23:昏倒

 簡単に言うと、一姉さまに褒められて帰ってきただけ。

 簡単過ぎる?

 何も起きなかったんだし細かい話はいーんだよ。


「お帰りなさい五姉さま!」

「ただいま。『環』なんでここにいるの……?」

 神性まで得たってのに、相も変わらずここに来るのはなんで?

「それはもちろ……え?」

 ドクンと体の奥から聞こえてきた。

 震えと興奮、そして止まらない躍動感。神なのに呼吸が荒くなる。息が苦しい。立っていられなくなり、前のめりに倒れ込んだ。

 駆けよって来た『環』が涙目になりながらわたしを揺らしている。しかしそれは遠い遠い世界のようで、どこか他人事に感じる。


 大きな光がやって来た。炎も一緒だ。

 やや遅れて小さな大地と矮小な勝利もやってきた。


「いち、姉さま……」

 一姉さまの手がわたしの額に触れた。

 冷たくて気持ちがいい。肩に触れているのは二姉さま、こちらは妙に熱い。

 わたしが認識できたのはここまで……



 神は眠るという概念は持ち合わせていないはずだが、よく眠ったなと思った。わたしを取り囲むように、五人の姉妹が勢ぞろいしていた。

 『環』はわたしに縋り付き声を上げて泣き始めた。

「一姉っ目が覚めたわよっ!」

 四姉さまの目にも涙が。これは貴重だ。

「まさかこんなことが……」

 三姉さまの顔は妙に険しい。

「『月』、ウチらのこと分かる?」

 二姉さま、その質問は失礼では。しかし『判りますよ』の一言は出てこず、ヒゥと喉が鳴っただけ。

「よくやったわ『月』」

 一姉さまが褒めてくれた。やったぁ。


 耐えられなくなり、わたしは再び目を閉じた……



 二度目に目覚めた時は、すこぶる気分が良くなっていた。

 さっきまでのことは夢の中だったと言われても今なら信じてもいい。


「五姉さま、ご気分は如何ですか?」

 部屋に残っていたのは『環』だけ。

「わたしの神力がありえないくらい上がってる気がするんだけど……」

「はい私もそう感じています。

 あの、起きたら来るようにと一姉さまから言伝を受けております」

 大丈夫ですかと、その目が物語っているが、全然問題ない。それを伝えるために『環』が残っていたのだろう。末っ子はツライね。

「分かった。ちょっと行ってくる」



 転移は恐ろしくも静かに行われた。

 痕跡も揺らぎもまるでない、まるで一姉さまのような転移だ。そして踏み入れた一姉さまの部屋からは以前覚えた強烈な威圧感は感じない。

「『月』起きたのね」

「はい。ご迷惑をお掛けしました」

「何が起きたのか説明をするわ」

「いいえ不要です。『主』の『月』が自我を失い消失したんでしょう。そして自我を失う原因をつくったわたしに『主』の神力が流れ込んできた。

 これで合っていますよね」

 第四位『主』の神力は800万。10万ぽっちのわたしにそれが一斉に流れ込んできて器が耐えられず昏倒したが、先ほどやっと馴染んだらしい。

 正確には計っていないけれど、いまのわたしの神力は840万を超えているのではないかな。

「ええその通りよ」

「ところで一姉さま一つだけ疑問があります。

 神の消失は同格じゃないと発生しないと聞いていましたが、どうしてこのようなことが起きたのでしょうか」

「同格でその発生率は二割だったかしら。

 それの前提条件は昇格したとき。今回は格下の神を相手に自ら敗北を認めたということになるわ。そして第八位が第四位に敗北を認めさせるなんて奇跡はない。

 知ってる? 中一位『主』の消失でいま上神はてんやわんやの大騒ぎなのよ」

 上神には当然兄貴も含まれている。

「わたしは『太陽』に会ってきます」

「いま行くと確実にいる・・わよ」

「そうでしょうね。でも行かない選択はありません」

「今回は『太陽』と『月』の話、私は付いていけないわ。

 せめて、頑張りなさい、私の妹よ」

「はい、行ってきます」


 まずは先触れの月狼をだした。この子は終焉のとき月を喰らう狼で、わたしが好んで使うメッセンジャーだ。

 すぐに了承が返ってきて兄貴の部屋に転移した。

 部屋には二人。ひとりは兄貴で、もう一人は見知らぬ女神と言えばそうだが、その姿は知っている。先に出会った主神の『月』と瓜二つ。

 二人並べば双子の姉妹にみえたことだろう。

 しかし彼女の隣に従はもう居ない。


 怒りの表情で睨みつけてくる座神。太い腕を胸の前で組み仁王立ちする兄貴。

 そう言えばポージングをしていない兄貴は初めて見たかも。

「お久しぶりです兄貴、『月』が第八位になって参上いたしました」

「うむ久しいな。

 それにしても『月』よ、いつもそんなふざけた挨拶をしているのか?」

「いいえ滅相もございません。こんな挨拶は兄貴にだけ。特別ですよ」

 わたしの軽口に座神が驚き、目を見開く。

「はははっ影響が少しはあったかもと思っていたが、どうやら『月』は相変わらずのようだな、実に良いぞ!」

 先ほどよりもさらに見開かれる目。

 二段階とは、目って予想以上に開くんだねー


「して訪ねて来た要件は、月が欠けたことか?」

「一応」

 隣に立つ座神がギリリと歯を鳴らした。


「そう言えば二人が会うのは初めてだろう」

「第三位『月』よ」

「第八位『月』です。初めまして座神・・

 兄貴の言葉を遮るのは失礼と悠長に聞いていたから、先に言われてしまった。相手をだが恐れて『月』を名乗れないなんてことはなく、至極自然に名乗ることができた。

 座神が再び奥歯を鳴らすが、その表情は怒りよりも焦りが混じっていた。

 わたしが平然としているのは、無意識とは言え先に、彼女の従者たる『主』に出会っていたからだろう。二人の外見は双子と間違うほどに瓜二つだ。つまり二人の神性に大差はない。

 一度勝っているという事実が、わたしに余裕をくれる。


「『極光』の眷属・・がいい気にならないことね」

 きっと『極光』とは一姉さまの事だろう。残念ながら『極光』なんて聞いたことないので、どんな権能を持つのかは分からないけどさ。

 図らずも互いに互いを『月』とは呼ばない静かな応酬になった。もしそう呼んでしまえば、相手を認めたことになる感じがしてすごく嫌。

 だから絶対に呼んでやらない。


 ぐぬぬと二人でにらみ合っていると兄貴から仲裁が入った。

「『座』よ。『主』に続いて上神まで消えては敵わん。帰るが良い」

「しかし……」

「理由は自身が一番よく分かっているはずだぞ」

 座神はくっとうめき声を漏らした。こちらを睨み、兄貴を見、再びこちらを睨みつけた後、転移した。

 あー怖かった。

 神性比べではなんの恐怖も無かったけど、主神を喰ったとは言え神力じつりょくは相手が上だ。まったく怖くないわけがない。


「また消えたりしませんよね?」

 一度経験したから分かる。あれでは消えない。そう聞いたのはただ沈黙を埋めたかっただけ。しかし同時に思うこともある。兄貴はわたしを『月』と呼ぶ。しかし彼女の事は『座』と呼んでいた。

 いまではないがやがてその時が来るのだろうか?


「あれでも第三位『座』までたどり着いた者だ。このくらいで自信を喪失することはないだろう。それに『主』は所詮あれの従者だからな。

 今回のことは驕らず、ただ運が良かったと思っておけよ」

 昔は金運だってあったことだし、運には自信ある。


 しかし今回は運などではなかった。

 消滅した彼女は生まれた時からの従者で主体性を持っていなかった。他の『月』は彼女の姉で常に先に居たから、彼女は一度も先頭に立つ必要が無かった。

 二人きりならそれでも良かったが、他人わたしが現れた。

 そして出会い、彼女は他人わたし従者じぶんを比べてしまう。オリジナルわたしオリジナルざしん、もはやコピーに居場所はない。

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