第一幕/第一話 非日常のはじまり

ギィー

大きな扉が開かれ誰かが入ってくる。



だだっ広い真っ暗な闇の中、スポットライトが当たる真っ赤な椅子に腰掛けた蝶の仮面をつけた怪しい人物の元へゆっくり歩いていく。


近づくにつれ心臓の鼓動は早くなり手に汗もかき、呼吸がしづらくなる。


蝶の仮面の人物はつまらなそうに一枚の紙を眺めている。


「あらん?ここに来たってことはあの同意書にサインしたってことね?

ふーん、そう。佐倉さくらマサトくんね。

やっぱり貴方もここに来るのね」


ふぅーとパイプをふかしながら、筋肉隆々なチャイナドレスを着た蝶の仮面をつけた男が視線を上下に動かす。


自分がここに来ることが予想されていた?

貴方も?

じゃあ、やっぱりアイツも……


俺の親友のアイツもここに……!

コイツに人生を狂わされたのか。


いや、違うな。

あの同意書にサインしたのはアイツ自身だ。

それは俺も同じ。


なにを犠牲にしても欲しいものがあるんだ。

ありとあらゆるものが集まるこのブラックマーケットに参加したのは俺自身の為。


欲しいものがあるから。

ここならそれが手に入るはずなんだ。


「ああ、サインはした。

俺にはやらなきゃならないこと、欲しいものがあるんだ」


高校生らしい風貌の茶髪の男が真っ直ぐと意思のある瞳で蝶の仮面の男を見ながら言った。


「そうね、ここはそういう人間の集まる所。そういう風に出来てるのよ。

ほら、あなたもお座り。

立ち話で終わるほど簡単な話ではないのよん」


どこからともなくスポットライトに灯された赤い椅子がマサトの前に差し出される。

その椅子に腰を下ろし深呼吸をする。


やっとたどり着いた。

悪魔のオークション、ブラックマーケット。

噂程度でネットやSNSじゃ探せない。


ある日突然、とある荷物とともに招待状がくる。

そう、アイツと最後に交わした通話。


欲しいものを手に入れるオークション会場があると。

それはなんでもだ。

人でも金でも空想上の生き物でも命さえもとあるものを支払えば手に入る。


「そうだな、きちんと説明は受けたい。

その上で俺は退屈な日常から抜け出したいんだ」


マサトは足を組んで膝の上に肘を置き顎に手を当て、にっこりと笑って蝶の男を挑発するように見つめる。


「もーせっかちさんねー?いいわ、良くお聞きないさい。

アタクシ主催の会員制オークションはありとあらゆるものが手に入るわ。

ルールは簡単よ、カタログから欲しいものを選んで入札をタップ。

落札ポイントを掲載期間内に入札チャージするだけよ。

より早く落札ポイントを入札チャージした人がそれを手に入れられるわ。

人気があるものは競争率も高いわ」


蝶の仮面の男がタブレットをスクロールしながらマサトの方をチラリと見て説明する。


「カタログと入札チャージはこの専用のスマホからってとこか?」


マサトが真っ黒なスマホを取り出しいつの間にか現れたテーブルの上に置いて、トントンと指で画面を叩く。


「ええ、あとはアカウント登録をすればすぐにオークションに参加できるわ。

アカウント登録とオークションの説明は隣の部屋のスタッフがしてくれるわ。

さあ、お行きなさい。

アタクシも会員様の欲しいもの探しに行かないといけないのよ。

ホント、最近の要望は骨が折れるわ〜」


コキコキと首を鳴らしながらシッシと犬でも払うかのような仕草をし、

早く行けと言わんばかりに遠くに見える白い扉を指差す。


「アタクシの名前はピエロよ、よきオークションライフを」


誰もいなくなった真っ暗な部屋のスポットライトに照らされた筋肉隆々のチャイナドレスを着た蝶の仮面をつけた男がにっこりと笑って手を振りながらそう、出ていくマサトに告げた。

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