神様の繁盛 (4)


 さて、オレが早急に対応すべきお客さんとしては最後になる五番目のお客さんだ。


 服装はとてもワイルド。アウターの胸部には吠えるタイガーが刺繍されていて、ボトムズはダメージジーンズ。実にパンクなお客さんだ。この奇抜な人はこの地方の有名人で、ちょっと奇妙な言動で有名なオオサ・カジンさんだった。独特の言葉と文化を持ち、独自のリズムで生きている。まあ、一言で言うと変人だ。


「お待たせいたしました。五番目のお客様。ご用件をお伺いします」


 オレは少し緊張していた。変人と名高いオオサ・カジンさんと上手くコミュニケーションが図れるか、未知数だったからだ。


 だが、そんなオレの心配など気にした様子もなく、オオサ・カジンさんはよく口が回る。


「まいど。おおきに。儲かりまっか。ぼちぼちでんな」

「は、はあ。どうも。お世話になってます」


 よく分からなかったが、挨拶みたいなものだろう。相手にするだけ損だ。ここはほんの序の口に過ぎない。


「それで、ご用件は何でしょうか?」


 無礼に当たらないか、オレが恐る恐る尋ねると、オオサ・カジンさんは口早に状況を説明してくれる。


「久しぶりにオクトパスが手に入ってん。んでな、オクトパス・ボールを作ろうと思うてん。でも、オクトパス・ボール・メーカー・ロボット、上手にできひんねん。粉と水と卵とオクトパスをセットして、後は全自動なんやけど。うーん。ウェブを確認したんやが、サバやって稼働してるんやけどなあ。って、何がサバや! サーバーやっちゅうねん!」

「……」


 絶句した。何故か饒舌なオオサ・カジンさんとの温度差に、オレはめまいがしそうだった。こんなお客さんこそ、アンに頼むべきだったと思う。少し前のオレに助言できるなら、アンに「六人目以降を頼む」ではなく、「五人目以降を頼む」と告げるだろう。それくらい、オレには苦手な相手だった。


 だが、オレの感じている気持ちと似たような感情をオオサ・カジンさんも抱いたようで。


「自分、ノリ悪いな」


 吐き捨てるようにそう言った。


「まあ、ええわ。とりあえず、何もできひんねん。何とかしてくれや。これやねん」


 オオサ・カジンさんはどさりと両手で抱えた荷物を受付の台の上に置いた。中を軽く覗かせてもらったが、円形で凹凸のある見慣れないロボットだった。


 結局、オオサ・カジンさんの言葉は半分くらいしか理解できなかったが、とりあえずロボットの故障であることは分かった。オクトパス・ボールなる未知の料理も、オクトパス・ボール・メーカー・ロボットなる未知なるロボットも、全部ひっくるめて後回しにしよう。幸いにも、オレには先約が四件ある。先約を相手している間に、オレも人間的成長を見せ、オオサ・カジンさんと仲よくなることができる……かもしれない。


「こちらにお名前とご住所、日中に連絡可能な連絡先をご記入ください」

「ええで。――ほな!」


 オオサ・カジンさんは言いたいことを全て言って、書きたいことを全て書いて、工房を去った。マダム・サファイヤに続いて、本日二回目の嵐だったように思う。


 こんな感じで午前の仕事は受付だけで終わってしまった。何とか人は捌けたが、断続的にお客さんが来るので、午後の受付は全てアンに対応を任せた。


 オレはアンの受け入れた案件を見比べながらこれからの対応のスケジュールを考えていた。断言できるのは、オレの手では圧倒的に労力が足りないことだった。今日の午前だけでも、仕事数は優に数十件。本来なら半年ほどかけて消化するくらいの仕事量である。


 アンに工房の受付を任せているため、久しぶりに自分で昼食を作ることになったが、面倒だったのでレトルト食品に頼ることにした。ここ数日は飲食物のストック確認をしていないので、心配だったが、幸い一食分だけ残っていた。


 しかし、これだけ一度に仕事が舞い込んでくるのは、明らかに異常事態である。つまり、これには何らかの原因があると、オレは予測した。そう予測である。証拠がないのだ。だから仮説および対策も練ることができない。ただ、これらの仕事をバカ正直に一件一件対応するのは、物理的に無理がある。いいドクターの条件の一つは、自分の裁量をしっかりと把握していることである。これはオレの手に余る仕事だった。


 オレは仕事を断ることも視野に入れながら、工房受付で疲れずに労働しているアンに相談してみることにした。客足が途絶えたタイミングを見計らい、ダメ元でアンに聞いてみる。


「アン。ロボットの故障原因に心当たりがないか?」


 オレは当然、「分かりません。神様」という返答を待った。だが、事態は意外な方向へと進む。


「先ほど、お客様から世界的にあるコンピュータ・ウイルスが蔓延しているとお話を耳にしました。確証はありませんが、原因の一つと考えられます。神様はどう思われますか?」


 オレは真冬なのに冷や水を頭からぶっかけられたような衝撃を受けた。


 オレの頭の中で、点だった今までの仕事が線で繋がっていく。そして、導かれた図は、アンが描いているものと同じものだろう。


「アン。ロボットの修理対応の前に、調べ事をする」


 相手は世界的に蔓延しているコンピュータ・ウイルス。それへの対抗策を講じることが、この仕事を解決する最良の一手だと判断した。神の結論である。もちろんアンは受け入れてくれる。


「承知しました。神様」


 これで、当面の方針は決まった。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


お読みいただきありがとうございます。


面白い作品となるように尽力いたします。


今後ともよろしくお願いします。


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