endangered species

京泉

endangered species

 国が国民を管理するようになって数百年。

 彼らは遺伝子から性別から環境から生み出される事を決められた瞬間から全てを管理されている。


 ことの始まりは少子化が進み始めた20××年から人口の減少が危ぶまれた事に起因する。

 そこで、人間を一定の数で管理するシステムとして容姿、頭脳、人格に優れた人物から遺伝子を取り出し、人工的に優秀な人間を作り出す国家事業を開始したのだ。

 当然、命への冒涜だと反対運動が起きたが、その運動も人工的に作られた優秀な人間が増えるにつれ、治安の安定や社会の安定そして、人口の安定が目に見えて見えるようになると声が小さくなりやがて消滅した。


 そうして人工的に人間作り出す技術によって国民を管理する新時代が訪れたのだった。



 彼女が転校してきたのは気温が最高気温を更新した日。


「北海道A-803-523155666。チサトです」


 整った顔つきのチサトが柔らかく笑い挨拶をすれば、生まれた地域は違えど同じ遺伝子を持つクラスメイト達も整った顔つきで柔らかく微笑み拍手で迎えた。


 その時だ。

 あっという間に日差しがなくなり青白い稲光が空を覆う暗雲の間を不吉に走った。それに続いてずずぅん……と鈍い衝撃音が木霊した。

 そして、稲光と音から少し遅れてやってきたのは、激しい雨粒。大粒の雨が地面を打ちつける。その勢いはまるで滝壺の中にでもいるようだった。

 滝のように降り注ぐ雨は数分と経たずに校庭の土をぬかるみへと変えた。



「噂?」

「そう、この学校って数百年前はこの国の中心だった所に建っているんだって。それでどこかに地下室があるらしいの。その地下室にはこの国の秘密が眠っているんだって」


 チサトが転校してきてから一週間経った頃クラスメイトからそんな噂を聞いた。

 この学校の地下にはこの国の秘密が隠されているらしい。


 この国は人口減少に歯止めをかけるため、一定の人口を維持するために人工授精や遺伝子操作によって優秀な人間を人工的に作り出し管理するシステムを作った国だ。

 優秀な人間で構成された国は容姿や経済の格差もなく平和な安寧が続いている。

 今更秘密を知る事は無駄な事だ。


「それは冒険心をくすぐる話ね」

「でも冒険は無謀だものそんな無駄な事する必要なんてないわ」

「ふふっ⋯⋯それもそうね」


 同じ遺伝子から産まれ育つ環境も同じなのだから顔も背丈も考えも似て当然。

 違いなんてものは数百年前に消滅した価値観。チサトとクラスメイトは同じ顔を合わせてクスりと笑い合った。



 さらに一ヶ月経った頃の事。一年後、管理された人口が二十人減少する試算が発表された。


「先日、一年後に人口が二十人減少すると発表されました。この東京A学校は人口を補充する準備が出来た人たちが集う学校だと言うことは優秀な皆さんはご存知ですね。これから皆さんは優秀な遺伝子を継なぐのです。遺伝子を継なぐことそれが皆さんの使命です」


 教壇に立つアンドロイド教師の言葉にクラスがわっと湧き立った。

 出席簿順に組み合わせられたデータがそれぞれのタブレットに送信され、チサトにナンバー中部B-032-251322013コウキが表示された。

 

 皆、似た容姿で似た性格。性別だけが違うだけでその性別も人口維持のためだけの違いでしかないのだから自動的に組み合わされても何のことはない。


「よろしくチサト」

「こちらこそよろしくコウキ君」


 チサトとコウキは笑顔を交わし、授業の合間に会話をするうちに二人は意気投合した。


「その噂は僕も知っているよ。チサトはその地下室って結局何があると思う?」

「そうね⋯⋯例えば、始まりの遺伝子とか、かしら」

「ふうん、奇遇だね。僕も同じ事を考えたよ。僕たちは皆、数百年前の容姿、頭脳、人格が優れた人物の遺伝子を受け継いでいる。その人物なくして僕たちが格差なく平等で公平な、安全で平和な生活をすることはないのだから国が重要な秘密としているのはその人物の事だろうとね」


 チサトがクラスメイトから聞いた噂をコウキに話せば彼は同意の言葉を述べ、そして考えを述べた。


「僕たちの遺伝子は素晴らしいよ。優秀な頭脳から生み出された科学は僕たちを楽にそして自由にさせてくれている。あ、ほらあれはチサトが開発した配達アンドロイドだ」

「あれは陸空用アンドロイドなの。あら、もうこんな時間なのね。コウキが開発した自動車アンドロイドが迎えに来たわよ」


 優秀な遺伝子は次々とアンドロイドを生み出した。

 AIを搭載したアンドロイドは人間の代わりに働いている。そのAIの精度はとても緻密で人間と遜色ない。

 同じ顔であれば誰が人間で誰がアンドロイドか分からないほど。

 その為、人間とアンドロイドを一目で区別できるようアンドロイドの顔は目が大きかったり小さかったり、背が高かったり低かったり、様々だ。


「中部B-032-251322013コウキさま、お迎えに参りました」

「ありがとう。さて帰ろうチサト。天気が悪くなってきた」

「うん。天気だけは優秀な遺伝子でも制御できないのよね」

「優秀な遺伝子はいつか天気も制御するさ」


 あっという間に暗くなった空。

 青白い稲光が空を覆う暗雲の間を不吉に走りそれに続いてずずぅん……と鈍い衝撃音が木霊した。

 稲光と音から少し遅れて激しい雨粒が地面を打ちつけ始め、滝のように降り注ぐ雨は数分と経たずに校庭の土をぬかるみへと変えた。


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何十ものモニターが映し出しているのは食事をする人、歩く人、寝ている人⋯⋯同じ顔の人間たち。

 AI監視によって少しでも異常を感知すれば緊急アラートが鳴り響く。


「関東F-049-124105006と九州G-003-118604633バイタル低下してます」


 看護師アンドロイドが読み上げる情報に白衣のアンドロイドは慌てた様子など全く見せず悠々と椅子に腰をかけ観察するように顎に手を当ててモニターを見つめながら処置を指示した。


「人工心肺の用意。必要に応じて稼働。しばらくは定期的電気刺激による経過観察」

「人間の構造上次の個体ができるまで10ヶ月から一年かかります。個体数の維持を優先させるのですね」

「人間は絶滅危惧種。「日本人」は絶滅危機だからな」


 人口の減少が危ぶまれた時代から始まった人間を一定の数で管理するシステム。

 容姿、頭脳、人格に優れた人物から取り出した遺伝子によって人工的に個体数を維持してきたがそれは「日本人」の減少を止める事は出来なかった。

 今、この時代に残っている「日本人」の遺伝子はたった一人のもの。

 優秀な遺伝子で人工的に作られた日本人が増える中でその他の日本人が淘汰されたのだから当然のこと。

 そのことに人間たちが気付くのが遅かったのだ。


「人間は予期せぬ不具合を起こすものです。関東F-049-124105006と九州G-003-118604633が死亡した場合はどこから補充しますか? それから、諸外国からも情報提供依頼が来ています。絶滅危惧種の増減は情報共有が必須となっていますから」

「その場合は、近畿地区と九州地区から補充しよう。人工授精と成長促進を投与するのは関東F-049-124105006と九州G-003-118604633が死んでからで良い。人工人間は交配より早く創れる。諸外国には「日本人」の一年後の二十人減に対して同数を目指すと報告しよう」


 減ったのなら補充すれば良い。遺伝子が残っているのだから簡単なことだが、ここにいる彼らは簡単には補充をしない。

 なぜなら「日本人」の個体数だけでなく習性と生態、繁殖方法を残すのも彼らの仕事だからだ。


「存在していたものが無くなるのは寂しいですね」

「ほう、君は「寂しい」を学んだのか」

「教えてくれたのは丸い型式で親しみやすいデザインの乳母アンドロイド・トメさんです」

「君は寂しい感情を学習したが、体型を「型式」、表情や顔つきを「デザイン」と呼ぶのはまだまだ、だな」

「ややっ! 私もまだ学ぶことが多いです」


 看護師アンドロイドはおどけて額をペシっと叩く。

 それもどこで覚えた仕草なのか。

 白衣のアンドロイドはメモリの中のフォルダを探り、はるか昔「寄席」で小噺を披露する中で噺家が扇子で額を叩くデータを瞬時に取り出し「なるほど」と看護師アンドロイドと同じ仕草を返した。


「寄席の小噺は人間を知るには良い資料だ。取り出しやすいようにメモリ内のデータを整理する必要があるな」

「私たちは人間に創られた時から学んだデータを蓄積していますからね。たまに整頓しなければなりません」


 一つの遺伝子から創られた人間は同じ顔同じ容姿同じ思考になり、人間が創り出したアンドロイドたちは人間を守るプログラムを搭載されていたがためにプログラムに愛情や個体差を学ばせ、いつしか人間を追い抜いた。


「そう言えば、人間の間で噂が発生しました」

「ああ、また流れ始めたのか。あれだろう? 学校の地下に「始まりの遺伝子がある」と言う噂。これは定期的に人間の間で流れる。いつの時代でもだ」

「確かに地下はありますが⋯⋯正確には彼らが飼育されているところが地下ですけどね。そろそろ夜の時間に切り替えます。今日はどのようにしますか」

「そこは飼育ではなく、生活と言う方が良いだろう⋯⋯雷を止めて雨を朝方まで降らせよう。気温が上がりすぎて人間がばててしまっているから下げよう」

「ややっ、飼育ではなく生活ですね! また学びました。了解です」


 朝方、朝、昼、夕方、夜。晴れ、曇り、雨、雪、雷。暖かい、暑い、涼しい、寒い。

 看護師アンドロイドが時間帯と天気、気温が並ぶボタンの内「夜」と「雨」と「涼しい」をぽちぽちと切り替えた。

 

「では私は朝まで稼働停止するよ。バッテリーも少なくなったし稼働しすぎて熱を持ち始めてしまった。医師アンドロイドは燃費が悪い」

「それでは冷却水と電力を補充します。医師アンドロイド・ゼウスから医師アンドロイド・シバに交換します。私はまだ燃料が残っていますから」

「頼んだよ看護師アンドロイド・フローレンス」


 医師アンドロイド・ゼウスが座っていた椅子が休息カプセルに変化し、充電装置に接続されると蓋が閉じた。

 装置が収納された後、看護師アンドロイド・フローレンスは次の医師アンドロイド・シバを起動させた。

 先ほどとは反対にせり出した休息カプセルが椅子へと変化し、充電装置が外れた医師アンドロイド・シバは気怠そうに背伸びをした。

 

「おはよう看護師アンドロイド・フローレンス」

「おはよう医師アンドロイド・シバ」


 起きた医師アンドロイド・シバは医師アンドロイド・ゼウスが重厚なのとは対照的に少々軽薄そうなデザインだ。


「また人間に「噂」が流れてるんだってね」

「はい。彼らは自分たちこそ地下で飼育⋯⋯生活しているとは思いもしていないですから」

「思いもしないように我々が管理しているんだよ。それにしても人間が無くしたものが我々アンドロイドが手にしている。実に興味深い」

「医師アンドロイド・シバ。その感情は私はまだ学習していません」

「君は補助をプログラムされたアンドロイドだからね、その内学ぶよ」


 全てのアンドロイドたちはデータバンクへのアクセス権を持っているが、それぞれの仕事に特化したプログラムが組まれている。その為、学習した知識や情報は管理AIによって分類され特化プログラムに必要な情報が優先的に処理されるのだ。


「人間が容姿、思考の個体差を無くし単一化させたのに対し、我々アンドロイドが容姿、感情情報処理、個体差を得ている。そして、人間⋯⋯は我々アンドロイドに管理されている。実に興味深い話だね」


 医師アンドロイド・シバは鼻歌混じりでモニターを切り替えては人間の姿を映し出し楽しげに笑う。

 そんな姿に看護師アンドロイド・フローレンスも笑う。


「⋯⋯これが楽しい感情⋯⋯私たちアンドロイドは皆違うデザイン、違う仕事、違う行動をします。これが楽しいと言う感情ですね!」

「おや、君は感情情報処理が早いね」


 「感情と言うものはとても興味深く楽しいものだよ」そう呟いた医師アンドロイド・シバはモニターに映る人間に向かって優しく微笑んだ。



 一年後、試算通り二十人減となったが、産まれた人間は十三人だった。

 これまでも、人間たちは同じ顔、同じ遺伝子なのに僅かな個体差があるようで、関係が悪化したり、そもそも関係を始めない事もあった。

 自然に近い状態で人間を増やそうとすると、予定通りに行かない事は良くある事象ではあるのだ。

 それは人間が無意識に持つ自我が関係するのかもしれないと医師アンドロイドたちはデータを更新した。


「全て同じにしても些細な違いが発生する人間は実に興味深い」

「演算通りに行かないのが人間だからな」


 医師アンドロイドのゼウスとシバは端末を操作しながら産まれた人間をモニターで観察する。


 モニターに映るのは交配によって産まれた十三人の幼児と、人工授精と培養によって創られた七人。そして彼らを世話する乳母アンドロイドたち。

 その中に看護師アンドロイド・フローレンスを見つけ、ゼウスとシバは顔を見合わせた。


「彼はまた新しい感情を学んだようだ」

「あの幼児は人工受精施設、関西W-606-000126304と、四国V-875-011410473ですね」


 フローレンスの腕の中には二人の幼児。

 愛おしそうにあやすその姿は、はるか昔に存在していた人間のようだ。


「我々アンドロイドが感情を学び、進化して人間のようになる。決して人間にはなれないとしても、だ。実に興味深い」

「医師アンドロイド・ゼウス、医師アンドロイド・シバ。関西W-606-000126304と、四国V-875-011410473に私が名前を付けていいですか」


 モニター越しに話しかけられたゼウスとシバはフローレンスに視線を戻した。


「いいだろう。さて、君はなんと名付ける?」

「関西W-606-000126304はイブ。四国V-875-011410473はアダム。どうですいい名前でしょう」


 アダムとイブ。始まりの人間とされる名前だ。彼はその意味を分かって名付けた。

 看護師アンドロイド・フローレンスの感情学習処理は早い。どこまで彼は進化するのか「興味深い」と笑うシバと「いい名前だ」と表情を変えないゼウスに向かってフローレンスは満足そうにピカピカと両目を光らせた。


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 彼と彼女が転校してきたのは気温が最低気温を更新した日。

 どこもかしこも氷に覆われながらも彼らの周りは温かく思えた。


「ねえアダム、チサトさんからこんな「噂」を聞いたの。この学校って数百年前はこの国の中心だった所に建っているんだって。この建物のどこかに地下室があって、その地下室にはこの国の秘密が眠っているって」

「ああ、僕もその「噂」をコウキさんから聞いたよ。そこには「始まりの遺伝子」があるってね」


 チサトとコウキはアダムとイブの指導係だ。二十数年前、二人は番となり優秀な遺伝子を残した事で人口の安定をより強固なものにする為に作られた組織の一員となっている。

 

「でも、今更それを知ってどうなるのかしら。私たちが優秀なのは変わらないわ」

「そうだよ。僕たちは優秀な「始まりの遺伝子」を継ぐもの。「噂」を信じるのは無駄だよ」


 整備アンドロイドたちが作業をしている氷漬けの外の景色を眺めながらアダムとイブは同じ顔を見合わせ笑い合う。

 優秀な遺伝子が開発したアンドロイドは人間のために働く。安定した安寧がここにある。

 

「四国V-875-011410473アダム、関西W-606-000126304イブ。中部B-032-251322013コウキと北海道A-803-523155666チサトの指導時間です」

「そんな時間か。行こうイブ」

「今日はいよいよ交配について教えてもらうのよね」


 看護師アンドロイドが二人を呼びに来た。アダムとイブは荷物を持ち、彼の後について行く。


 その姿を多くのアンドロイドが微笑みながら見送った。



 ここが彼らが「噂」する地下であることを彼らは知らない。管理していると思っているものに管理されていることも知らない。

 

 使役される側のアンドロイドは使役される中で感情を学び、個体差を手に入れた。

 人間は個体差を失い使役していると思い込んでいるアンドロイドに管理されているのだ。


 今やこの国だけではなく全世界の人間とアンドロイドが入れ替わっている。


 人間は絶滅危惧種とされ、人種で見ればその殆どが絶滅危機だ。

 それは遠い未来で近い未来の話。

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