アンドロイドがアンティークと呼ばれる時代に神様と呼ばれ

弗乃

神様の日常 (1)


「神様。朝です。起きてください」


 少女のか細く優しげで、どこか機械的で平坦な声にオレは目を覚ました。就寝時には部屋が乾燥するのを嫌い、室内暖房はオフにして、数枚重ねた毛布にくるまっている。そのため、毎朝、冷えた室温に触れる首から上は冷たい。加湿器を用いれば済む話なのだが、ロボットが増えると管理が大変なので、必要以上に頼らないように気をつけているのだ。


 オレが毛布から手を出し寝ぼけ眼を擦っていると、無遠慮にカーテンが開けられた。オレの手ではない。先ほどの少女の声の主がやったのだ。


 季節は冬。太陽の昇る時間は遅くなったものの、自営業で自宅が職場であるオレの朝は遅い。既に東に全容を見せている太陽の光が部屋に差し込む。オレの部屋は東向きで、大きな建物も少ないこの地方都市では、この太陽光を遮るものはない。照明はオフのまま、自室の全体が見渡せた。簡素な部屋だ。オレが身を横たえているシングルベッドの他には、作業用の机と椅子、それからウッドラック一つくらいしか家具を置いていない。ただ、その作業机はゴロゴロと物で溢れかえっている。


「んんっ、まぶしっ……。寒いっ……」


 陽光の明るさに、オレは思わず開いたばかりの目を細めた。


 カーテンを開けた少女はオレの方に振り向き、昨日と変わらぬ一言を添えた。逆光でその表情は見えないが、少女の顔立ちはよく知っているので、今更その表情が気になることはない。


「朝食は既にできています」


 その一言を言い終えると、オレの反応を待つように、窓辺を離れずただ突っ立っていた。


 いつもの「待機」の状態である。オレと少女はその毎朝の決まったやり取りを、寸分たがわず演じきる。全く、大した役者魂だ。だが、それが心地よい。このいつも通りの空気が、オレは案外嫌いではない。


「分かったよ。アン。今起きる」


 うっすら髭の生えた顎を撫でながら、シングルベッドから抜け出した。ベッド脇の椅子の背もたれにかけてあった上着を部屋着の上に羽織り、自室を出る。部屋を出た辺りで、オレの背後で少女がオレの後ろを礼儀正しく三歩半下がってついてくる気配を感じた。これもいつも通り。オレは少女を先導するように、キッチンに向かった。キッチンは一階だ。オレの部屋のある二階からは階段を下りることになる。


 キッチンに向かう歩みはそのままに、軽く後ろを振り返り、少女を見る。少女はフリルが特徴的なロングスカートのエプロンドレスを身に纏っていた。俗な言い方ならメイド服ってやつだ。


 栗毛の髪は傷みもなくスラリと腰まで伸び、肌はまるで陶磁器のように白くシミ一つ無い。ブラウンの瞳からは意志の強さを感じ取ることができる。これらの言葉が実物を見事に形容していることをオレはよく知っている。


 少女――アンは今は亡きオヤジの残してくれた遺産の一つだ。遺産というのは何も「子供」の比喩表現ではない。「モノ」だ。身も蓋もない言い草だが、アンはモノだ。正確にはアンドロイド。つまり人間ではなく、人工物に過ぎない。そのため、定期的にケアを行っている人工毛と人工皮膚は劣化がほとんどなく、瞳は何も疑うことなく真っ直ぐに世界を見つめている。


 数十年前、大きな産業革命があった。蒸気機関や、直流交流の電磁気学、インターネットなどに並ぶ、大きな革命だった。とある国のとある科学者達の功績によって、擬似人格といっても過言ではない人工知能が完成し、一般に公開されたことで、世界は第一次大ロボット産業時代を迎えることとなった。この時代では、低能なアンドロイドであれば専門的な知識がほとんどなくても個人レベルで容易に作成できるようになった。しかし、その第一次大ロボット産業時代にあって、政治家や科学者は一つの大きな危惧を抱くようになった。その内容は「人類はこれからどうなるのか?」というものである。レトロなエスエフムービーで語られていたような、ロボットに人類の生活を奪われる時代の到来を懸念したのだ。そこで人類は、自ら作り出した科学の子であるアンドロイドを、国家単位で規制するようになった。すなわち、ロボットは単一目的のもののほうが効率的かつ経済的であると宣伝し、アンドロイドをアンティーク扱いすることで、世界は第二次大ロボット産業時代を迎えた。


 そのような世界情勢の中にあって、国家の規制ギリギリでアンドロイドを作り続ける職人たちがいた。オヤジもその一人だった。オヤジは何よりもアンドロイドのことを考え、アンロイド制作に誇りを持つ生粋の職人だった。時にはオレよりもアンドロイドのほうを大切に思っているような節さえあった。そして、オレはその息子だった。オレは小さい頃からアンドロイド作りとメンテナンスのイロハを教わり続けていたため、これ以外の生き方を知らなかったし、特に他の仕事に対する好奇心もなかった。惰性のみで、請け負ったアンドロイドの制作とメンテナンス業を続けていた。オヤジが死んで、アンドロイド工房を受け継ぎ、オレ一人でやり繰りするようになってもう数年が経つ。


 こうして階段を下りるときに、スカートの裾に気を配らないのは、アンドロイド故の思考外の出来事だからなのか、単に相手がオレだから頓着していないだけなのか、オレはいつも判断に困る。オレの家の階段は割と急なので、第一にアンが転びはしないか、第二にアンのスカートの裾からチラチラと見える陶磁器のような足が、気になってしまうのは当然の心理だ。


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