神様の日常 (3)


 自室に戻ったオレはサッと作業着に着替え、ドア横においてあるウッドラックから工具一式を手に取り、窓際の陽光がよく当たるところに設置した作業机に腰かける。仕事は基本的に作業室で行うのだが、自室でも一通りの作業はできるように準備している。自室の方がリラックスできるので、オレのプライベートタイムを技術向上に当てるのは、自室の方が適しているのだ。


 作業机の上には、アンドロイドのパーツが、バラバラ殺人事件の現場のように無造作に散らかっている。どれもこれもオレの練習用のパーツなので、既に売り物にはならないくらいくたびれている。人工毛はご老人の頭皮のように抜け散らかしていて、人工皮膚はボロ切れのように所々薄くなっている。それから臓器代わりの内部パーツも摩耗していて、間違っても工房の商品に紛れ込ませてはならない。一週間でリコールになること請け合いだ。


 オレは工具一式を作業机の上に置き、パーツの山の中から適当に一つを拾い上げた。


「右大腿部、成人男性型、タイプ・エーマイナー、サイズ百七十」


 パーツの目利きをし、工具一式の中から分解用の工具数点を取り出す。そして、オレは成人の大腿――長さ三十センチほどの楕円中のパーツのバラしを始めた。人工皮膚で覆われたパーツは、人工筋肉や人工骨等から構成されている。特に今、オレがバラしているタイプ・エーマイナーは極めて人体に近いアンドロイドであり、オレがやる「バラし」はほとんど医者の外科手術のようなものだった。ただ、医者の手術と決定的に違うことは、時間経過による人体への――この場合アンドロイド本体であるが――影響を深く考える必要がないということだ。アンドロイドの制作には、クライアント次第だが、時間をどれだけかけてもよく、その代わり正確かつ美しく仕上げることが求められる。アンドロイドに生死など許されていない、それが時代だった。でも、いや、だからこそなのかもしれないが、職人としての質の高さが求められる。幼い頃から仕込まれたオレの腕は、自分で言うことではないが、その筋でも上ランクだと自負している。それこそ、カレッジのプロフェッサーや、大手メーカーの一線で働く技術者クラスの能力だと思う。オレは自己評価が高いタイプではないが、自分のアンドロイドに関する腕だけは、信頼していた。それはそのままオヤジとアンへの信頼と言ってもいい。


 小一時間ほどの時間をかけて、オレはパーツをバラし終えた。目の前には微細パーツごとに整理された「大腿部だったモノ」がある。人工皮膚、人工筋肉、人工骨、それから関節代わりのギアや血管代わりのケーブル。それらが綺麗に並んでいる。これで、オレの練習はようやく折り返し地点だ。どちらかと言うと、ここから先が本番だ。バラすだけなら、三流のバカでもできるのだ。


「ふう……次は構成……」


 分解に用いた工具を丁寧に手入れ・収納し、次に構成用の工具数点を取り出した。ここから、アンドロイドの――人体を創りあげる処理に入る。

 基本となる人工骨の位置をミリメートル単位で調整し、人工筋肉等モロモロを精巧に配置し、最後に人工皮膚をタイトに縫いつける。文字にすれば簡単な工程であるが、この技術の会得は一生ものと言われている。子供の頃からオヤジに叩き込まれたオレだからこそ、二十代前半でアンドロイド工房をやり繰りできる技量を身につけられたのである。物心つく前には工具に触れ、物心ついた頃にはオヤジに、いや、師匠に技術を叩き込まれていた。


 分解とは違い、より精密さを求められる構成には、優に二時間以上を費やし、そして、バラす前と寸分たがわぬ大腿部のパーツが出来上がった。もちろん、オレの練習用のパーツなので、到底売り物にはできない。だが、その劣悪な材料にしては最高峰とも言うべき出来であった。我ながらいい腕をしていると思う。


「――ふう」


 日課である分解と構成の練習が終わり、オレは大きく一息ついた。こうした毎日の練習によって、ゆっくりだが着実にオレの腕は磨かれていた。勉強の基本は反復練習である。昔から、オレはこういった根気のいる作業には慣れっこだった。ハイ・スクールでは誰よりも数式を解き、誰よりも単語を覚え、そして、誰よりもアンドロイドに触れてきた。サラリーマンをやっている同年代よりも、オレはずっと先を走っている、そう思っている。


 肩をぐりぐりと回しながら、凝った関節をほぐしていると、コツコツコツと部屋をノックする音が響いた。急なアクシデントでもない限り、オレの自室をノックするのは同居しているアンだ。


 時計を見る。時刻は十時三十分。マダム・サファイヤはいつも予定よりも遅れてやって来るので、別件だろう。


「アン。開いているよ。入って」


 アンはオレの返事を確認すると静かにドアを開け、オレの部屋に入ってきた。その手にはお盆を持っており、その上にはティーカップが乗っかっている。


 午前中に仕事が入っていない日は、自己鍛錬用のアンドロイドパーツの分解と構成、それからこのティーブレイクが、オレの午前の日課だった。


「お茶をお持ちしました。神様」

「ありがとう」


 オレはアンからティーカップを受け取り、冷めないうちに口をつけた。中身は紅茶だ。これも注意が必要で、紅茶の茶葉をちゃんとストックしていなければ、白湯が出されることがある。アンは買い物ができないし、茶葉の有無には無関心なのだ。


「……甘い」


 アンはいつもティーカップ一杯のお茶に、砂糖を四つも入れる。オヤジがそうだったのだ。だが、砂糖を少し多めに入れた紅茶は、やや熱めでとてもすぐには飲めそうになく、オレの好みとは少しだけズレていた。オレは甘さ控えめで、温めが好きなのだ。これも何度もアンに言ったのだが、改善される兆しはない。


 オレが飲み終えるのを待っているアンに、オレは指示を出す。


「紅茶、ありがとう。そろそろマダム・サファイヤが来る頃だろうから、工房の受付を頼むよ」

「承知しました。神様」


 アンは恭しくオレに一礼し、部屋を後にした。オレはその姿を軽く手を振りながら見送った。


「神様……ねぇ」


 完全自立型の人工知能を持ったアンドロイドが型遅れになり、アンティーク扱いされる時代だ。


 それでもなお、アンドロイドを作り続けるのはただの頑固な職人かはたまた世捨て人か、とまで呼ばれる始末。そんなオレでも、アンのようなアンドロイドから見れば神様らしい。アンはオヤジが設計し、制作した。いや、源流をたどれば、オレの家は先祖代々技術者の家系だったと聞いている。だから、アンは言うなれば、オレの先祖の集大成の一つだろう。現状維持のメンテナンスはオレでも十分行えているものの、アンはいくつかブラックボックスがある。オヤジがソフトウェアもハードウェアも設計図を残してくれているものの、ついぞ機会がなく、分析しないまま数年が経つ。こんなオレでも、アンは神様と呼んでくれる。その呼び名に恥じない程度には、仕事をこなしている自信はある。まあ、それでも地方都市の技術者の一人程度でしかない。お偉いカレッジのプロフェッサーや有名メーカーの管理職と比べると、肩書は劣る。オヤジの勧めでカレッジには一年だけ籍を置いた。しかし、カレッジではお堅い勉強ばかりで、実用性に欠けることに気づき、オヤジとの死別を機に中退した。中にはオレの中退を惜しんでくれた人もいるが、それは極めて少数だった。そんなオレでも、技術者として食っていけているのは、オヤジに仕込まれた技術のお陰だ。生きる術をくれたオヤジには感謝している。


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