憎雷と執火(キヌ視点)

 「どいて! ハナビちゃんが、ハナビちゃんが!」

 「キヌさん落ち着いて!」

 「落ち着いてる場合じゃない! ハナビちゃんが!」


 ホノカに押さえつけられながら、ただ叫ぶ。叫ぶことしかできない。何も悪いことをしていないハナビちゃんが囲まれて殺されそうになっているのに、私はホノカに邪魔されて何もできない。


 「どいてよ! 助けないと……!」

 「キヌさん! あなたは騙されていたの!」

 「は……?」


 私を正面から見据え、まるで言い聞かせるように言い放たれたホノカの言葉に耳を疑う。騙されている? 誰が? 誰に?


 「あの力を見たでしょう!? あれは他所の種族の巫女! スパイよ! 身寄りのない子供を偽って、キヌさんを誑かして……!」

 「何……何を、言ってるの?」


 ハナビちゃんに、あの村以外の記憶なんてないのに、お前がハナビちゃんの何を知っているの?


 ……分かった、分かったよ。お前たちは敵だ。ハナビちゃん以外の人なんて、みんな敵。いつか……私が巫女になったら、全員ハナビちゃんに謝らせる。それで、あの男がハナビちゃんにしたのと同じように虐げて、最後は使い潰して相応しい末路をあげる。それで決まりだ。


 「ぐわぁぁ!」

 「……なに、あれ」


 悲鳴。幸いなことにそれはハナビちゃんのものではなく、あの男とハナビちゃんを囲んでいた人達のものだった。


 見れば、黒い炎がいくつかの人にまとわりついている。その炎は一気に燃え上がり、人を灰に変えた。ハナビちゃんだ。ハナビちゃんが、ハナビちゃんを虐める悪い人をやっつけたんだ。


 「……なんて、悍ましい……」


 あんなにかっこいいのに。ホノカは悪い人の仲間だから、見る目がないんだね。可哀想に。


 「逃げたぞ! もう一人いる!」

 「追え! 隊長の仇を……!」


 そんな声が聞こえた。どうやら、ハナビちゃんは逃げられたみたいだ。


 良かった。無事でさえいてくれれば、あの悪い人達をみんなやっつけて、私のところへ帰ってきてくれる。


 ……なんて、思っていたのに。


 敵スパイ、ハナビ。地割れに落下し生死不明。


 そんな報告を、私は信じなかった。


―――――――――――――


 眠れない。


 眠れるわけがない。ハナビちゃんが生死不明? 生きているに決まってる……生きているのなら、なんで戻ってこないの? ぐるぐると、そんな思考が渦のように終わらない。


 村まで戻ってきた時、ハナビちゃんに酷いことをした人が死んだことで大騒ぎだった。ハナビちゃんに殺されたらしい。当然の報いだ。むしろ、なんでハナビちゃんはもっといたぶらなかったんだろう。


 ハナビちゃんがスパイだったなんて世迷い言を聞かされて、セイランは泣いていた。悪い人の仲間のくせに。なんでお前が泣くの? なんで簡単に信じるの?


 あぁ……ああ! ほんとうに、何もかも……!


 「よぉ、根暗」

 「……ヒョウヤ、くん……」


 そんな私の前に現れたのは、よくハナビちゃんと話していて、ハナビちゃんにキツい言葉を使っていて嫌いだった、そんな男の子。


 「なぁ、お前がハナビを振ったって本当か?」

 「は……?」


 そんな彼の口から出た言葉は、世界で一番ありえないこと。思わず、燻っていた怒りが吹き出す。


 「そんなの、世界で一番ありえない! 冗談でも口にしないで……!」

 「そうかよ。それは俺じゃなくてハナビに言え……あぁ、もう無理か」

 「は……? どういうこと……?」

 「どうもこうもねぇ。これはハナビが言ってたことだ」


 ハナビちゃんがヒョウヤくんにそんなことを言った……? なんで、そんな……そもそもいつ? 本当にハナビちゃんが?


 「どこで!? なんでヒョウヤくんにそんなことを……!」

 「今日。俺たちがお前ら巫女候補に追い回されているとき。もう自分はキヌに必要とされていない、もう価値がない。だから俺を逃がす為に命を使える……ってな」

 「な……」


 あの時、ヒョウヤくんがハナビちゃんと一緒にいた……!? どうして、なんで、私じゃなくて……いや、そもそも!


 「どんな勘違いがあったのか知らねぇが、アイツはそう思っているってこと──」

 「……ヒョウヤくんの、犠牲になったの!? ハナビちゃんがあなたのために死んだって言うの!?」

 「……たしかに俺は、アイツの足を引っ張ったのかもしれねぇ。そこは言い訳しねぇ。あと、アイツは死んでねぇ。お前がハナビを信じないのは勝手だけどな」

 「っ……!」

 「そして、だ」


 ヒョウヤくんが言葉を切ったかと思えば、いきなり私の寝間着の胸ぐらを掴んでくる。


 「そもそも、ハナビが窮地に陥ったのはなんでだ!? 誰を助けるために突っ走った!?」

 「……ぁ」

 「なんでお前を助けようとアイツが動いたのか分かるか!? お前が弱いからだ! アイツに弱いと思われてるからだ!」

 「……やめて……」


 私のせい……ハナビちゃんが傷つくのも、いなくなるのも、居場所がなくなったのも、私のせい……?


 項垂れて、うずくまる。世界の全てから逃げるように。そんな私に、ヒョウヤくんが声を掛ける。


 「……でも、お前だけのせいじゃない」

 「……」

 「なぁ、アイツの言葉だが、俺は復讐なんかやめて大人しく生きるべきで、お前は巫女を目指して他の奴らと仲良く生きるべきらしい。ムカつくだろ?」

 「なにそれ」


 ヒョウヤくんのことはよく知らない。だけど、私があんな人達と仲良く? ハナビちゃんがいなきゃ、巫女になる意味なんてないのに? ふざけてる。何も分かってない。


 「俺は……毎日、あの日を思い出す。怒りと憎しみを焼き付けて……必ず復讐をやり遂げる……絶対に、アイツの言うとおりなんかにならない。お前はどうだ、キヌ」


 私は……。



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