神様の繁盛 (2)
オレは工房の受付に向かい、列の先頭で手ぐすねを引いて待っているお客さんと接した。
「おはようございます。遅くなりました。当工房の主人です。では、順番に対応しますので、先頭の方からお願いします」
一番目のお客さんが目の前に進み出る。男性のご老人だった。確か、近くの女性物の衣料品を扱っているお店の方だ。お店は随分な老舗……と言えば聞こえはいいが、毎日が閉店セールのような、寂れたお店である。お店に入ったことはないが、自治体の会合で何度か顔を見たことがある。お店自体はこの地域で古くから商売をしているらしく、自治体の会合でも発言力のある方だ。ただ、見た目通りかなりのご高齢であるため、コミュニケーションは難航する。話すのも、聞くのも、一苦労なのだ。
「おはようございます。ご用件をお伺いします」
「ああ、まあ、急ぎ、ではないのだが……」
ご老人らしく、緩慢な説明で、要点がまとまっていない。話が長年連れ添った奥さんの話だったり、お孫さんの話だったり、他愛ない世間話が多々含まれている。半分以上を聞き流しつつ、用件をまとめると、在庫管理をしているロボットの調子が悪く、誤発注を繰り返し始めたらしい。そのロボットを起動させるのは久しぶりだったため、ご老人の指示ミスかと思ったが、どうもロボット自体が意図しない動作をしているようなので、修理をして欲しいとのことだった。できればもっと話が円滑に進みそうなご老人のお子さんかお孫さんが来てくれれば助かるのだが、とりあえず最低限の情報は得ることができた。そこからもう少し深く探りを入れようと試みるのだが。
「えっと、メーカー保証やご購入店舗の保証はありますか?」
「さあ……のお……古い……ですから……のう……」
これでは正規の修理は無理そうだ。なら、オレの領分である。衣料品の在庫管理のロボットならば、ロボットの中でもオーソドックスな部類だ。話を聞いた限りでも、いくつか修理ポイントに心当たりがある。
「分かりました。では、後日……早ければ今日の午後にでも、ロボットを見せてもらいに伺います。その際に、修理見込みや料金のお見積もりをしましょう。では、ここにお名前とご住所、日中に連絡可能な連絡先をご記入ください」
ご老人は老眼鏡をかけながら、プルプルと震える手で必要事項を記入してくれた。ご老体なのでちゃんと身体が思う通り動くか、そして書かれた字が読めるか、不安だったのだが、ご老人は意外と達筆で、年齢と共に成熟させた趣のある文字だった。
「ありがとうございます。では、また後ほど」
「はいさね……」
ご老人は歩行補助用のロボットに身体を支えながら、工房を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、ちゃんとした足取りであることを確認し、少なくともご老人のボケ故の行動ではないことを再認識した。とりあえず、これで一番目の仕事内容は把握できた。
「お待たせいたしました。お次の方、お願いします。ご用件をお伺いします」
二番目のお客さんは若い夫婦だった。近くのマーケットで、頻繁に二人で買い物をしている場面を見かけるので、この二人もご近所さんだ。奥さんは身重のようで、お腹だけがポッコリと膨らんでいた。若い旦那さんの顔を見て、そう言えば今日は日曜日だったことを思い出す。職業柄、平日の夕方や夜、それから土日に仕事が入ることが多いので、一般家庭の会社員とは少しズレたところがあることを、ちゃんと心に留めておこう。ロボット工場勤務と違い、個人経営のアンドロイド工房はサービス業だ。お客さん第一だ。
そんな今更なことが頭を横切る辺り、オレはまだ余裕があるようだ。脳のメモリを仕事以外に割り振ることができるのだから。いや、ちゃんとしろ、オレ。アンの姿は列後方に隠れてしまっているが、同僚が頑張っているのだ。オレだって真面目に仕事と向き合おう。
そう心に活を入れながら、首から上は営業スマイルで柔らかく対応する。これぞ、アンドロイドには未だ難しい、人間のテクニックだ。
「ええっと、来月赤ちゃんが生まれるんです」
ふむ。よく分からないが、おめでたいことのようなので、とりあえず祝福することにする。
「それは、おめでとうございます」
オレの祝辞を、夫婦ははにかみながら受け取った。だが、今はもっと素早い対応が求められている。ただでさえ、一人目のご老人で時間がかなりかかってしまったので、できるだけテキパキと進めたい。
「それで、ご用件は?」
オレが端的に尋ねると、旦那さんが手に持っていたカバンから小さな玩具を取り出した。
赤ちゃん用のいわゆる「ガラガラ」だった。確か、音楽的にはラトルという打楽器に分類されるものだったと記憶している。振るとガラガラと音が鳴る玩具だ。
「このガラガラなんですけど、実はオンラインで赤ちゃんの機嫌に合わせて鳴る音が変わるおもちゃでして、でも、上手く鳴らないんです。赤ちゃん用のおもちゃって意外と高くて、修理の方が安く済むようなら、と思ったのですが……」
旦那さんが丁寧に説明してくれる。
「なるほど。とりあえずお見積もりですね。修理と言うことは、新品ではないのですか?」
不良品なら、返品できるはずである。それを、アンドロイド工房に持って来たのだ。一番目のお客さんと同じく、メーカー保証や店舗での交換ができない代物であることは推察できた。
「はい。親戚から貰ったものです」
「そうですか。では一旦、預かりますね」
旦那さんから丁重にガラガラを受け取り、代わりに紙を渡す。
「お見積もりが取れ次第ご連絡します。こちらにお名前とご住所、日中に連絡可能な連絡先をご記入ください」
旦那さんがサラサラと必要事項を記入する間、オレは預かったガラガラをグルッと一通り見通した。一応、アンドロイド専門ではあるが、ロボット関連にはある程度対応することができる。持ち主の感情によって、鳴る音が変化するおもちゃなら、それは玩具の域を超え、ロボットの領域である。オレなら対応できるだろう。
だが、赤ちゃん用となると、それ相応の準備が必要かもしれない。飲み込む危険の高いネジの扱いだったり、除菌抗菌仕様だったり、だ。まあ、ガラガラを見る限り、記載しているメーカーのロゴは大手メーカーのものだったので、情報には困らないだろう。修理、制作に必要な情報を集めるのも、工房の主人としての仕事の内だ。
旦那さんが記入を終えた頃合いを見計らって。
「では、できるだけ早くご連絡差し上げます。ありがとうございました。それから、赤ちゃん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
夫婦は肩を並べて工房から出て行った。もちろん、身重の奥さんに歩調を合わせて。
人類は完全自立型アンドロイドを制作できるようになったが、未だ人工生命に関しては議論が多々行われている。アンドロイドと違い、自我のある生命であるため、そう易々と実行できるものではないらしい。かく言う俺も、倫理観は大事だと思うので、愛のない生命の誕生には反対派である。声高に宣言することはないが、選挙の公約はちゃんとチェックするようにしている。ちゃんと大人だ。
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