神様の推理 (1)


 アンに工房の受付を一任し、オレは午前に請け負った仕事を俯瞰して分析を始めた。紙の量に思わず圧倒されそうになるが、捨てることはできない。クライアントへの信頼は大事なのだ。


 一番目のお客さんは衣料品の在庫管理をしているロボットの調子が悪く、誤発注を繰り返し始めたものの修理だった。


 二番目のお客さんは赤ちゃん用のガラガラの修理だった。


 三番目のお客さんは起動不可のアンドロイド一体の修理だった。


 四番目のお客さんは誤作動するヘア・アイロン・ロボットの修理だった。


 五番目のお客さんは同じく誤作動するオクトパス・ボール・メーカー・ロボットなる未知なるロボットの修理だった。


 さて、共通するのはロボットの修理ってところくらいで、その症状は実に多様だ。広くロボットの修理及び制作を請け負っているが、専門であるアンドロイドは五件中一件だけ。それも、お得意様なので、新規クライアントの獲得には結びついていない。


 そして、アンが受け取った六番目以降のお客さんの依頼内容にも目を通す。


 冷蔵庫や多機能レンジの異常な温度設定。ウェアラブルデバイスの不正確な反応。中には、自動運転タクシーの急発進急停止による人身事故未遂まである。


 内容に差はあれど早急に対応すべき問題であることには違いはない。


 そして、オレにはその解決策に繋がる糸口を手にしていた。アンが持っていた情報だ。


 世界的に蔓延しているコンピュータ・ウイルス。お客さんとの話の中から、アンが推察した故障原因だ。


 確かに、受けた仕事依頼を見比べると、その中には共通点のようなものを見ることができる。オンラインで動作する仕様のものが多いことだ。ザッと見た感じ、マダム・サファイヤの持ってきた完全自立型アンドロイドの修理を除き、ほぼ全てのロボットがオンラインでの稼働を前提としている。五番目のお客さんであるオオサ・カジンさんはサーバーの稼働情報まで持って来てくれた。


 オレは自分のスマート・デバイスを手に持ち、ウェブにアクセスした。今欲しい情報はすぐに見つかった。


「オンラインが大惨事!」

「ロボットにご注意を!」

「コンピュータ・ウイルスが世界を震撼!」


 そんな見出しのニュースがいくつも見つかる。


 それらの記事を流し見し、情報を収集する。


 あるウェブライターは「同時多発テロ」と過激に表現し、またあるウェブライターは「ロボット依存症への警鐘」と注意喚起を行っていた。


 ただ、どれも主観的な記事が多く、客観的かつ具体的な情報は中々集まらない。分かったのは、やはりオンラインで稼働するロボットが誤作動する、という最初の思いつきと同じものだった。


 オレはスマート・デバイスをスタンバイ状態にし、情報収集を一旦打ち切り、現場を見て回ることにした。確かにコンピュータ・ウイルスへの対策は妙手ではあるのだが、世界中の技術者が躍起になって対応していることは予想できる。それでも、まだコンピュータ・ウイルスの方が優勢みたいだ。それなら、オレは地方の工房の主人として、できる範囲で行動するべきだと思うのだ。世界を変えるような大きな変革ではなく、身近な人を少し幸せにする小さな変化。それが、オレにできることだった。随分と小さなところに収まってしまった。


 幸い、スマート・デバイスでニュース記事を読むことができたということは、ウェブの全てがコンピュータ・ウイルスによって破壊、あるいは改変されたわけではない。まだ利用可能な範囲内で対応することができれば、オレの仕事としては十分だろう。


 オレは一番目のお客さんの連絡先を確認し、ロボットの修理に関するアポイントメントを取る連絡を入れた。幸い、工房に来店したご老人ではなく、そのお孫さんが返事をしてくれたため、やり取りは意外とすんなり決まった。午後二時。それが訪問予定時間だった。


 今回はロボットが誤発注を繰り返すという内容を聞いていたので、ハードウェアではなくソフトウェア寄りの道具を準備する。ウェブの情報が全て正しいものとは限らないので、書斎からソフトウェアに関する辞書のような本を何冊か持って行くことにした。手荷物は思ったよりも多くなってしまったが、目的地はそれほど遠くないので大丈夫だろう。工房を出る前に、アンに工房を任せる旨を伝えておく。工房の受付にはお客さんの流れが途絶えていて、タイミングよくアンに時間の空きができていた。


「アン。これから仕事先を回る。帰りの時間は分からないから、夕食の準備はいらないよ。工房の受付時間が終わったら、今日のアンのお仕事は終わりだ」

「承知しました。神様」

「それから、明日の朝も忙しくなるかもしれないから、アンは朝から工房の受付を頼む。食事はオレが何とかするから、必要ない。朝も起こさないでくれ」

「承知しました。神様」


 本来は頼るべきアンドロイドであるのだが、こういった不確定要素の多い仕事に取り組むときは、その四面四角な行動が裏目に出ることがある。


 少し前、徹夜でアンドロイドの仕事を消化した際には、寝るタイミングが悪く、眠りに落ちたと同時にアンに起こされたことがあった。アンには徹夜明けは起こさないように、逐一指示を出す必要があるのだ。それからは、できるだけアンには具体的な指示を出すように心がけている。第一次大ロボット産業時代にアンドロイドは劇的に進化したのだが、一方で問題点も浮き彫りになった。専門的にはファジィ理論と呼ばれるものである。簡単に言うと、人間の生活はとても曖昧で、デジタルな動作をする機械には理解することが困難であり、それを解決するための理論である。例えば、「とても曖昧で」という言葉に注目すると、「とても」の時点で機械には理解が難しいのだ。プライマリー・スクールのレベルなのか、カレッジのレベルなのか、いや、それ以前に、学力の問題であるのか。そういった人間が当然のように行っている不安定さや不確定さをロボットへ実装する挑戦が果敢に行われたのが、第一次大ロボット産業時代である。その理論はある程度確立され、今では基本理論の一つであり、ハイ・スクールによっては、授業で扱われることもあるらしい。そしてそれが完全自立型アンドロイドに活かされた。故に、アンドロイドにはある程度なら会話を交えることができるようになったのだ。古くはスマートスピーカーと呼ばれる対話型の音声操作もあったらしいが、今ではその技術は古臭いものになっている。まあ、つまりはアンドロイドは人語を理解するが、全て伝わるとは限らない、という話だ。


 アンドロイド工房の主人として、それをよく知っているオレは、未然にアンに指示を出す。これで、オレは自由に動けるはずだ。


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