーリーやハズミラが言っている匂いってそういうのじゃないのは分かってるんだ。


 だけどさぁ、死の匂いって普通に悪口じゃん。それ「お前もこっち側の人間だろ?」みたいなノリで言うセリフであってこんな美少女(俺)に使う言葉じゃないって。普通に良い匂いって言ってくれないか。


 「あ、でもタダでハナビちゃん吸いは虫が良すぎるとは思う」

 「……それもそうですね。私に何か返せるものがあれば……」

 「えっえっとじゃあさ……俺そっち向いていい……? ほら今だとハズミラさんの顔よく見えないからさ」

 「? いいですよ」


 無事許可をもらい、反転。ハズミラと俺は正面から抱き合う形となり、俺の眼前にはドデカい双峰が正面から立ち塞がることになった。そう、これである。ハズミラが俺をがっちりホールドして頭を吸っている間にずっと背に感じていた胸。必然、この体勢で引き続きハズミラが俺を抱きしめれば、俺の顔はその谷間にすっぽりと収まる。


 「スーッ……ハズミラさんの匂いも……スーッ……最高っす……」

 「そうですか? ハナビ様には……んっ……及びません、よ」


 やべぇ……世界観が終わってることを知ったときから実は俺は勝っていないんじゃないかと思い始めていたが、これは完全に勝ちである。ありがとう世界……ありがとう地底……ありがとうここに連れてきてくれたリュッケ……。


 ──…………キモ。


 ちくちくとした言葉が内側から響くのも、今なら全てを許せる。ラブアンドピース……。


 「……ハナビ様が敵でなくて良かったです」

 「それはスーッこっちのスーッセリフだ……俺を排除しないのか? 俺がここの人達にとって特別なのは百歩譲って認めざるを得ないけど、だからこそ俺の存在は色々マズいんじゃないのか」


 そもそも俺は異種族で、シャーリーの疑いであった地上からのスパイという線も未だ潔白を証明できていない。そんな俺がいわば専門である彼らよりも死に近いっていうのは都合が悪いように思える。


 「こんなにも死に近い方を無碍に扱うことはできません。我々はそういうものですから……正直に言って、この場であなたに害されるのであれば受け入れる所存でした」


 ……マジで扱いがただの客人を超えてるな。殺されても構わないって……いや、彼らにとっての死が俺が思っている重さと異なる可能性は捨てきれないけどさ。


 「……死の匂いってやつ、そんなに大事なのか?」

 「はい……それがハナビ様のような外の方にとって理解しがたいのは分かります」


 ……お。自分たちの価値観が他所とは離れたものだということを、ハズミラは理解しているらしい。シャーリーよりは客観視できてるようだが、これはかなり凄いことのように思う。どうやらこの世界の人々は種族単位で行動しているみたいだから、他の種族の価値観を知る機会なんてほとんどないように思える。そんな環境で自分たちを客観視できているのは、ハズミラの聡明さか特異性か。


 「それでも……《冥閻の利鎌》。彼女と繋がった我々にとって、その繋がりを強くする“死”こそが至上」

 「……俺はそのルーツとの繋がりってやつを感じたことがないから共感とかできないけど、だからこそ否定はしないよ」


 起源書との繋がり。それがどれほど人の価値観に影響を及ぼすのか俺には全く分からないが、分からないからこそ言えることがない。もし俺が彼らの起源書と繋がったときに染まらないとは言い切れない。


 「……して、どうやってそこまで深く死に触れられたので? もし伝授していただけるのなら……」

 「答えても良いけど、俺の質問にも答えてくれ」


 冥葬族が保管している起源書を読ませろ、という要求の他にも、俺は彼女に聞かなければならないことがある。

 

 「構いませんよ。なんですか?」

 「……いや、もったいぶってもしょうがないし、俺が先に答えてやる」


 なんせ、変に答えを引っ張って期待されてもしかたがない。俺の答えは、きっと彼らが求めているようなものではないだろうから。


 「俺は普通に一回死んでる。死がどうのって心当たりならそれしかない」


 転生。彼らには真似しようと思ってできることではない話だ。

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