第四節 SCENE-016


「徒人の分際で、竜種を使役だと? 鱗を捧げられてもいない女が大きく出たな。お前に手をつけた人外ひとでなしが吸血鬼だということを、俺が知らないとでも思っているのか」


 そこまで知っているのなら……と、必要なピースが揃っているにもかかわらず、真相に思い至りもしない桐生の愚かさを笑う伊月の思念は、実に楽し気だった。


 魔力に混じる思念を感じ取るということは、おおよそ相手の感情をトレースすることと同義なので。伊月が桐生の反応をどんなに面白がっているのか、キリエは我が事のように感じることができる。


「(素直に考えたら、吸血鬼のはずが真正竜種で、その影は露骨な至極色・・・。おまけに嶺はあの体たらく。――ここまで条件が揃ってるのになんにもわかってないんだから、笑っちゃうわよね)」


 伊月以外のことに興味のないキリエは、桐生のことで笑えるほど感情を動かすことはなかったが。伊月の喜びは、キリエにとっても喜びで。


 伊月が楽しんでいるのなら、いいことだと。伊月に構ってもらっている、見知らぬ男――桐生への嫉妬心を呑み込んだ。




「吸血鬼に〝牙〟を捧げられた女が竜種を使役してちゃ、悪いわけ?」


 本命が他にいるのだと、そんな風にもとれる口振りで、伊月はキリエの頭をゆるゆると撫で回す。


 キリエが伊月に触れるよりも、ずっと雑で、気遣いのない――伊月自身が好きなように接しているのだとわかりやすく、まるでペットでも構うような手つきに、キリエはなんの不満もなかった。


 そんな姿が他人の目にどう映ったところで、興味もない。


 なんの関心もない相手から、魅縛士による魅了ではなく、それ以外の――桐生にしてみれば正道から外れた異能ちからを使って言いなりにさせられているのだと誤解されたところで、どうとも思いはしなかった。




 あの程度の人外と、それを使役する魅縛士を相手にするなら、キリエが直接手を下すのは〝ちょっと脅す〟の範疇を逸脱する行為だと。彼我の実力差を考慮して、キリエは判断していた。



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